★1964年 帝國車輛工業 国鉄キハ81ブルドッグ ~ 鉄道車輛カタログ棚から 006 | ポルシェ356Aカレラ

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東京でも35度を超える猛暑です。勤め先に自宅では35度を超えてもエアコンなんて絶対使わないという冷房嫌いの女性がいるのですが、彼女を無視して冷房をつけると設定温度をすぐに30度位まで上げられてしまい暑くて閉口しています。室内をキンキンに冷やすのは確かに体に悪いと思いますが、あまりに暑いのは仕事の能率も落ちて堪りません。エアコン嫌いの人と上手く折り合いをつけていくのは結構大変です。
今週後半は台風の影響で雨になるようですが、台風一過には梅雨明けでしょうか。


私のブログは自動車カタログの記事が圧倒的に多いので私は相当な自動車マニアであるように思われているかもしれません。実際、自動車はバス、トラックから乗用車、スポーツカーに至るまで何でも好きで興味があります。ところが、鉄道も自動車と同じくらいに好きなのです。小林彰太郎編集長(1929年 11月12日-2013年10月28日)時代の月刊誌カーグラフィックを初めて自分で買ったのは1968年(昭和43年)5月の第5回日本グランプリの号で私は当時小3だったのですが、山崎喜陽編集長/主筆(1921年7月25日-2003年11月11日)の月刊誌「鉄道模型趣味」(TMS)を初めて買って読んだのもほぼ同じ時期で、私は自動車も鉄道も同じように好きな少年だったのです。実は後年、TMSには山崎主筆時代の1980年代に祖師谷の機芸出版社まで原稿を持参して1度だけTMS誌上に掲載されています。

閑話休題
出張のため更新が少々遅れましたが、今回は久々に鉄道車輛カタログの記事です。たまにしかアップできていない、「鉄道車輛カタログ棚から」シリーズは漸く今回で6回目となります。




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★1968年(昭和43年)に東急車輛製造に吸収合併される形で消滅した帝國車輛工業株式会社の歴史は古く、1890年(明治23年)に大阪堺市杉松町で冶金業を営んでいた梅鉢安太郎が梅鉢鐵工所(うめばちてっこうしょ)を創業した時に遡る(東急車輛も2014年4月にJR東日本に事業を譲渡し、総合車両製作所として存続)。
創業時は主に地方都市の路面電車や客車、鉄道関連機器を中心に製作し、その後、大都市の路面電車なども製作し、1921年(大正10年)には鉄道省の客車指定工場となるなど業務を拡大した。戦前、当時の大日本帝国の統治地域(朝鮮・台湾・満州)での鉄道車両の需要が伸びたことから鉄道車両製造事業を拡大、1936年(昭和11年)8月18日に株式会社化(法人化)と同時に梅鉢車輛株式會社(うめばちしゃりょうかぶしきがいしゃ)に改称した。1939年(昭和14年)に京成電気軌道(現・京成電鉄)の傘下に入り、1940年(昭和15年)には泉北郡鳳町(現・堺市西区)に開設された鳳工場へ移転し、1941年(昭和16年)に帝國車輛工業株式會社に改称した。初代社長は今日の京成電鉄の礎を築いた後藤圀彦(1891年-1945年: 54歳没)。
戦後は、国鉄および私鉄の電車、気動車のほか、小型ディーゼル機関車や貨車、輸出用客車、バス車体等の製作も行った。


【帝國車輛工業が製作した主な車両 (戦後)】
日本国有鉄道・・・・・・・70系・80系・103系・113系・165系などの電車およびキハ10系・キハ20系・キハ58系・キハ80系などの気動車

