★さてと・・・・・。
ついに今年もやってきました、バレンタインデー!!
戸籍真っ白、チョコゼロ歴30ウン年?の悲惨な人生を今年もまた積み重ねるのだ!(爆)
でもって、またまた不二家でチョコ買ってきて爆食いするってパターンなのだ!(爆)
それでいいのだ!いやいや、全然、良くはないのだ!!(爆)
ていうか・・・、実写版バカボンってアニメを超えられるかえwww
・・・話をチョコに戻して、花輪君みたいにホントは沢山もらいたかったりするのだけんども、
「チョコを手に持つ独居老人、都会の孤独死www」
なんて見出しで派手に三面記事を飾る人生になりそな予感なのだ!(爆)
こりゃ、そろそろイチから人生やり直さないとマズイのん!(爆)
えーっ!でも、もうこの歳じゃ手遅れだって?!(爆)
★低気圧の影響で昨日そして今日2月14日も時ならぬ春の陽気になっています。東京は2日続けて最高気温が20度を上回る5月並みの陽気となるようです。しかし、明日2月15日(月)には気温が急降下し、最高気温11度まで下がり冬に戻るとの予報です。寒暖の差が大きいですね。体調を崩さないように気を付けたいと思います。
★閑話休題
前回は私のブログをいつも読んでくださっている方にはまるでつまらないかもしれない記事となりましたので(?)、仕切り直して今日は「自動車カタログ棚から」シリーズの第307回です。
最近、カローラ、サニー、サニークーペとアップした流れで、サニークーペのライバル、カローラ・スプリンターをご紹介します。個人的には子供の頃に街で見かけた懐かしいクルマの1台です。
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★トヨタの小型車スプリンター(Sprinter=短距離走者の意味)は、1968年(昭和43年)5月1日、ファストバックルーフを持つカローラのスポーティーなバリエーション「カローラ・スプリンター」として誕生した(型式KE15)。
その際、新たなトヨタの販売チャンネルとしてトヨタオート店(現ネッツ店)が誕生した。デビューから僅か2年後の1970年(昭和45年)5月6日には2代目(型式KE25)にフルモデルチェンジし、2代目への移行に当りカローラにもクーペボディが登場し、カローラとスプリンターは販売チャンネルの異なる双子車として再スタートした。2代目移行当初のスプリンターはクーペボディのみであったが、翌1971年(昭和46年)8月27日には4ドアセダンが加えられ、1972年(昭和47年)3月にはセリカ1600GTと同じツインカム2T-Gを搭載したカローラ・レビン/スプリンター・トレノ(型式TE27)が誕生するなどを経て、カローラとスプリンターは1995年(平成5月に誕生した8代目に至るまで基本的に同じ歴史を歩んだ。その後、スプリンターは2000年(平成12年)8月でセダン及びトレノの生産を終え、2002年(平成14年)7月にはバン、ワゴン、カリブの生産も終え、34年に亘り親しまれたスプリンターの車名は惜しくも消滅した。
★カローラとスプリンターは2代目以降に於いては双子車となったため、「カローラ・スプリンター」という車名は1968年(昭和43年)5月1日発売の初代にのみ使われたものである。
「カローラ・スプリンター」は、カローラをベースとしてスポーティーなスタイルと高性能を併せ持つクーペ型の5人乗り小型車としてデビューした。1967年(昭和42年)10月26日~11月8日に東京・晴海で開催された第14回東京モーターショーのトヨタブースに「カローラ・クーペ」として展示された車両の市販化であった。
1960年代後半、我が国の爆発的なモータリゼーションの進展期にあって様々なライフスタイル、様々な需要に対応すべく、若者(もしくは若い心を持ったドライバー)やありふれたセダンとは一味違う洒落たクルマを求める人々を購買層として開発された車種であった。2ヵ月早く1968年(昭和43年)3月2日に発売された日産のサニークーペが事実上のライバルであった。
全幅1485㎜、室内幅1250㎜のスペースに後席3名掛けの乗車定員5名というのは今日の感覚では相当無謀に感じるし、第14回東京モーターショーにカローラ・クーペとしてデビューした際のカーグラフィック誌では当時の小林彰太郎編集長がこのスタイルでは乗車定員は5名でなく4名だろうとも予想しているのだが、当時の国産セダンで全幅1500㎜前後に後席3名掛けは普通のことであったし、何より先にライバルのサニークーペが5名乗りとしてデビューしていたためトヨタとしても乗車定員4名には出来なかったのではないだろうか。
【1968年4月8日付 トヨタ カローラ スプリンター プレスリリース(抜粋)】
トヨタ自動車販売㈱は、4月8日、カローラシリーズにファストバックスタイルの乗用車「カローラ・スプリンター」を発表、5月1日より発売する。
これは多様化する大衆車需要に応えるために開発されたもので、性能、スタイル共に好評のトヨタ・カローラをベースとし、洗練されたファストバックスタイルに豪華でスポーティーな感覚を盛り込んだ新しいタイプの5人乗りセダン(乗用車)である。
1)「ファストバックスタイル」・・・・・スプリンターのスタイルはカローラをベースにしたファストバックで、スポーティーな高性能車のイメージを強調している。特にサイドまで廻りこんだ大型リアコンビネーションランプが美しいリアビューを更に印象的なものとしている。
