ルール改正の意味 | ロンドンつれづれ

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ピョンチャンオリンピック後の2018-19年のシーズンに、ISUは大きなルール変更を行った。男子フリーが4分になり、ジャンプの数も一つ減って7本になった。SPのソロジャンプ前のステップという項目も取り払ってしまった。ジャンプの回転不足は90度以内ならOKだったのに、90度からURコールがつくように厳しくした。そして、もう一つの大きなルール変更は、GOEの幅を±3から±5に変えたことだろう。
 
これは、ISUの「理想とするフィギュアスケートは高難度ジャンプだけではない、ジャンプの質をしっかり見て採点するためにGOEのふり幅を大きくした」ということだったと我々は理解したのだ。 ところがふたを開けてみれば、ジャンプ前の繋ぎ、難しいステップからジャンプに入る選手よりも、長いテレグラフをして大きなジャンプをする選手に高いGOEをつけるジャッジの方が多い、ということが分かってきたのである。
 
また、高難度ジャンプを多種類入れて、それを降りる選手の演技構成点、つまりスケーティングスキル、トランジション(繋ぎ)、パフォーマンス、音楽の解釈、コンポーネンツというPCSのスコアを自動的に上げてしまうジャッジが多いことも分かってきた。 つまりスケーティングスキルや、トランジション(演技全般を通して)の質の上下を見抜けないジャッジが多いということだろう。 ISUがルール改正で目指していたことが、ジャッジたちには理解できない、あるいは審査能力が低いということかもしれない。
 
今季は、昨季厳しくしたジャンプの回転不足(UR)をまた緩めるというか、URコールを受けたジャンプの減点を少なくしたりしていた。昨季は25%ベースバリューから引いていたのが、今季から20%減点になった。 昨季は当初やたらにURコールをして厳しくしていたのが、世界選手権の頃には明らかな回転不足にもURコールはつかないばかりか、URコールのジャンプにプラスのGOEをつけるジャッジまでいて、もう無茶苦茶である。 今季に入っても、URどころかダウングレードだろうというジャンプも見逃されているケースもあった。
 
そもそも、人間が肉眼で89度と90度の回転不足を見分けることができるのだろうか? そして、テイクオフ、つまり離氷時のブレードの角度をまったく問わないで着氷時だけを見てURコールをすることが適正なジャッジなのか? 89度と90度にこだわるなら、しっかりハイテク機械を導入して、離氷時のブレードの角度と着氷時のブレードの角度から回転数を計ることが大事ではないのか? 踏切はエッジエラーだけではなく、プレロテもしっかり見るべきではないだろうか。 しかしそうなると肉眼ではかなり難しくなるだろう。 それができないなら、もうあいまいなURなんか取らずに、ダウングレードだけとればよいのだ。 前向きに着氷したものだけをコールする。これなら簡単だろう。
 
今季からのルール改正の一つに、技術面で転倒や重大なエラーがあった場合のPCSに上限を設ける、というものがある。具体的には、転倒・重大なエラーが1つあった場合、演技構成点5項目のうち3項目の最高点は9.75、2項目の最高点は9.50、さらに転倒・重大なエラーが複数あった場合、3項目の最高点は9.25、2項目の最高点は8.75と定められたそうである。(ISUコミュニケーション第2254号より) ミスのないクリーンな演技が高評価をうけることは大いに結構だが、TESで減点を受け、GOEでマイナスをつけられた上に、さらにPCSでも…、しかもこの減点の規定だと、PCS項目で主に9点以上取っている選手しか当てはまらないため、片手落ちである。なぜ全選手、1エラーは5%引き、2エラーは10%引き、みたいにしないのだろうか。 また「重大なエラー」って、なんだろう。どのぐらいのオーバーターン、あるいはステップアウトだったら「重大」とみなされるのか。この辺もすごく主観に左右されるのでは?
 
さらに、コレオシークエンスを休憩、息継ぎのために使っている選手がいるということで、今季からはそのGOEにマイナスがつきやすいように、「エネルギーが足りない」などという減点項目を明記したというが、立ち止まって上半身だけで演技をするコレオシークエンスに満点のGOEをつけているジャッジも多くいるケースが散見されている。
 
ステップの評価観点にも「流れやエネルギーがない」という✓項目が加わった(ISUコミュニケーション2254)というが、こういったエレメンツの質を見極める項目を明記し、GOE減点の対象としているルールは歓迎である。 コレオシークエンス、ステップシークエンスの質をしっかり評価し、ジャンプ偏重にならない様にしようというISUの思惑は正しい。が、フランスでも止まりそうにノロノロしたステップシークエンスに高評価がついていた。 GOEを正しく適用していないジャッジが多いことは、まことに残念である。 昨季のルール改正から、「ジャッジもまだ慣れていない」「混迷している」などという声もきくが、そろそろ一貫性のある信頼できる審査を求めたいところだ。
 
