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気が向いた時に、面白いことがあったらつづっていく、なまけものブログです。
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数日前に、グローバル・スムードについての情報を載せたら、「お前はうまいものを食べてプチブル生活をしているくせに、自分は船に乗らないのか。だったら偽善者だ」というコメントをつけてきた人がいる。

 

年金生活者の私がプチブル生活をしているかどうかは別にして、こういう難癖をつけてくる人は必ずいるものだが、何を言ってくるのか興味があったので、ブロックせずに相手をしてみた。

 

「自分は普通の生活をしているくせに、貧困の人を助けるとか、途上国を救うとか言うのは欺瞞だ」という理屈は別に目新しいものではないが、だいたいは相手を黙らせるための個人攻撃に過ぎない。

 

3.11の時も、「お前は外国にいるくせに、被災地のことを話すな」というコメントを付けた人がいるが(もしかして同じ人?)、そんなことを言っていたらほとんどの人が何も言えないことになる。

 

要するに、自分が被災地に入ってボランティアをしない人は、あるいは自分の食べ物も削ってほぼ全財産を寄付しない人は、被災地や被災者について何か言えば「偽善者」と言われることになる。それこそ、若い羽生さんが苦しんだ誹謗中傷だ。

 

そしてこのような攻撃をする人こそ、自分はほとんど何もしていないことが多い…。

 

 

ある事柄について「なにかを言う」ことは、それが違法なこと・誹謗中傷でないかぎり、基本的人権の一つである。 それをこのように論点を外した個人攻撃で封じ込めようというのは、誹謗中傷に他ならない。

 

 

私は若い頃から援助の仕事をしてきて、途上国の困難についてはおそらく一般の人よりは理解しているつもりだ。また、日本がどのような形で国際社会に貢献してきたかも知っているし、それが単に人道上の援助ということではなく、日本という国家にとって外交上の利益になっているかも知っている。 

 

日本政府がODAを利用して、他国家に日本の利益になるような影響をどうやって与えてきているか、それは私の論文の主題でもあった。

 

それを論文にしたのも、当時はまだJICAに関わっていたからで、JICAを辞めた後は自分の本当にやりたかった児童福祉の方に方向転換したのだが、どちらも根っこのところは弱者に寄り添いたいという気持ちである。

 

自分で声をなかなか上げられない人々をどのように援助するか。それを仕事にする人たちもいるだろうし、まったく別の仕事をしながら、余力の部分で手を貸そうという人もいるだろう。 人はそれぞれ自分の出来る範囲で、できることをやる権利がある。人にアレコレ指図をしたがる人は、どういう料簡でそういうことをするのだろうか。

 

今、退職して70歳になる老婆に、ガザに行く船に乗れというのも優しくない発想だが、それができないなら何も言うな、というのもひどい言いようである。

 

私の暮らしぶりを知りもしないで、「プチブル」と決めつけ、偽善者と呼ばわる、その傲慢さにも呆れた。 そんなことを言っていれば、誰も何も言えなくなるだろう。もっとも、相手は自分の気に入らないことを言う人を口封じする、それが目的なんだろうが。

 

個人にできる援助とは、自分の生活はしっかりと守りつつ、余力で少しでも役に立つことをしようという普通の人々の善意が集まって、大きな力になるのだ。

 

そしてこれはおかしい、間違っている、優しくない、と思うことをしっかりと発信していくことこそが、世論になるのだ。 今はSNSというツールがあって、普通の人たちがちゃんと自分の意見を発信できるし、それをメディアが拾って拡大してくれる。

 

SNSで発信された声は、政府も動かすのだ。黒川元検事長の任期を延期しようとした安倍政権は、SNSで拡大した世論の声にあらがうことはできなかった。 SNSには重大な欠点・弊害もあるが、強みもある。

 

 

例えばガザで起きていることに日本の国民が関心を持ち、子どもが何万人も殺されていることを知り、民族の大虐殺に対して反対の気持ちを表せば、日本政府も動くだろう。実際、政府トップがイスラエル側に立っていた欧州の国々では、国民の声がやっと政府に届いてパレスチナ国家を認めるまでになってきている。もちろん何万人もの市民が殺された後では遅すぎる感があるが…。

 

 

日本のメディアが伝えないことも、海外のメディアは伝えている。それを拾って紹介する人々がいることで、日本のニュースしか知らない人が現実を知り、関心を持つことも可能だ。

 

それをされては都合の悪い人たちが、口封じに回っているのかもしれないと私は考えている。

 

 

3.11のことを言えばすぐに欺瞞だとか、寄付をすればすぐに偽善者だとか言う連中は、自分が何もしないことを正当化しようとしているのだと私は思っている。たとえその人自身がボランティアをしていたとしても、だから他の人もやるべきだという理屈は間違っている。人はそれぞれの余力のレベル、関心のレベルで自分の取れる行動をとるのであって、何をするべきかを他人に決められる必要はない。

 

 

私の親しい友人はまだ現役で働いている若さだが、つい先週までパレスチナの西岸で仕事をしていた。本当は5月に日本に帰国する予定だったが、フライトが何度もキャンセルされて、8月の末にやっと帰れたのである。

 

彼女からはガザの様子、西岸に入るイスラエル人の不法入植者がどれだけひどいか、第一次情報として聞いている。パレスチナ人の民家に入り込み、住民を襲い、オリーブの木々を焼き払い、傍若無人をしても、イスラエル政府はまったく止めないそうである。見ていられないほどひどい、と話していた。

 

これまで休暇のたびにイギリスの我が家に泊まりに来ては、現地での様々な話を聞かされている。私たち一般人がエルサレムで仕事をすることはできないが、だからと言って、パレスチナ人の悲惨な状況について何も話してはいけないということにはならない。

 

現地の状況を知り、自分の意見を持つことは誰にも止められない。それを表現することも。それこそが「言論の自由」なのだから。そして自由に言葉を発することを止める権利は国家にもない。

 

それを保障しているのが「日本国憲法」なのだ。憲法は国民の自由と権利を守るためにある。だから大切にしなくてはいけないのだ。

 

 

 

グローバル・スムードにチュニジアからも参加。

 

 

 

グローバル・スムードの援助物資を待っているパレスチナ人が、砂浜に歓迎の言葉を書いているところ。

 

 

 

アメリカは、ICC(国際刑事裁判所)をサポートしたと言って国連の会議に参加するパレスチナ人にヴィザ発給を差し止めた...。

 

 

 

そして、どこへ向かう、トランプのアメリカ…

 

 

 

公海上で、ベネズエラのボートをアメリカ軍が爆撃、11人を殺害。アメリカは「麻薬の密輸船だ」と主張するが、エビデンスもなく、裁判もせずに一気に死刑? 明らかな国際法違反を軍の広報が喧伝している…