2)「十分な室内スペース」・・・・・本格的なファストバックスタイルを採用したにも関わらず、後部座席空間を犠牲にせず5人乗り乗用車として十分な室内スペースが確保されている。
3)「豊富な車種」・・・・・需要層の多様な好みに応えるため、標準タイプ、デラックス、ツインキャブ73psのSLの3種にフロアシフト、コラムシフト、トヨグライド(オートマチック)の3種のミッションを組み合わせた7車種を揃えている(SLはフロアシフトのみ)。
4)「高速性能」・・・・・本格的なファストバックスタイルを採用した結果、空気抵抗が減少し、カローラで実証済の高速性能は更に5キロ向上し、スプリンターSLは最高時速160キロ(カローラセダンSLは155キロ)、スプリンター標準タイプ及びデラックスは145キロ(カローラセダンでは140キロ)となった。
【初代カローラ・スプリンターの変遷】
・1967年(昭和42年)10月26日~11月8日・・・・・第14回東京モーターショーに「カローラ・クーペ」の名称で展示
・1968年(昭和43年)4月8日・・・・・カローラ・スプリンター(KE15型)プレス発表
・1968年(昭和43年)5月1日・・・・・新発売
・1969年(昭和44年)2月12日・・・・・フロント・ターンシグナルを白から橙色に変更し大型化・ヘッドレスト、3点式シートベルト、4ウェイフラッシャー、発煙筒等の安全対策装備実施
・1969年(昭和44年)8月26日・・・・・1200(KE17型)プレス発表
・1969年(昭和44年)9月1日・・・・・3K型1166ccエンジン搭載のスプリンター1200にマイナーチェンジ・トヨタのカタログ等広報印刷物からカローラの文字が消え単にスプリンターとなる。
・1970(昭和45年)5月6日・・・・・2代目KE25型のデビューに伴い生産終了
【主要スペック】 1968年 トヨタ カローラ スプリンターSL 〈型式KE15-S〉 (1968 Toyota Corolla Sprinter SL Typ.KE15-S)
全長3845㎜・全幅1485㎜・全高1345㎜・ホイールベース2285㎜・車両重量730kg・FR・K-B型水冷直列4気筒OHV1077cc・K-B型ツインキャブ・圧縮比10.0・最高出力73ps/6600rpm・最大トルク9.0/4600rpm・変速機4速フロアMT・乗車定員5名・電装系12V・前輪ディスクブレーキ・最小回転半径4550㎜・平坦路定速燃費21km/ℓ・ゼロヨン17.5秒・最高速度160km/h・東京店頭渡価格58万7000円
●1969年11月 スプリンター1200 広告
週刊サンケイ臨時増刊1000万人の乗用車1969年11月7日号より。1969年9月にMCを受け1200となった初代最終型スプリンターの広告。特徴的なリアビューに「思わずふり返らせる車」のコピー。この最終型では車名からカローラの文字が消えている。標準車49万3500円、デラックス53万1500円、ツインキャブのSL59万4000円。同時期のサニークーペGL(最上級車)が53万5000円であったので、スプリンター・デラックスがほぼ同額、SLは約6万円高価だった。但しサニークーペの60ps最高速140kmに対して初代最終型スプリンターSLの性能は77ps最高速160kmとサニーを大きく上回っていた。
●1968年4月 カローラ・スプリンター 簡易カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・3つ折6面)
トヨタカタログNo.31025。最初の簡易カタログ。
【中面から】
この美しい薄い青メタリック(ネレウス・ブルー・メタリック)のボディはこの簡易カタログにのみ登場。
●1968年6月 カローラ・スプリンター 本カタログ (縦32.9cm×横24.5cm・24頁)
トヨタカタログNo.30042。この最初の本カタログの初刷は恐らく1968年4月。洒落た縦長大判カタログ。SLを含めた全グレード掲載。
【中頁から】
デラックス
ハンドル、シフトノブ、インパネと全て木目尽くし
この初期型ではヘッドレストが付かない。
フロアMT、コラムMT、トヨグライドATの変速機3種
エンジン、サスペンション、ブレーキ、オプション
ボディカラーは5色
スペック
図面
●1968年6月 カローラ・スプリンターSL 専用カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・12頁)
トヨタカタログNo.30043。このカタログの初刷も恐らく1968年4月。ツインキャブ73ps最高速160km/hの最高グレードSL専用カタログ。後年のセリカでもGTだけは専用カタログが出されたのと同じ手法が早くも採られている。外観上のSLの識別点は砲弾型フェンダーミラーと前後左右のSL文字のバッチ。内装ではインパネが3連メーター(左からスピード、水温/燃料、タコメーター)となる。
【中頁から】
丸型3連メーターのインパネ
6750rpmからレッドゾーンのタコメーターと4速シフトノブ
ツインキャブ73psエンジン
テストコースにて
ボディカラー5色及びスペック
