Go Toトラベルで高級旅館が荒れている――。

「Go Toトラベルキャンペーン以降、お客様のマナーの悪さに心を痛めております」とは、西日本で数軒の高級旅館を営む女将・Aさん。

 Go Toトラベルを利用すると、ワンランクも2ランクも上の高級旅館に泊まることができるから、客が高揚してしまうのだろうか。あちこちの女将が悲鳴を上げている。

全部ごっそり持っていかれる

「Go To以来、大浴場のシャンプー、リンス、ボディーソープは大きなボトルごと失くなります。お風呂上がりに飲んでいただくミネラルウォーターの減りは半端なく、ペットボトルにでも入れて持って帰っているのでしょうか。バスタオルとバスローブは補充が追いつきません。

 客室に置いてあるコーヒーセットのスプーン。アクセサリーを入れる小さな小箱。部屋の備品の化粧水、乳液、洗顔料。男性用ヘアトニック、リキッド、髭剃り後の化粧水……全部ごっそり持っていかれます。自主申告制の冷蔵庫の飲み物は飲み逃げです。

 

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 ロビーに置いてある書籍では、高価な写真集。クリスマスの飾り付けにあちこち飾っていたサンタさんと陶器のツリー。折り鶴さえも飾っておくとすぐ失くなります。トイレに入れてある匂い袋は籠ごとです。

 インバウンドのお客様が来て下さった時でも、これほどひどかったことはありませんでした。日本のお客様の方がマナーは悪いです。旅の思い出として持ち帰りたいのかもしれませんが、私たちにとっては一つ一つ大切に選んできているものなんです」(前出のA女将)

 12月28日からGo Toトラベルの一時停止が始まったものの、政府は1月12日から再開予定としている。このタイミングで、改めて基本的な旅館マナーについておさらいしておくのも良いかもしれない。そこで、全国各地の女将に聞いてみた。

(1)意外と知らない? 旅館で持ち帰りOKなもの

「私どもの宿では、お持ち帰り頂けるものは歯ブラシ、綿棒、コットンなど巾着に入れているアメニティ一式と、浴場タオル、ハンドタオル、それら濡れたものを入れるビニール袋、館内で履いていただく足袋です。

 持ち帰り頂けないものは、お部屋のお風呂や大浴場にあるシャンプーやリンス、ボディソープ。洗面台に置いてある化粧品です。うちは男性用、女性用ともに大きなボトルで置いておりますので、これも持ち帰りは困ります。バスタオルとバスローブ、それから浴衣やお休み着もダメですが、不思議なことに浴衣を着る時の腰紐、半幅帯だけを持って帰られる方がいます」そう語るのは、日本旅館国際女将会の会長であり、岐阜県下呂温泉しょうげつの女将の長坂正惠さん。

 一方、岡山県湯郷温泉ゆのごう美春閣・永山泉水さんも、「お持ち帰り頂けるのは歯ブラシ、フェイスタオル、それらを入れている袋です。箸袋やお食事の際の敷き紙などを持ち帰る方も多いですが、もちろんOKです。それ以外は全てNGです」。

 大きくて高価なものはNG。かさばらないものはOKと覚えておくといい。ただ注意しなければならないのは、お風呂に持っていく薄いタオルは持ち帰りできるが、洗面所に備え付けてある厚手のタオルは持ち帰りできないことだ。

(2)チェックイン/アウトの時間はずれても大丈夫?

 チェックインとチェックアウトの時間をどれだけ厳守すべきなのか、というのも、旅館に泊まる際には意外と迷うところかもしれない。

 まず旅館のチェックイン時刻まで、まだ時間がある場合に必ず思い浮かぶのが「早く宿に入れないかな?」ということ。10分前なら大丈夫そうだけど、30分前だと微妙かな……などと思ったことがある人もいるのではないだろうか。

 旅館からすると、これはどうなのだろう? まずは長坂さんに訊いてみた。

「うちはチェックインは14時からです。でもJRと宿泊セットの旅行商品を利用されるお客様は、最寄り駅に早めに到着する列車でいらっしゃいますので、ご希望があれば早くお迎えに行きます。お車の方も早いですね。特にコロナ禍では、外で観光するよりも旅館の中でゆっくり過ごしたいと仰るお客様が増えたので、早く入られる方も多いです。

 チェックインに関しては、掃除が済んでいましたらお部屋にご案内しています。ただし13時より早くご到着されたお客様はロビーでお待ちいただいております」

 これが一般的な対応だろう。したがって、「ご連絡なしに2時間前や3時間前に到着されるのは困りますね……」(中国地方の女将)というのが多くの旅館の本音だ。

 早すぎるチェックインと言えば、以前に新潟の宿の女将から「フジロックのお客さんで、深夜0時にチェックインされた方がいました。フジロック中はチェックインを昼の12時にしていましたが、まさか12時間前に来られるとは!」と聞いたことがある。女将は笑っていたが、その客は天然なのか、故意なのか……いずれにせよ、12時間も間違ったのは限度を越えている。