どの選手も、自分の得意分野や強みを前面に出して競技会では戦っている。 それが個性につながる。 ジャンプをピョンピョン跳ぶツルソワのような選手がいてもいいし、演技構成点でスコアを上げるジェイソン・ブラウンのような選手もいる。百花繚乱、いろんなタイプの選手がいることが、フィギュアスケートを豊かにしている。 そしてファンは自分のタイプの選手を応援するのである。 が、それぞれの強みは強みとしてしっかり採点し、弱みもしっかり見抜いて採点するジャッジシステムがなければ、選手もファンも、安心して競技に専念はできない。
 
大きなプレロテのあるジャンプや、トウジャンプをフルブレードで跳ぶジャンプ、競技会のたびに、あるいはテクパネルが変わるたびに、あるいは選手によって違う判定をされる回転不足やエッジエラー、ジャッジによって大きくばらつくGOE、理解不能なGOEやPCSなど、信頼できない審査であれば、選手もいったい何をどう攻略すればスコアが高くなるのか、不安になるだろう。 
 
スケートカナダの後では、羽生選手が苦言を呈していたが、エレメンツの質を上げるために選手が努力を重ねて試合で見せた高等技術は、ルールブックに書かれた✓項目をしっかり研究した上での攻略なのだ。 チェック項目を網羅して満点つくように跳んだジャンプに、なぜ満点がつかないのか? 世界のトップの選手から、痛いところを突かれたと思って、ジャッジたちはもう一度ルールブックをしっかり頭に叩き込んでから仕事をしてほしい。たとえボランティアだとしても。
 
スケートカナダでの羽生選手、インターナショナルフランスでのコストロナイア選手のGOEやPCSは比較的正当にジャッジされていた。難しいステップやターンを入れてからの高難度ジャンプに対し、プラスのGOEでジャッジたちは報いていた。 GOEのプラス4や5という質の高いジャンプとは、高さと幅にプラスアルファーがなくてはならない。 
 
そして、「演技全編に散りばめられたトランジション」や音にピッタリと合った動きやコレオグラフィ、ジャンプなどのエレメンツであっても表現の一部に溶け込んでいるパフォーマンスのPCSが高く評価されたものだった。 が、この両試合でも他の選手のURの見逃しや、その演技にしては高すぎるPCSは散見された。 
 
ファイナルで羽生選手や紀平選手がクワドジャンパーたちに対抗するには、こういった「エレメンツの質」や、演技構成点の部分で、ジャッジたちに適正に評価される必要がある。 ファイナルでは、羽生、紀平、コストロナイアといったオールラウンドな選手の持つ強みをきちんと評価できる審査員であってほしいと願っている。 言っておくが、彼らだって高難度ジャンパーであるが、それだけではない選手たちなのだ。そこが評価されなくてはいけない。 
 
 
フランスでも、練習風景を見ていて、(いつもそうだが)日本選手たちの基礎スケーティング力はかなり高いことを感じた。 順位の低かった白岩選手であっても、滑走のスピードはアメリカの選手たちを上回っていた。 またルーティンの基礎ストロークを見ていると、コストロナイア選手や日本人選手はかなり難しいステップやターンを取り混ぜて高速でリンク内を滑走しているが、それはGPSに出場する選手が誰でもできていることではない。 
 
演技をみても、その軽やかさやスピードは一目瞭然だが、それがPCSにはあんまり反映されていない、という印象があるのである。 日本選手のプログラムは、スピードを上げるためにクロスオーバーで漕いでいる時間がとても短いのだ。 ステップやターンでスピードが落ちないからである。 ジャッジたちは練習だって見に来ているのに、なぜそこが見抜けないんだろうか、すごく不思議である。 フランスでも止まってしまいそうな流れの無いステップシークエンスに高いGOEがついていたりしたのである。
 
ISUはルール改正で、「高難度のジャンプだけではなく、他の要素も質の高いものをみせ、ミスのない演技を」という選手たちの目標設定を促したはずだ。 それを研究して競技会に持ってくる選手たちに、ISUの審査員がルール改正の意図を理解しないようでは困る。高難度ジャンプも音楽の一部のように跳ぶ、羽生選手やコストロナイア選手のジャンプのGOEはもっと高くても良い。長いテレグラフの末のクワドよりも、難しい入りの、音にぴたりとはまった3Aの方が得点が高くていいぐらいだ。フィギュアスケートに音楽や作品のテーマがある理由をよく理解してほしい。
 
ISUのルール改正の方向は正しいが、それが審査できちんと機能していないのが現実だ。 本当の意味で、フィギュアスケートがより良い方向に進むには、AIを取り入れた正確で公平なエレメンツ判定、そして✓項目をきちんと理解したジャッジたちの能力が必要なのである。
 
さて、中国杯はどうなるか。ロシアは、そしてNHK杯は。ファイナルになるまで目は離せないのである…。