●1969年2月 カローラ・スプリンター 簡易カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・3つ折6面)
トヨタカタログNo.31035。フロント・ターンシグナルを白から橙色に変更した上で大型化し、1969年4月1日の保安基準改正でシートベルト等の設置義務化が為されることに備えて安全装備が大幅に充実した。
【中面から】
SL
橙色の大型となったフロント・ターンシグナル
●1969年2月 カローラ・スプリンター 本カタログ (縦32.9cm×横24.5cm・22頁)
トヨタカタログNo.30048。
【中頁から】
正面
ヘッドレスト、シートベルトを装備
変速機3種
SLではフロントグリルに付く「SL」エンブレムの意匠が変更された他、黒基調だったインパネ周りが木目風のものに変った。
。
●1969年10月 スプリンター1200 簡易カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・3つ折6面)
トヨタカタログNo.30061。このカタログの初刷は恐らく1969年8月。3K型1166cc搭載のKE17型にマイナーチェンジし、標準車とデラックスは60psから68psにSLは73psから77psに出力を向上させたが、外観はKE15型の69年2月以降の生産車と基本的に同一で判別し難い。このKE17型からカタログ等の印刷物ではカローラの文字が消え単にスプリンターとなった。しかし、フロントグリル中央にはカローラの花の冠のマークが従来通り付いたままとなっている。
【中面から】
裏面: スペック
●1969年8月 スプリンター1200 本カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・24頁)
トヨタカタログNo.30062。
【中頁から】
1200についての解説
運転席
ヘッドレスト、2点式シートベルト装備
標準車及びデラックスは60psから68psに大幅パワーアップし、最高速は150km/hに上がった。
SL
●1969年8月 スプリンター1200SL 専用カタログ (縦29.7cm×横23.8cm・12頁)
トヨタカタログNo.30060。
【中頁から】
インパネ
ヘッドレスト及び3点式シートベルト装備
3人掛けのリアシートはサニークーペのようにトランクスルーではなかった。
ツインキャブ77psエンジン。SLも4psパワーアップしたが最高速は160km/hのまま変わらず。
★オマケ(その1): ダイヤペット183番 1/40スケール 1968年カローラ・スプリンター
全長9.5cm。ダイキャスト製。1969年6月、米澤玩具発売。当時定価550円。ボンネット・トランク・ドア全開閉の183番として市場に出た。ボディカラーは藤紫、卵黄、赤等。この183番に先立ち1969年2月にサニークーペがダイヤペット182番として市販されているのは実車の発売順序と同じで面白い。182番にはダイヤペット初期から使われた味わい深い被せ箱が存在するが183番はウインドパッケージのみ。その後、1971年6月にトランクの開閉機構を省き227番として再販。更に再販時には257番としてゼッケンシール等を貼ったラリーカーが定価600円で市販された。同時期には258番ローレルラリーカーと260番117クーペラリーカーも市場に出ており、通常品に単に紙シールをベタベタ貼っただけのラリーカーのような安易なバリエーションは正にコレクター泣かせと言える。
フル開閉アクション
正面
183番ノーマル
257番ラリーカー
★オマケ(その2): 香港プレイアート7146番 1/55スケール 1968年カローラ・スプリンターSL
全長7cm。ダイキャスト製。1970年代後半まで国内市場で見かけた製品。その後、プレイアートを衣替えして販売した増田屋の黒箱ポケッター・シリーズでも発売されたかどうかは不明(ポルシェ911絵柄共通箱の増田屋プレニカ・シリーズでは発売された)。プレイアートはトミカと被る車種も多いが、トミカより発売が少し早かったようで、この初代スプリンター、ファミリア・ロータリークーペ、ホンダN360、ホンダS800あたりはプレイアートにしか当時物の小スケールミニカーが存在しなかった貴重品。プレイアートは当時定価200円ながら、温泉地の土産物屋などでは1台300円、400円といったボッタクリ価格で売られているのを見かけ、同じ香港のヤトミングあたりと並び妖しい匂いがプンプンする小スケールミニカーだった。画像の4色以外にもカタログには黄緑が出ているなどカラーバリエーションは膨大。ホイール・バリエーションも2種あり。しかし、プレイアートの小スケールミニカーは今となっては同時代のトミカよりも見つけ出すことは難しいのではないだろうか。
★オマケ(その3): 子供の頃に描いた自動車図鑑のカローラ・スプリンター
1969年(昭和44年)、小4の夏休みに私が作った私製自動車図鑑の中のカローラ・スプリンターSLを描いた頁。上からカワサキ650W1スペシャル、怪奇大作戦スーパーカートータス、ホンダモンキー、カローラ・スプリンターSL。48.7万円と書いてある価格はSLではなく標準車のもの。怪奇大作戦のトータスは何を見て描いたのものだったかすっかり忘れてしまった。