★1963年米澤玩具No.1はとバス 国鉄バス ~ ブリキ自動車コレクションから 096 | ポルシェ356Aカレラ

ポルシェ356Aカレラ

★20世紀の自動車カタログ、鉄道車輛カタログ、玩具・模型カタログ、ビートルズ、ショパン、ヴィンテージ・ポルシェ、草軽電鉄 etc


★誕生日
実は10月25日は誕生日です。文字通り馬齢を重ね、気付けばとても他人様には言えないような高齢となり、日本人男性の現在の平均寿命(最新の2019年のデータは81.4歳)まで残りもう20年しかありません。尤も81.4歳はあくまで平均ですので、数年以内に悪性腫瘍などに罹患して命を落とすかもしれませんし、逆に平均寿命よりずっと長く90歳位までは生きられるかもしれません。ただ、ジョン・レノンが1980年(昭和55年)の12月に40歳と2ヵ月で命を落として以来ずっと、人の寿命や運命というのは人間の力を超えた謂わば神のような存在が、こいつは40まで、こいつは65まで、こいつは90まで、というように予めスケジューリングしていることのように感じるのです。・・・・・神様、私の寿命は何歳までの設定にしているのですか?☆

★口裂け女
1979年(昭和54年)に岐阜県各務原市あたりを発端にラジオの深夜放送などを介して一気に全国に広まった口裂け女の噂。男性がマスクをした女性から「私って綺麗?」と聞かれ、「綺麗ですよ」と答えると、女性はおもむろにマスクを外します。すると両耳に届きそうな程に左右に大きく裂けた形の口元が現われ、「これでも綺麗?」と迫られた男性は「ギャー!」と叫んで恐怖のあまり真っ青になって逃げた・・・・という話が全国に広まり、タクシーなどではマスクをした女性が実際に乗車拒否されたりしたのでした。
ところが最近、この口裂け女の話を嫌でも思い出してしまう出来事がありました。私の勤め先でも年度が替わった春先以降、若干名の新規採用があったのですが、コロナ禍の影響で今年は新人も全員がずっとマスクを付けたままで口元を見たことがなかったのです。ところが、数ヵ月一緒に仕事をしていた新人と食事に行く機会があり、マスクを取って初めて見た口元は、まるでドナルドダックのような造形で、ごく普通の口元を想像していた私は「ギャー!」と叫びたいのを何とか抑えつつも腰を抜かしてしまいました。よく「目は口程に物を言う」と言いますが、口元も人の表情を作る大きなポイントですので、想像していたのとは全く違う造形の口元だった場合の驚きは半端ではないと思います☆☆


★閑話休題
今日は「ブリキ自動車コレクションから」シリーズ第96回記事として、米澤玩具の№1はとバスをご紹介しますne☆☆☆


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


★バスのブリキ玩具
萬代屋の民生コンドルや野村トーイの日産E590、各社で競作された1963年三菱ふそうスーパーデラックスはとバスA/Bタイプ、マルサンの日産エコー、米澤の三菱ローザといった例外はあるものの、実車を特定できるレベルのバスのブリキ玩具は稀であり、その大半は時代の空気を取り込みつつも自由奔放にデザインして売られ子供達に消費された製品でした。
そのような理由から実車のスケールモデルではない古いブリキのバス玩具は一般のバスファンやバスマニアの目に留まることはなく例え目に触れても無視される存在であったと思います。大半のブリキのバス玩具はスケールモデルとして製作されてはいないため、「長い時を経て作られた時代の空気が詰まったモノの魅力が判る人の手により、捨てられずに生き延びてきたモノ」というのが1960年代あたりのブリキ製バス達の現在の立ち位置ではないでしょうか。今回ご紹介する米澤玩具のはとバス等も実車のスケールモデルではないものの当時の国産バスの造形やムードが反映された魅力的な製品群です。


