ゴルバチョフ氏の葬儀 | ロンドンつれづれ

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ソヴィエト連邦の鉄のカーテンを開き、東西冷戦の終結をもたらした、ゴルバチョフ氏の葬儀がモスクワで行われた。

 

本来、国葬にもっともふさわしい政治家の葬儀は、プーチン大統領の意思により、そうはならなかった。 プーチンは葬儀への参加すらしなかった。

 

ゴルバチョフ氏は生前の希望で、妻と並んで埋葬されたという。

 

 

 

 

ソヴィエト連邦最後の指導者だったミハイル・ゴルバチョフ元大統領の葬儀が3日午前、モスクワであり、数千人の市民が列をなして参列した。しかし、国葬ではなく、ウラジーミル・プーチン大統領は欠席した。元大統領はその後、市内のノボデヴィッチ修道院の墓地に埋葬された。

8月30日に91歳で死去したゴルバチョフ氏の告別式は、モスクワの労働組合会館「円柱ホール」で行われた。開かれた棺に横たわる元大統領の遺体に最後のお別れをするため、多くの市民が何時間も並んだ。儀仗兵(ぎじょうへい)が護衛する会場には、ゴルバチョフ氏の遺影が掲げられていた。

娘をはじめとする遺族が見守る中、市民は次々と赤いカーネーションなどの花束を手向けた。

同じ円柱ホールは過去に、レーニンやスターリン、ブレジネフといった歴代のソ連最高指導者の遺体が、しばし安置された場所でもある。

ソ連崩壊時の大統領だったゴルバチョフ氏の葬儀は、国葬の扱いではなかった。ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と呼ぶプーチン大統領は、出席しなかった。欠席の理由についてロシア政府は、スケジュールの都合がつかないからだと説明している。

老いも若きも
多くのロシア人は、ゴルバチョフ氏によるさまざまな改革が、ソ連崩壊の前触れとなった経済の混乱を引き起こしたと非難する。

しかし、円柱ホールの周辺では、老いも若きも、多くの市民が長蛇の列をなした。

その1人のスタニスラフさんはBBCに、「ゴルバチョフは自分たちに希望をくれた。自由を夢見る手助けをしてくれた」、「この社会が自由に別れを告げているのではないと思いたい」と話した。

「この国を時代遅れな権威主義から救い出すため、最善を尽くした人へのお別れだ」と、年金生活者で長年のゴルバチョフ支持者だというオルガさんは話した。

リベラル政治家のベテラン、グリゴリー・ヤヴリンスキー氏も行列した1人で、「この人たちは『ゴルバチョフさん、ありがとう。あなたはチャンスをくれたけれど、私たちはそのチャンスを失ってしまった』と言いに来た」のだと話した。

予想を上回る数の市民が並んだため、告別式は時間が延長された。

参列者の中には、プーチン氏と親しいハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相の姿があった。外国首脳の参列者はほかにはいなかった様子。

ほかにもプーチン氏の盟友、ドミトリー・メドヴェージェフ前大統領が参列。現在は安全保障会議副議長のメドヴェージェフ氏はこの後、1991年のソ連崩壊に触れた上で、アメリカをはじめとする西側諸国が今ではロシア解体を画策しているとソーシャルメディアで非難した。

外国からは、アメリカ、イギリス、ドイツの駐モスクワ大使たちが参列した。

 

ゴルバチョフ氏の葬儀にモスクワで多くの市民が行列 プーチン氏は欠席 - BBCニュース

 

 

ゴルバチョフ氏がロシアの市民にもたらそうとした自由と民主主義は、プーチン大統領によって踏みにじられた。 今ロシアは世界に向けてその覇権主義の牙をむき出している。 プーチンは,自己の権力拡大のために黒い歴史を繰り返そうとしているのだろうか。 

 

ロシア国民の中にも、ゴルバチョフ氏を「ソ連を崩壊させた」として非難する人々もかなりいるようである。ウクライナ侵攻も、プーチン1人の考えではなく、国民の支持を得ているというあたり、西側民主主義国の市民は油断をしていては危ない…。 

 

生前、ウクライナ侵攻を批判していたというゴルバチョフ氏の葬儀には数千人の市民が駆け付けたという。

 

ゴルバチョフ氏の功績をたたえ、安らかに眠られることを祈ります。