東京の世田谷西部から、
調布・狛江・三鷹などの
多摩東部の地域、
救急車の音を最近、
よく聞きます。
もともとは東京・新宿・四谷で、生まれ、育ち、事業をしていました。
オリンピック前、まだ活気があった頃、
東日本大震災の後に、首都直下とか、東海地震・南海地震が心配で、
郊外に移転する人々も、かなりいました。
奥武蔵では、完全な引退になるので、とりあえず世田谷西部にアトリエを設けました。
ところが予想もしなかった新型コロナの蔓延。第三の人生への開始は大幅に遅れました。
結果的に、東京・新宿は、新型コロナ感染の中心地でした。
にげ出すように、何かに、導かれたのかもしれません。
65歳以上、肥満、持病・・・
コロナ感染が怖くて、ひたすらアトリエにこもっていました。
ネットで情報収集、さらに読書、
何が起きたか、どのようになりそうなのか、
まったくわからなかったのが、だいぶわかってきました。
天候もよくなりましたので、
私の場合は体を動かすように
言われています。
救急車で運ばれる人を心配しつつも、体を動かせる状態であり、私は感謝でしています。