「乃美君、もう行くの?」
「はい、それが私の役目ですから」
矢がビュンビュンと飛んでくる中、宗勝は特攻を掛けるという。
もう会えないかもしれません。
宗勝は戦に出る度に言う。しかし必ず帰って来た。だが今回ばかりは相手が悪い。
宗勝と隆景は船室の影に隠れて飛んでくる矢から逃れていた。
そして宗勝は隆景には逃げろという。
「小早川には貴方が必要なのです」
「最後にワガママ言わせて」
「何なりと」
宗勝は隆景を腕に抱いたまま頭を垂れた。
「最期でもいいから、抱いて。今、ここで」
「隆景様、ここは戦場です」
「わかってる、わかってるから言うの」
隆景は宗勝に縋り付いて言った。
「隆景様……わかってくだされ」
隆景の我儘は宗勝にとっても辛いものだった。
最期ならばもう一度抱きたい。最期ならばもう一度口付けたい。
「お願い……宗勝……んっ」
宗勝は欲求の赴くままに隆景に口付けた。舌を入れ、口腔を舐め尽くす。
ゆっくりと目を開けながら唇を離す。銀糸が二人を繋ぎ、それが切れるまで見つめ合っていた。時間が経つに連れ、唾液の糸は細く、頼りないものになっていく。
ぷつりとそれが切れた。
「…………隆景様、これでおしまいです」
「乃美君!あ!」
宗勝は隆景を船から突き落とした。隆景は身軽な恰好をしているし、泳ぐことも出来る。溺れることはないだろうし、浅瀬ではないから海の底にぶつかることもないだろうと考えた宗勝の判断だった。
「貴方だけは、生き延びてください」
「乃美君!乃美君!!」
ポツリと呟いた宗勝の船はどんどん隆景から離れていった。隆景の叫び声は宗勝には届かない。海の水で唇に残った温もりも消えてゆく。
飛んでくる矢を避けながら、隆景は必死で海岸を目指した。
宗勝のくれた命だった。
きっとまた帰ってくる。
そしていつものように硬口を叩きながら、「隆景様」と隆景を呼ぶのだ。
それだけを信じて隆景は陸を目指した。
「乃美君……乃美君……宗勝……」
海岸に上がった隆景は四つん這いで浜を進みながら、宗勝の名を呼び続けた。
振り向いて見えたのは炎上する宗勝の船。火矢を放たれたのだ。
「うわあああああ!!!」
隆景は慟哭した。止めどなく涙が流れてくる。
そのまま船は進み続けた。相手の鉄甲船に突っ込むつもりなのだ。燃え盛る船で。
性格を考えれば舵を取っているのは宗勝だろう。
部下たちを皆船から降ろし、自分だけが犠牲になろうとしているのだろう。
隆景はただ呆然とそれを見詰めた。
溢れてくる涙はとどまるところを知らない。
「乃美……宗勝……」
ぺたりと浜に座り込み、崩れていく船を見た。
敵方の鉄甲船も燃え盛る大型船に突っ込まれてはさすがに堪えたのか、突っ込んだ一艘は沈み、他の船も引き上げて行った。
涙は枯れ果て、もう出なかった。
小早川には貴方が必要です。
「そんなことない。私は今回敵の強さを見誤った……」
握り拳を作り、砂を何度も叩いた。
「バカ、バカ、バカ!乃美君のバカ!」
拳を振り上げる度に砂が飛んで顔に掛かる。
「何で死ななきゃならないの!何で残されなきゃならないの!」
枯れ果てたはずの涙が再び溢れ出す。
「隆景様」
それは聞き慣れた声だった。顔を上げて振り向く。
顔を火傷したのか、ところどころ血を流しながら、立っていたのは宗勝だった。
「何と言う顔をなさっておられる」
「乃美……君……?」
隆景は目を見開いた。
立ち上がろうとしたが、足がもつれて適わなかった。
そんな隆景に足を引き摺りながら宗勝が近付く。跪き隆景を抱きしめる。
「部下を一人失ったくらいで泣いていてはなりませぬぞ」
「乃美君!」
隆景は宗勝を抱き返すと、勢いだけで唇に口付けた。
「今度こそ離れませぬ」
「今度こそ離さない。離れろって言ったって一緒に飛び込んでやる」
「ふふ、楽しみにしていましょう」
砂浜に、抱き合ったまま寝転がる。
もう一度口付け、濡れた身体で静かに目を閉じた。