●東京玩具商報1966年7月号掲載「米澤玩具バットマン玩具 広告」 (筆者蔵)
バス玩具は同一金型で多数のバリエーションが作られるのが通例で、米澤玩具品番707のNo.1はとバスが市場に出た後、品番711のNo.1国鉄バス、品番742のNo.1日航バス、そして、このバットマンバス(品番不詳)等に金型が流用されています。この広告では全国売価のみ310円と記載されています(恐らく都内売価は280円。このバットマンバスのようにサイドウインド部分を乗客のプリント表現とせず、内装シートも造り込んだはとバスと国鉄バスは都内300円/全国330円)。過去10年の落札履歴をオークファンで「バットマンバス」のキーワードで検索してもこの米澤製バスは1台もヒットしないことから現存数は非常に少ないものと推定出来ます。このバスの金型は前傾した所謂メトロ窓の上に楕円のバス窓(所謂スタンディングウインド)の付いたサイドウインドがデザイン上の特徴です。





●1965年米澤玩具 バス製品価格表 (筆者蔵)



●東京玩具商報1964年6月号掲載「浅草玩具1964年東京オリンピック玩具 広告」(国立国会図書館の蔵書より複写)
米澤玩具の他のバス玩具と同様に浅草玩具との金型共用(下請工場は同じで金型を共用)により浅草ブランドからはこの1964年東京オリンピックバス等がリリースされた模様です。この広告には1964年オリンピックシリーズの新幹線、バス、電車と3種類が掲載されていますが、何れも稀少な玩具です。


バスの価格が20円とあるのは誤記載で200円台後半と思われます。




【1963年米澤玩具1/28スケール No.1はとバス ブリキ玩具 主要データ】 (1963 Yonezawa Toys 1/28scale No.1 Hato Bus Tinplate Toy KEY DATA)

・基本素材: ブリキ
・米澤玩具 品番(管理番号): No.707(国鉄バスはNo.711)、他は品番不詳
・製品名: No.1はとバス(国鉄バスはNo.1国鉄バス)
・発売時期: 1963年~1967年頃
・販売価格: 都内売価300円・全国売価330円(はとバス、国鉄バス共)
・全長385㎜(全長10000㎜=10mとした場合の実車比1/26.0)
・全幅90㎜ (全幅2500㎜とした場合の実車比1/27.8)  
・全高100㎜
・ホイールベース208㎜
・スケール表記: なし
・箱サイズ: 縦95×横386×厚さ100mm
・動力: 後輪フリクション
・バリエーション: はとバスに1stモデルと2ndモデル(主な差異は以下の通り)。
1) はとバス1stモデル:サイドに新日本観光株式会社文字あり・車番628・前後ナンバー文字「2あ0286」・フロント上部に2枚の明り取り窓
2) はとバス2ndモデル:サイドに新日本観光文字なし・車番107・前後ナンバー文字「3212」・フロント上部に「はとバス」文字
・シャシー再現: COEのようなフロントエンジンのプリントあり
・入手難易度: 10段階評価でレベル7程度
・2020年現在のアンティーク・トイ市場での推定評価額: 4~8万円程度(箱付未使用美品の場合)

※註)1/28スケールは実車の全幅2500㎜とした場合の全幅比。



●米澤玩具1963年1/28スケール No.1はとバス 1stモデル
サイドに新日本観光株式会社の文字の入った初版。新日本観光株式会社が現在の株式会社はとバスに社名変更されたのは東京オリンピックの前年1963年(昭和38年)の9月のため、この製品の企画等がされたのはそれ以前ということになります。










向かって右側の赤い「工」の文字は国鉄構内への進入が許可されていることの表示でタクシーによく付いていたもの。






観光の「観」は旧字




サイドも観光の「観」が旧字


手前は大きさ比較用トミカ






COE風の細かなプリントの入ったシャシー裏


桜に「Y」の米澤商標の右側に製造メーカーと思われる商標(社名不詳)


スケールの近いSSSインターナショナル1960年縦目セドリック中サイズとの並び(セドリックが若干大き目です)






●米澤玩具1965年?1/28スケール No.1はとバス 2ndモデル
サイドのはとバスの文字が大きくなり新日本観光株式会社の印字が消えた再販モデル。リアエンドにエンジンのルーバーのプリントが加わったこと、サイドウインド枠にアルミサッシ風の銀の色が入ったこと、車番が107、前後ナンバーも3212に変更されたことなど、細部が大幅に変更されているものの室内にシートを備えた手間の掛かった造りは変っていません。