「食事時間にズレ込むかどうか」がポイント

 一方で、実は旅館により迷惑がかかるのは、チェックインが大幅に遅れる場合だ。

「お食事時間にズレこむような時間帯のご到着は、ご一報頂けると助かります。例えば、交通渋滞や事故により、チェックインが最終の食事スタート時間を過ぎてしまう際には、1階の居酒屋のようなところで簡易会席をお召し上がりいただくようにしています」とは永山さん。

 チェックアウトも大幅に時間が遅れる場合は、通常は延長料金が取られることも覚えておきたい。

「うちはチェックアウトが11時でチェックインが14時ですので、お掃除できる時間が限られているんです。働き方改革からシフト管理も大変になりました。昔はお客様を最寄り駅までいつでも送っていましたが、このようにベッタリというご接待はしにくくなりました。また、そういうことを求めるお客様も減りましたね」(長坂さん)

 チェックイン・アウトの時間がズレると旅館側は食事と掃除の両面で対応しなければならない。さらに近年は人手不足が恒常化しているため、オペレーションがひときわ大変になることを、客としても認識しておきたい。

(3)忘れ物をしたら、宿から連絡してもらえる?

 旅から戻って気づくのが忘れ物。そこで女将に記憶に残っている忘れ物を聞いてみると、エピソードが次から次へと出てくる。

 よくある忘れ物として女将全員が口をそろえたのが入れ歯。次に下着。その次がマイ歯ブラシや小分けの化粧品、傘やスマホの充電器と続く。

 こうしたよくある忘れ物以外にも、大切な思い出までも忘れてしまうことがあるようで……。

「『主人との思い出の宿です』と奥様が位牌とともにお越しくださいました。陰膳も出させて頂き、こちらまでもらい泣きしたのに、チェックアウト後、部屋にお位牌の忘れ物。これは送るわけにもいかないと、すぐにお電話をしましたら、『大丈夫、死んじゃっているから平気よ。宅急便で送って下さい』と(笑)」(長坂さん)

「血相を変えて連絡して下さったお客様のお探しものは、孫の作った俳句が載ってある『お~いお茶』のペットボトルでした。俳句募集キャンペーンがあったんでしょう。こちらはゴミと思って捨ててしまい、すぐにゴミ袋を開けて探しました(笑)」(東北地方の旅館オーナー)

「お客さまの食べかけのお菓子箱を捨てようとしていたら……ちょうどご連絡がありまして、そのお菓子箱にメモ書きした電話番号が必要とのことで……慌てた経緯がありました」(中国地方の女将)

だいたいの“忘れ物”は手元のバッグの中にある

 ちなみに「忘れました」と電話がかかってくる人の“忘れ物”は、たいていその人の手元のバッグの中にあるのだそうだ。

 それでは忘れ物をした場合、宿から連絡は来るものなのだろうか?

「お忘れ物の連絡は基本的にはいたしません。金目のものは金庫にて保管し、お客様からの連絡をお待ちするようにしています」(永山さん)

「お忘れ物に気づいても連絡できないこともあります。例えば、複数の方が泊まられた場合、また大浴場やロビーのお忘れ物で、どなたの物かがわからない場合です。基本的に約款に沿ってある程度の期間は保管しますが、そのあとは処分します」(長坂さん)

 いずれにせよ、忘れ物をしたと気づいた時点で、急いで宿に確認をしたほうがいいようだ。

 最後に一番奇妙な「忘れ物」を挙げておこう。

「10年以上前の話ですが、水漏れがあり天井板をはずしたところ、結婚式のご祝儀袋が複数出てきました。中身はそれぞれ3万円くらい入っていて、名前も書いてありましたが、いつのお客様のものなのかもわかりません。変なところにあったので、隠していたとしか思えないんですが……」(富山県宇奈月温泉延対寺荘の女将・延対寺晶子さん)

「双方の心が通う」おもてなしを

 どのようなお客に対してもおもてなしをしなければならない女将たち。

 長坂さんがこう話してくれた。

「私達は旅館文化、日本文化を大切に継承していく担い手であることを意識しながら旅館を経営しています。古き良き日本人としての誇りや気質を大切に後世に伝えていく責任を感じています。

 本当の意味での裕福とは何か、心のゆとりとは何か、コロナ禍であらためて考えさせられます。お客様とは、どちらかの一方ではなく、双方の心が通うおもてなしができればと思っております」

 長坂さんに、「よいお客とは」と訊ねると、「お客様から『ありがとう』『楽しかった』と一言添えて頂けたら、私達は疲れが吹っ飛びます」。

 このコロナ禍によって、温泉旅館は苦難の時が続いている。私たちを癒してくれる温泉旅館に決して迷惑はかけたくないものだ。

(山崎 まゆみ)