南海電気鉄道・・・・・11001系・21200系・21000系・20000系・7000系などの電車

帝都高速度交通営団・・・・・丸ノ内線500形・銀座線1700形・銀座線1800形・銀座線1900形・銀座線2000形・東西線5000形などの地下鉄電車

京成電鉄・・・・・600形・700形・2100形・3000形・3050形・3100形・3150形・3200形などの電車

東京都交通局・・・・・6000形路面電車



●岩手・馬仙峡ユーランドの遊園地用 キハ81「はつかり」ブルドッグ 廃車体
撮影は写真家 小林伸一郎氏。岩手県二戸市石切所字荒瀬62に存在した遊園地「馬仙峡ユーランド」を1周していたキハ81「はつかり」(通称:ブルドッグ)を模した乗り物の廃車体。ヘッドマークには「はつかり」の文字も見える。この写真が週刊文春2001年(平成13年)9月13日号に掲載された時には、あまりの感動に身が震える思いがした。馬仙峡ユーランドは僅か数年で廃園になったと言われること、1960年デビューの上野~青森間を走った特急キハ81「はつかり」を模していることから、かつて子供たちを乗せて稼働していたのは1960年代前半から半ば頃と思われる。二戸市内など周辺地域を探せば稼働中のスナップ写真がどこかに眠っている可能性もあるが、既に半世紀を経ており探し出すのは容易いことではないだろう。馬仙峡ユーランドは遊園地が廃園となった後、現在もゴルフ場として営業している。
ユーランド



●1964年? 帝國車輛工業株式会社 総合カタログ (A4判・日本語・カラー印刷主体54頁)
発行年月の印字はみられないが、昭和39年時点といった記載がされていることから1964年ないし1965年の発行と思われる。1968年に東急車輛に吸収合併される数年前のカタログということになる。国鉄湘南型80系やキハ81など既に生産を終えた過去の車両を含めて掲載された総合カタログ。大抵の車両製造会社はこうした総合カタログを発行しており、他社の例では日本語版以外に輸出向けの英語版が発行されたケースが多い。頁数が多いため、個人的な視点から抜粋して掲載することとします。
(1)表紙

【中頁から】
表紙をめくると、設立年、資本金、取締役社長、工場敷地、建坪、生産累計といった帝國車輛工業株式会社の概要が記されている。昭和39年(1964年)迄の生産累計は、客電車が7872輌、貨車が24192輌、分岐器(ポイント)が99353組、硬頭軌条(レール)が121万8768m。年間生産能力は、客車・電車・ディーゼル動車200輌、貨車が1200輌と記載されている。
(2)概要

帝國車輛の歴史・・・・・昭和11年(1936年)、梅鉢車輛株式會社として法人化された後の略史が記載されている。
(3)歴史


国鉄初のディーゼル特急キハ81「はつかり号」
(4)はつかり


南海電気鉄道20000系特急ズームカー「新こうや号」
(5)こうや号


国鉄特急用ディーゼル動車キハ81 「はつかり型」
(6)キハ81


国鉄特急用ディーゼル動車キハ82 「かもめ型」
(7)キハ82


国鉄急行用一等ディーゼル動車 「キロ28型」
(8)キロ28


国鉄急行寒地用一等ディーゼル動車 「キロ26型」
(9)キロ26


国鉄修学旅行用ディーゼル動車 「キハ58型」
(10)キハ58


国鉄寒地用二等ディーゼル動車 「キハ22型」
(11)キハ22


国鉄寒地急行用二等ディーゼル動車 「キハ27型」
(12)キハ27


国鉄急行用二等ディーゼル動車 「キハ28型」
(13)キハ28


国鉄湘南型電車 「80系」
(14)80系湘南


南海電鉄 新高野号 「20000系」
(15)南海こうや号


帝都高速度交通営団 地下鉄丸の内専用電車 「500型」
(16)丸ノ内線


大阪市交通局高速軌道用電車 「5000型」
(17)大阪市5000


南海電鉄 軽量高速度電車 「21000系」
(18)南海軽量高速


京成電鉄高速度郊外電車 「3150型」
(19)京成3150型


帝都高速度交通営団 地下鉄銀座線用電車 「2000系」
(20)銀座線


南海電鉄通勤電車 「7000系・70001型」
(21)南海70001


伊予鉄道 路面電車 「70型」
(22)伊予路面電車


鹿児島市交通局 路面電車
(23)鹿児島路面電車


西日本鉄道 連接式電動客車 「1000型」
(24)西鉄連接車


大阪市交通局トロリーバス 「200形」・・・・・トロリーバスは日本の法規上は「無軌条電車」として扱われ鉄道の範疇に入る。
(25)大阪市トロリーバス


熊延鉄道25屯ディーゼル機関車 「DC25型」
(26)熊延DC25


東芝8屯ディーゼル機関車・・・・・日野DS12型70psディーゼルエンジン搭載
(27)東芝8トン


国鉄貨車 長物車「チキ」(上)および冷蔵車「レキ」(下)
(28)貨車チキ&レキ


タンク貨車 丸善海運50屯タンク車(上)およびエッソスタンダード石油35屯タンク車(下)・・・・・特定原油元売りのタンク貨車は模型化すると最高に映える題材
(29)タンク貨車2両