リアエンド左右にエンジンルーバー追加








●米澤玩具1963年1/28スケール No.1はとバス 1stモデルと2ndモデルの比較
左1st、右2nd。












上1st、下2nd。






●米澤玩具1965年?1/28スケール No.1国鉄バス 2ndモデル?
はとバスと同一金型のバリエーション。上掲のはとバス2ndモデルと前後ナンバー文字が1番違いの3211であることから、はとバス2ndと同時期の製品と思われ、現物未確認ながら1963年発売時の1stモデルでは細部が異なる可能性があります。














懐かしの国鉄つばめマーク






●1963年1/28スケール はとバス・国鉄バス 大集合!!
レモンイエローは大きさ比較用トミカはとバス














★オマケ(その1): 2020年10月 NISSAN CROSSING
1972年240Zモンテカルロラリー3位入賞車と歴代フェアレディ1/4スケール模型展示

銀座4丁目交差点角の日産クロッシングで2020年新型Zプロトタイプデビューに因み、1972年モンテカルロラリー3位入賞の240Z実車と歴代フェアレディ7車の1/4模型が展示がされているのを観てきました。

●ダットサン240Z 1972年モンテカルロラリー3位入賞車
この艶消し黒のボンネットに赤ボディのZや510には子供の頃に憧れたものです。今でも実車を見ると胸がトキメキます♪







●1/4スケール 1961年フェアレディSPL213型
東京モーターショーでも展示されていた巨大な模型。







●1/4スケール 1962年フェアレディSP310型
やれた感じまで再現した「神」5ナンバー。


リア1名横座りの3シーター



●1/4スケール 1969年フェアレディZ432 PS30型





●1/4スケール 2020年新型フェアレディZプロトタイプ






★オマケ(その2): 2020年11月まんだらけ高額買取リスト
(1) 米澤玩具「少年ジェット オートバイ」犬付・・・・・箱付完品220万円買取り。しかし、この箱付完品を持っているような人が220万位という金額に釣られて手放すことはないという気がします。


(2) 米澤玩具「トヨペットクラウン黄金バット」・・・・・箱付完品100万円買取り。これも箱付完品なら200万円以上になりそうな品物ですので、持っている人は100万円ではとても手放さないように思えます。




★オマケ(その3): ミニカーマガジン2020年11月号のコレクトーイ記事ほか
元々は可堂玩具が発行していたのをミニカーショップイケダが引き継いだ月刊誌の第314号。発行部数3万部は下手な雑誌より多いのではないでしょうか。最新号には井澤一隆氏による「最初期の国産ミニカーコレクトーイ」記事(6頁)、清水幸三氏の海外のミニカーコレクターとの交流の話(1頁)、杉本雅人氏の「1920年代のトゥトスィトーイ」(1頁)など興味深い記事が満載。


井澤氏のコレクトーイについての記事は少々権威主義的な硬直した文体が気になる人は非常に気になってしまうとは思いますが、これまで情報として公開されていない貴重な内容及び画像が掲載されています。しかし、エドセルについては国産ブリキ玩具が旭玩具・野村トーイ・米澤玩具等5社程度から当時出ているにも関わらず「エドセルは実車が不人気だったこともあり当時のモデル化は少ない」旨の明らかな誤記載(但し、「ダイキャスト製ミニカーのみに限れば」との記載があれば誤記載とは言えないでしょう)がみられるのが残念なところです。




★オマケ(その4): スタンダード・ヴァキューム石油会社発行「STANVACディーラーニュース1960年6月号」(第6巻第6号) 表紙スバル360 (A4判・20頁)
現エクソンモービル(日本ではエッソ/モービル/エネオス)の60年前の国内広報誌。1955年(昭和30年)より毎月国内のGSなどに配布されていたと思われる広報誌。この号の表紙は何とフロント1本バンパーにMCしたばかりの1960年型スバル360肌色と美しい女性をモービルのスタンドで写したカラー写真が使われた極めて魅力的なもの。レトロトイズ様が古書店で発見して送って下さったもの。レトロトイズ様には何か御礼をしなければいけません。




★オマケ(その5): 今日のビートルズ「I've Got A Feeling」 1969
アルバム「Let It Be」B面1曲目。絶妙なジョンとポールの掛け合いが魅力的な1曲。