8月6日、広島に原爆が落とされた日…。
今年は記念式典にこれまでで一番多くの110か国の代表らが参加したという。
やはり、ロシアが原爆使用をほのめかしたり、北朝鮮がミサイルを飛ばしたりしており、改めて原爆に対する危機感が高まっているのかもしれない。
毎年、真夏の蝉しぐれのなか、式典は行われる…。そして被ばく当事者の数は年々歳々減ってくのである。
このブログでも何度か書いたが、ケンブリッジ大学の「国際関係学」の修士課程には、多くの国の軍人が参加していた。 ある日、「ジャストウオー=正当といえる戦争」について、また「ノンコンバッタント=非戦闘員に対する攻撃」についてのデベイトをしていた際に、広島、長崎での原爆の使用が取り上げられた。
その時、アメリカの空軍からきていた学生(といっても35歳ぐらい)と私の間で議論になったのだが、何をどう言っても彼は「原爆投下は正当だった」と言い張って譲らなかったのである。アメリカでは学校で「日本とドイツが始めた侵略戦争は、原爆を落としたことで終了し、それにより多くの(アメリカ人の)兵士たちの命が助かった」と教えている。ましてや、彼は軍人…。
日本では、あの段階での原爆投下は必要なかったという認識の人が多いと思う。つまり、原爆を落とさなくてももう日本が負けることは時間の問題だったのだ。しかし、アメリカは、敢えてこの大量殺りく兵器を市民の上に落とした。 その決定はトルーマン大統領によってなされた。 しかし、その判断はアメリカだけでなく、イギリス、カナダなど連合軍のトップが話し合ってのことだったのだ。
以下の二つの記事には当時の状況がかなり詳しく描かれている。 なぜカナダが入っていたのか。チャーチルは一応反対したのに、なぜトルーマンは原爆投下を強行したのか。 実は彼は、人種差別主義者だったのだ…と。
私は有馬教授の説全てを認めるわけではないし、ここに書かれていることすべてに賛同しているわけではないが、この記事には興味深い箇所がいくつもある。
実は原爆投下には科学者や軍人の反対があった、そしてトルーマンがレイシストだ、ということは他の本でも読んだ記憶がある。
そうであれば、東洋人である日本人の頭上に原爆を落とすことに、たしかに躊躇が無かったのかもしれない…。
トランプも在職中に「(原爆を)持っているのになぜ使わないんだ?」と発言して側近らを驚かせていた。 たった一人の人間にそこまでの権力を与えることの恐ろしさを人類は学ぶべきなのだ...。
ちなみに、いまバービーとセットになってネットミームが批判されている映画、「オッペンハイマー」は、なかなか良い映画だそうである。


