やる気スイッチ -3ページ目

やる気スイッチ

スーパーネガティブだった私が、毎日やる気スイッチを入れてます!!


『風姿花伝』の中で、世阿弥は「長(たけ)と嵩(かさ)の違いがわからない者が多い」と語っています。


「長」とは変えられないもの。


「嵩」とは変えられるものです。


ダイエットをするのに、身長を伸ばすことで痩せようとする人はいません。


体重を減らそうとします。


それは、身長は変えられないもので、体重は変えられるものだとみなさんが知っているからです。


しかし、仕事などでは、変えられないものを変えようとしてしまうことがよくあります。


たとえば、イチロー選手のようなバッターになりたいという人には、イチロー選手がどういう理由で道具を選び、練習しているのかを研究するよう指導しなければならないのに、イチロー選手の使っているのと同じバットを買いなさいと指導してしまう。


それでは打てるわけがありませんよね。


指導者は、この「長」と「嵩」を明確にして伝える必要があります。


それを相手のセンスに任せてしまうと、センスのある人だけが伸びて、嵩を伸ばせば大成する可能性をもつ人の芽を摘んでしまうことになります。


「部下にとっての長とは何か、嵩とは何かを見極め、変えられるものを伸ばすための助言を心がける。すると、変えられない長までも変化していく」と世阿弥は言うのです。


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「DANA 2015年5月初夏号」

佼成出版社より
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内容そのものを見るのも大事ですが、


そうなるに至った背景情報(状況)を見ることはもっと大事だと思います。


よく飲食店なんかだと、他店が生ビール280円をして流行っていて、自分のお店でも生ビール280円にしよう!ってやってみたら大赤字・・・なんてことがあるようです。


これは、その内容そのものしか見ていないのです。


背景情報(状況)を見てみると、その流行っているお店は2階以上にしか出店していなくて家賃が安いからやっていけるとか、自家農園から仕入れることにより他で利幅をだしているとか、広告宣伝費は一切かけないとかって、工夫が必ずありますし、


そもそもマネをしただけの人とは「想い」が違うんですね♪


困っているから考えて考えて工夫に工夫を重ねて導き出したものを、形だけマネしても上手くいきません。


マネをするなら、その想いや背景情報(状況)まで考えないと!です♪


イチロー選手が使っているバットだけマネしても駄目とは、こういうこと。


良いものを取り入れる時に、背景情報(状況)も意識していきたいですね(*^_^*)




過去・現在・未来


生きているのは現在のみ。


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罪悪感が好きなら、過去に生きるのがいい。


不安が好きなら、未来に生きるといい。


幸せを求めるなら、今日という日に意識を集中するのがいい。


今この瞬間を感じることに集中しよう。


自分の意識の力のほとんどを、目の前の時間のために活用しよう。


自己啓発の大家のエメット・フォックスはこう言っている。


これからの1時間、自分は何を考えるか、それを決めるまで、あなたは絶対に幸せになることはできない。


人には夢を見て、未来の自分を創造する時間が必要だ。


しかし、未来の夢や目標が決まったら「今」と「ここ」に生きなければならない。


自分の全人生が、この1時間に凝縮されていると考えよう。


ごく小さなものの中に、全宇宙を見る感覚だ。


詩人のウィリアム・ブレイクは、この感覚を次のように表現している。


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1粒の砂の中に全世界を見る。


1輪の野の花の中に天国を見る。


自分の手の中に無限を握る。


1時間の中に永遠がある。


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リラックスし、目の前のことに意識を集中し、今この瞬間の中に存在するチャンスを見つける。


それだけで、人は驚くようなことを達成できる。


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「自分を変える89の方法」

スティーヴ・チャンドラー 著




1時間の中に永遠がある。


響きますね♪


これからの1時間をどう生きるか。


その積み重ねが1日となり、一生となります。


1時間を適当に使う人は、人生も適当になってしまう。


休むときは、休むと決めて休んでしまった方が良いのでしょう。


テレビを見ながら、メールをチェックしながら、本を読みながら、勉強しながらと、集中せずに時間を使うと結局何も残っていないことが多いです。


今、ここ、何をする?


「人見るもよし、

人見ざるもよし、

我は咲くなり」

という言葉がございます。



一生の間には、人さまが見てくださる時期もあります。


一年の間にも、一日の間にも、

人さまが見てくださる時期もあります。



でも、人から捨ておかれ、無視されて、

淋しく咲かないといけない時期もあります。


その時にも同じに咲く。



人さまが見てくださったらたしかに
もっと生き生き咲くかも知れません。


しかしながら、人さまが見ていらっしゃらないから咲かないのではなくて、

「人見ざるもよし」。


人さまが見てくださらなくてもかまわない、

「我は咲くなり」。



私はこの「我は咲くなり」という言葉がとっても好きです。



そして、人も“咲いて”ほしいと思います。


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出典

[人間としてどう生きるか]

渡辺和子 著

PHP研究所より





誰かに見てもらえなくても

自分は自分でしっかりと、淡々と「咲く」


我は咲くなり。


素敵な言葉ですね☆