「はい、それが私の役目ですから」
矢がビュンビュンと飛んでくる中、宗勝は特攻を掛けるという。
もう会えないかもしれません。
宗勝は戦に出る度に言う。しかし必ず帰って来た。だが今回ばかりは相手が悪い。
宗勝と隆景は船室の影に隠れて飛んでくる矢から逃れていた。
そして宗勝は隆景には逃げろという。
「小早川には貴方が必要なのです」
「最後にワガママ言わせて」
「何なりと」
宗勝は隆景を腕に抱いたまま頭を垂れた。
「最期でもいいから、抱いて。今、ここで」
「隆景様、ここは戦場です」
「わかってる、わかってるから言うの」
隆景は宗勝に縋り付いて言った。
「隆景様……わかってくだされ」
隆景の我儘は宗勝にとっても辛いものだった。
最期ならばもう一度抱きたい。最期ならばもう一度口付けたい。
「お願い……宗勝……んっ」
宗勝は欲求の赴くままに隆景に口付けた。舌を入れ、口腔を舐め尽くす。
ゆっくりと目を開けながら唇を離す。銀糸が二人を繋ぎ、それが切れるまで見つめ合っていた。時間が経つに連れ、唾液の糸は細く、頼りないものになっていく。
ぷつりとそれが切れた。
「…………隆景様、これでおしまいです」
「乃美君!あ!」
宗勝は隆景を船から突き落とした。隆景は身軽な恰好をしているし、泳ぐことも出来る。溺れることはないだろうし、浅瀬ではないから海の底にぶつかることもないだろうと考えた宗勝の判断だった。
「貴方だけは、生き延びてください」
「乃美君!乃美君!!」
ポツリと呟いた宗勝の船はどんどん隆景から離れていった。隆景の叫び声は宗勝には届かない。海の水で唇に残った温もりも消えてゆく。
飛んでくる矢を避けながら、隆景は必死で海岸を目指した。
宗勝のくれた命だった。
きっとまた帰ってくる。
そしていつものように硬口を叩きながら、「隆景様」と隆景を呼ぶのだ。
それだけを信じて隆景は陸を目指した。
「乃美君……乃美君……宗勝……」
海岸に上がった隆景は四つん這いで浜を進みながら、宗勝の名を呼び続けた。
振り向いて見えたのは炎上する宗勝の船。火矢を放たれたのだ。
「うわあああああ!!!」
隆景は慟哭した。止めどなく涙が流れてくる。
そのまま船は進み続けた。相手の鉄甲船に突っ込むつもりなのだ。燃え盛る船で。
性格を考えれば舵を取っているのは宗勝だろう。
部下たちを皆船から降ろし、自分だけが犠牲になろうとしているのだろう。
隆景はただ呆然とそれを見詰めた。
溢れてくる涙はとどまるところを知らない。
「乃美……宗勝……」
ぺたりと浜に座り込み、崩れていく船を見た。
敵方の鉄甲船も燃え盛る大型船に突っ込まれてはさすがに堪えたのか、突っ込んだ一艘は沈み、他の船も引き上げて行った。
涙は枯れ果て、もう出なかった。
小早川には貴方が必要です。
「そんなことない。私は今回敵の強さを見誤った……」
握り拳を作り、砂を何度も叩いた。
「バカ、バカ、バカ!乃美君のバカ!」
拳を振り上げる度に砂が飛んで顔に掛かる。
「何で死ななきゃならないの!何で残されなきゃならないの!」
枯れ果てたはずの涙が再び溢れ出す。
「隆景様」
それは聞き慣れた声だった。顔を上げて振り向く。
顔を火傷したのか、ところどころ血を流しながら、立っていたのは宗勝だった。
「何と言う顔をなさっておられる」
「乃美……君……?」
隆景は目を見開いた。
立ち上がろうとしたが、足がもつれて適わなかった。
そんな隆景に足を引き摺りながら宗勝が近付く。跪き隆景を抱きしめる。
「部下を一人失ったくらいで泣いていてはなりませぬぞ」
「乃美君!」
隆景は宗勝を抱き返すと、勢いだけで唇に口付けた。
「今度こそ離れませぬ」
「今度こそ離さない。離れろって言ったって一緒に飛び込んでやる」
「ふふ、楽しみにしていましょう」
砂浜に、抱き合ったまま寝転がる。
もう一度口付け、濡れた身体で静かに目を閉じた。