小学生の時に、クリスマスプレゼントで源氏物語を頼んで、漫画版のあさきゆめみしを一冊買ったあまり、いざこざが起きた年のクリスマス。
辛くはなかったけれど、子どもとしては悲しいことがありました。
それはクリスマスケーキが準備されなかったこと。
私と兄は年末年始に誕生日があります。
昭和の時代、12月と1月生まれの子どもはクリスマスケーキで誕生日ケーキを兼用することはよくありました。
今と違ってコンビニでケーキを売っているわけではないし、そもそもケーキ屋さんも少なく、年末年始はお店もお休みでした。
もちろんカットケーキを買うような家庭ではありません。
よってこの年、年に一回だけのケーキであるクリスマスケーキはなしという話でした。
すでにクリスマスでしたが母は、夏に亡くなった祖母の死から立ち直っておらず、半年以上
「夢に見た。お母さんが迎えに来る、私も死ぬんだ」
といい続けており、40歳前にもなって病的なマザコンだったことを露呈している真っ最中。
つまり母は自分が子どもであったので、自分の子どものことは二の次でした。
前回記載した通り、父は昭和の企業戦士だったため、家庭のことにはもちろん一切関わりません。
その年のクリスマスイブの夕方、ケーキがないことを知った兄と私は、必死に母に買って欲しいと訴えました。
「今さらどこにも売っているわけがない![]()
無理」
後ろ向きな性格の母は、そう突っぱねました。
今なら予約していなくても、ケーキ屋さんやスーパー、コンビニなどで当日販売の分もありますが、昭和当時はそうではありません。
そもそもここに引っ越してきてから大型のスーパーも大変遠かったのです。
日常の買い物は、社宅に併設された会社の生協が経営する小型スーパー。
もしくは社宅の目の前にある小さな個人商店(パンとかちょっとした文具とか雑誌はこちら。)
数キロ離れた大型スーパーに行くのに、車でも10分ほどかかります。
それでも諦めきれない兄と妹は、隣の学区にある不二家レストランに見に行く、と母に交渉してお金を握りしめると自転車で出発しました。
この不二家レストランは、祖母が入院していた市民病院に近接しており、祖母の入院中、叔父に一度連れてきて貰ったことがあったのです。
私たち家族は、その前の年まで横浜市に住んでいましたが、世間一般に言う横浜のイメージとは違い、田んぼが広がるド田舎に住んでいたので、基本、おしゃれなお店とは無縁の育ち。
その一方、県の名前を聞けば誰でもが田舎であることが想像の付く地域に転居してから、叔父に連れていって貰った不二家レストランには、子どもの心をくすぐるメニューが目白押し。
そこで私は初めてババロアなるデザートに出会い、ふるふる揺れるツヤツヤのデザートに感動して心を震わせ、その甘さのあまりに体が痺れて食べきれないという経験をした場所。
ババロアは食べきれなかったけれど、不二家レストランはケーキとデザートの殿堂という絶対的なイメージを私に植え付けたのです。
12月末は日暮れが早く、18時には外はもちろん真っ暗。
兄妹で自転車に乗り、真っ暗な中をお金を握りしめて隣の学区まで励まし合いながら進みます。
この励まし合いながら、ですが、自転車で遠方へ出かけることではありません。
実は不二家レストランと市民病院は、小学校の学区は隣でしたが、兄の通う中学校は隣接ブロックでしたし、祖母の入院中、私も一人で市民病院に自転車で行くことがあったからです。
じゃあ何を励まし合っていたのかというと、
「さすがに不二家レストランでも、もうクリスマスケーキは1つもないかもしれない」
という絶望に負けないように、励まし合っていたのです。
「なかったらどうしよう?」
「他にケーキ売っていそうなところあるかな?」
「きっと不二家ならあるよ!」
こんな調子です。
母を説得し自転車で出かける間に時間は進み、すでに19時前頃。
クリスマスイブのあちこちの家庭では、夕食にご馳走を食べている家庭もあります。
年末の夜、もちろん自転車で出かけるのは寒かったのですが、不二家レストランに到着する頃にはすっかり体は暖まっています。
しかし、レストランへの入店待ちで並ぶ家族連れを前に、子ども二人で混み合う入口を抜けてショーケースやレジカウンターへ向かうのは、寂しくて心が寒くて、かなり気後れしたことを覚えています。
兄は中学1年生とはいえ当時は小柄で、身長は140センチに届かないくらい。
妹は130センチくらい。
兄はやせ形でおとなしい性格だったので、ほぼ小学生2人にしか見えなかったことでしょう。
家族を連れが店外の寒さを避けるためにできるだけ屋内に入り込んでいるので、ごった返して騒がしい中をなんとかかき分けていきます。
私たちにはクリスマスケーキがない。
でも世の中の家族は、こうやってレストランにおしゃれしてお出かけして、ご馳走を食べてキラキラしたケーキのデザートを食べている。
気持ちはマッチ売りの少女です。
よその窓の中の暖かな炎やクリスマスの飾り。
マッチの火の中に見えるご馳走の幻影。
あれがいかに羨ましいものなのか、心底共感できました。
そう、あれだってクリスマスの夜が舞台なのです。
子どもに素敵なクリスマスを提供するために来た大人たちをかき分けて、私たちはショーケースの前になんとか立ちました。
残念ながらショーケースはかなり空っぽに近い状態。
私たちが欲しかった「ザ・クリスマスケーキ」な生クリームとイチゴやチョコレートのお家や、ヒイラギの葉っぱの作り物が載ったケーキはどう見てもありません。
「どうしよう…
」
ここまで来てもクリスマスケーキは入手出来ないのか…。
