私の母の実家は、木曽三川の下流域にある農家でした。

わかりやすい田舎。

どこから見ても田舎。

田の字作りの家屋にでっかい仏壇が鎮座していて、敷地には牛小屋や農機具小屋、納谷がぐるっと並んでいます。

なんというか帰省する時に「田舎に帰る」という言葉がしっくり来る、ジブリさながらの昔ながらの日本の農家。


夏休みに帰省すると、近くの水路にホタルの乱舞を見に行き、冬休みに帰省すると、近所のお寺で除夜の鐘をついてココアをいただく。


ご近所のお店に買い物に行くと、私は明らかに心身ともに父に似ているので

「仮名ハトちゃんの子か、大きくなったなー。

お母さんに似なくて良かったなーニヤリ

なんて茶化されるくらい親しい。


(母は姑に初対面で「おかめだな」と断言された不美人です。でも私は若い頃の母よりも年齢を重ねた母の顔は、いい顔になったと思っていました。

年とともに顔に生き方が出ますよね。)




そんな田舎の農家の本家育ちの母は、品行方正、成績優秀、字も美しく、家の手伝いや弟たちの世話、親戚のもてなしも慣れたもの。


お金持ちではなかったけれど、学校で一番初めに靴を履いて登校していった田舎のお嬢さん。

なおかつ、ずっとクラス委員長をしているような自慢の娘でした。


まぁそんな型にはまった田舎の優等生だったからこそ、ろくに学校に登校せずに山に登ったり、クラリネットを吹いたり、文学青年でもあり罪と罰とか車輪の下とか読んだりしている、当時にしてはちょっとオシャレっぽい不真面目さや、俺様さの漂う父に惚れてしまったのかと思います。



そんな田舎のお嬢さんである母は、ある日、学校で先生に他の数人の女の子とともに呼ばれました。

「ブラジャーをつけて来なさい」

と。



つけて来なさいと言われても、子どもである母はそんなものを買うお金はありませんので、素直に自分の母親に相談しました。

「先生からブラジャーつけて来なさいって言われた」


母の母である私の祖母は、娘に誰よりも早く靴を履かせた進んだ人でしたが、さすがにブラジャーには思い至らなかったようです。


びっくり仰天して、すぐに夫である祖父に大声で相談したそうです。

「ハト子がちちバンド欲しいんだって!!びっくり


…この話を聞いた時、思春期であった母に心底同情した私です爆笑笑い