裏表紙・・・・・大阪府堺市鳳南町3丁目200番地の本社工場の他、岩手の釜石工場、丸の内の東京出張所、難波新地の大阪出張所の住所等が印字されている。
(30)裏表紙





★オマケ(その1): オリエンタル模型社 1/80スケール 1960年ディーゼル特急キハ81「はつかり」 プラモデル
当時定価350円(箱に460円と書込みがあるが定価は350円だったようだ)。オリエンタルは米澤玩具と共に日本のプラモデル黎明期にHOスケール鉄道プラモを多数リリースした。クハ151こだま、クロ151富士など魅力的なラインナップだったが組立済のジャンクを含めても現存するものは少ない。キハ81のHOスケールモデルは宮沢模型が1970年代末?に出すまでは、このオリエンタル製品しか存在しなかった。ボディの赤塗装部分や「はつかり」「東京↔青森」「JNR」のデカールが付属し、素組でもそれらしく見えるように作られている。
オリエンタル(1)

箱絵(Box art)
オリエンタル(2)箱絵

付属のデカール
オリエンタル(3)デカール

●オリエンタル模型社のHOプラモ広告
技術出版1962年8月10日発行「模型と工作」臨時増刊【鉄道模型工作ハンドブック】より。オリエンタル模型社の住所は東京都文京区竹早町20と印字があり、文京区の竹早町という町名は聞きなれないので調べたところ、1964年8月に住居表示が変更されており、竹早町は現在では東京ドームの北側地域である文京区小石川に当るようだ。
オリエンタル(4)広告



★オマケ(その2): デル・プラド世界の鉄道 第10号 1/160スケール 1960年キハ81
2003年発売。定価1500円+税。鉄道模型は日本型HOと3線式OゲージのみでNゲージは基本的には集めていないのですが、これは書店で見かけて衝動買いしたモデル。日本型Nゲージ標準の1/150スケールでなく世界標準の1/160スケールと記載されている。
デルプラド(1)

デルプラド(2)



★オマケ(その3): カツミ模型店 1/80スケール 1961年キハ82
1960年代の製品。当時定価: 塗装済みキット3600円、塗装済み完成品4300円。1台150円だったマッチボックスなら30台近くも買える値段のカツミ製品は貧乏小学生だった私には高嶺の花でお年玉を全部使っても1輌買えるかどうかというシロモノだった。
カツミ・キハ82



★オマケ(その4): 絵本に描かれたキハ81はつかり号
1960年代、フレーベル館発行トッパンのえほん・ぴんくまシリーズ「はしれとっきゅう」より。絵:梅本 恂 画伯。魅力的な絵。
絵本はつかり



★オマケ(その5): 絵本に描かれた南海新こうや号20000系
これも上掲と同様に1960年代、フレーベル館発行トッパンのえほん・ぴんくまシリーズ「はしれとっきゅう」より。絵:梅本 恂 画伯。こうや号と併走する大阪ナンバーのプリンスグロリアS40型は実車が存在しない2ドアコンバーチブルというのが面白い。
絵本こうや号



★オマケ(その6): キハ81が拓くディーゼルカー全盛期 動画
1960年岩波製作。トルクコンバーターの解説が半分を占めているものの貴重なカラー映像が満載。同じ動画で画質が遥かに良い貼付け不可のオリジナルは次のURLで見られます。

画質の良いオリジナル動画のURL:
(1) https://www.youtube.com/watch?v=GVZUjePOUn8
(2) https://www.youtube.com/watch?v=sf8Auq2WG3U




★オマケ(その7): Hey Bulldog 1968年 The Beatles
ブルドッグと言えばやっぱりこの曲。ジョン・レノンのリードボーカルが何とも魅力的。1968年2月11日、アビイロード第3スタジオにて録音。