かといって代替手段は他に思いつきません。
ただ、一つだけ希望が残されていました。
「これにしようか…」
兄妹が相談していたのは、ホールケーキで一つだけ陳列されていた美しいケーキ。
クリスマス飾りは少ないものの、表面にイチゴソースのような鮮やかな赤色がコーティングされ、作り物のヒイラギの葉が刺してありました。
シャルロットケーキでした。
ケーキの周囲をぐるりと取り巻いた、シュー生地に見える棒状の飾りと中の赤色のソースのコントラストがとても鮮やか。
私たちのイメージするクリスマスケーキではなかったものの、美しい赤色はクリスマスを求める私たちの心を十分に満たしてくれました。
二人でしばらく悩んで、知らないケーキだけどこれにすると決めました。
兄妹とも人見知りがちな性格で、知らない場所では引っ込み思案だったので、忙しい店員さんに声を掛けるのに時間もかかります。
そうこうする内に、レストランを訪れた家族連れが、食事の支払いを済ませ、帰宅前に子どもにお土産のオモチャを購入する人にも数人、抜かされていきました。
こんなことをしていたら、このキレイなケーキも売れてしまうかもしれない。
レストランでの支払いを済ます別の大人の後に、必死で声を上げました。
「あの、このケーキが欲しいんですけど
」
店員さんは優しく対応してくれました。
そして兄妹は財布にも入れていない、握りしめていたお札を支払い、お釣りをそのままポケットに大切にしまいました。
二人はケーキ用のビニール袋に入ったケーキ箱を大切に受け取りました。
この唯一無二の大切なケーキを、キレイなまま持って帰らねばなりません。
交通手段は自転車なので、前籠にはまっすぐ入らないし、仮に入ったとしても自転車の振動で崩れてしまうかもしれません。
そこでハンドルにビニール袋の持ち手を掛けて、片手で上からハンドルとともに握り込みました。
しかし、普通に自転車でこぎ始めると、ハンドルからぶら下がったビニール袋は激しく揺れるのです。
これではケーキが崩れてしまうかもしれません。
仕方ないので、自転車の速度を極限まで落とし、道路の段差で揺れないように道を選んでそうっと進みます。
もちろんこんな進みかたをすると疲れてしまうので、兄と妹はケーキの運搬役を交代しながら帰りました。
「ただいま~![]()
おかーさん、ケーキあったよ![]()
」
スピードを限界までゆっくりにした自転車で、年末の暗い道を帰宅したのですから、寒さで頬や耳は赤くなり、冷えきった手もかじかんでいました。
しかし私たち兄妹は、美しいクリスマスケーキが楽しみで、心の中だけはとてもワクワクして温度が上がっていました。
「そう。あったの。良かったわね。」
母は淡々と言いましたが、テーブルを片付けてケーキを食べる準備をしてくれました。
さあ、クリスマスの夜の始まりです。
プレゼントがいま無くてもいい(どうせいつも大型スーパーに買い物に行くだけなのでクリスマスの夜はあまり重要ではない)し、クリスマスツリーが無くてもいい(祖母がなくなったことに寄る影響)。
幸せで暖かなクリスマスを象徴するのは、なんと言ってもクリスマスケーキ。
あぁ良かった![]()
これで大丈夫。
別に我が家はくキリスト教徒ではないので、宗教的意味合いは何もありません。
ただ、マッチ売りの少女同様、クリスマスのご馳走(というか鶏モモ肉?)やケーキは「家族の幸せ」「暖かさ」を象徴するイベントなのです。
丸型蛍光灯の光に反射するキラキラした赤いソース。そこに包丁が入れられる瞬間、ワクワクは最高潮に達しました。
「いただきまーす
」
各自の皿にケーキが取り分けられると、早速フォークを刺します。
パクっ![]()
…。
…。
…![]()
なんか、コレジャナイ感。
ケーキの中身は、ピンク色のムースかババロアのようなものでした。
ネチャっていうか、モッチリというか。
そしてやたら甘い。
これは…ホールケーキで買っちゃったけど、甘過ぎて全部食べられないかもしれない。
そういえば、叔父さんに不二家レストランに連れていって貰った時も、ババロアが食べきれなかった。
あの時は叔父さんだったから、「残してもいいんだよ」と言って貰えたけど、両親にこれは通じないだろう。
よ、よし。
じゃあ次はシュー生地みたいなビスケットみたいな美味しそうな外側を食べてリセットしよう。
順番に食べていけば、なんとかなるかも。
これは粉砂糖で白く飾られていて、とても美味しそう![]()
パクっ![]()
…![]()
…![]()
…![]()
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…![]()
![]()
…不味い。
それもとてつもなく不味い。
ババロアだかの水分を吸ってべちゃっとしているし、なんとなく不自然な変な臭いもする。カビというか、添加物というか、お菓子としてはあり得ない風味。
甘さも微妙で、クッキーでもビスケットでもシュー生地でもケーキでもない絶妙な加減を突いてくる。
(不二家さんごめんなさい。昭和の時代の話です。)
「不味いよね…
」
あんなに美味しそうなのに。
あんなにキレイなのに。
あんなにお願いして、ようやく買えることになったのに。
あんなに気を付けて、寒さに震えながら持って帰ってきたのに。
こんなに不味いなんて![]()
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兄と妹は半泣きになりながら、このケーキを必死に食べることになったのでした。
子ども心にとても悲しいクリスマスの思い出として刻まれた出来事でした。