マイケル・ウッドフォード氏 | ロンドンつれづれ

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マイケル・ウッドフォード氏は、2011年6月に、日本のカメラ、レンズなどの大手、オリンパス(株)の代表取締役社長になり同年10月、この職を解任された。


これは、同社が巨額の損失を「飛ばし」という手法で10年以上の長期にわたって隠し続けた末、不正な粉飾会計で処理した事件の話である。2011年8月、雑誌FACTAのスクープと、イギリス人社長の早期解任が大きな注目を集めた事件で、ウッドフォード氏は疑惑を抱いた時点で独自にプライスウオーターハウスクーパースに調査を依頼、10月にその報告をもって菊川会長、森副社長などに問いただし、引責辞任を促したそうである。調査によると、コーポレート・ガバナンス上、多くの不審点が報告された。


しかし、その直後の取締役会議で、「独断的な経営を行い、他の取締役と乖離が生じた」としてウッドフォード氏は社長職を解任された。ウッドフォード氏によると、このあと彼は生命の危険を感じるような出来事が数件あった、という。これにより、彼は英国に急ぎ帰って、事の経緯を公表することにより、自分と家族の安全を守ろうとしたという。フィナンシャル・タイムズ、BBCなどがこの件を大きく取り上げ、オリンパスの異常な企業買収と会計処理の実体は、イギリス中のメディアで報道され、株価は急落した。


2011年11月、オリンパスは「損失計上先送り」を公式に認め、菊川会長は取締役を辞任した。オリンパスは、バブル崩壊時に多額の損失を出したが、歴代の会社のトップはそれを公表することなく「損害隠し」をつづけていたと言う。


ウッドフォード氏は、ファイナンシャル・タイムズに詳しい資料を提出、イギリスの金融犯罪の捜査機関、SFOにも資料を提出し,オリンパスの行ったイギリスの会社買収の捜査を促した。一方オリンパス側は、ウッドフォード氏がメディアに社内情報を暴露したことについて、民事訴訟などの法的措置をおこすと反発。


しかし、2012年2月、東京地方検察庁特別捜査部と警視庁による強制捜査が行われ、特捜部はオリンパスの菊川元会長、森副社長など4名を、警視庁がその他3名をそれぞれ逮捕した。


マイケル・ウッドフォード氏は、2012年、この事件の経過を描いた、Exposure という本を出版した。この本についてのお話をしてもらうため、私はマイケルに連絡をとった。本人の連絡先は、あるツテを頼って手にいれた。連絡をしたところ、すぐに本人からOKの返事があった。


当時彼は、英国でこの本を出版したばかりで、テレビや新聞、雑誌などでこの本のことをとりあげていて、引っ張りだこの大忙しであった。なので、その後のやりとりは、彼の事務所とすることになった。


さて、講演の当日。開始は6時である。午後2時近くになって彼の事務所からメールが届いた。「ピンマイクはありますか」という。これは、背広の襟などにとめるマイクのことだが、私の組織は、しがないチャリティなのでテレビ局やちゃんとした講演会場が持っているような設備はない。講演台に装着してあるマイクと、座って行う質疑応答の際のテーブルマイクのみである。あとは、お客様に手渡しするハンドマイク。なので、ピンマイクはないと答えると「マイケルは、歩き回ってしゃべるから、ピンマイクがないと駄目だ」という。「では、ハンドマイクを使ってください」と戻すと「ハンドマイクでは、ダイナミックな手の動きができないから、駄目だ。今から、ピンマイクを買いに行ってもらいたい」というではないか。「それはできません。うちは小さな組織で、今日は講演の準備にスタッフはみな大忙しです。こんな時間から外にマイクを買いに行く時間はありません」と答えると、すぐに以下の答えが来た。


「マイケルは、講演を1本すれば、10万円以上のチャージをするような人物である。ピンマイクの値段はそれに比べたら安いものではないか」確かに、我々の組織は、講演をしてくれる人に講演料は支払わない。チャリティだから、お客様からも入場料をいただかないからだ。しかし、それは最初に念を押し、それでもかまいませんという人だけに話してもらっている。なので、「よそでお話すれば10万円講演料をもらう方かもしれませんが、うちでは現職の大臣でも、ノーベル賞とった科学者の先生でも、講演料はお支払いしないことになっています。マイクはお金の問題ではなく、我々には人手と時間がない、ということを申し上げているのです」という返事をだしたところ、ウンともスンとも言ってこなくなった。


そして、5時半。通常なら講演者は到着している時間である。そして、5時50分。マイケルはまだあらわれない。ここで、私はボスに告白することにした。「実は、マイケルの事務所とこういうやりとりがあって・・・・」するとボスは「じゃあ、へそを曲げてこないかもしれないな」という。こないなら、こないで仕方がない。それだけの人物だった、と言うことである。と、半ばお客さんに説明するセリフを考え始めた頃、マイケルが表玄関から、満面の笑みで大声で、I am sorry to be late….!! とはいってきた。


そうして、私の顔をみるなり、Are you Ms XXXX? と聞くので、こちらも最高の笑みを浮かべて右手をさっと出し、Yes, I am, welcome and thank you for your contribution today….! と言うと「いやあ、実は僕のスタッフがびびっちゃって…。僕が機嫌を悪くして、もう行かない、っていいだすんじゃないかって心配したんだよ」というので、「マイクロフォンのことですか?いやあ、あなたはそんな了見の狭い方じゃないと思ってましたから」と最大のスマイルで言うと、Of course, of course…とご機嫌であった。忙しいマイケルが事務所でピンマイクがどうのというやり取りをしていたとは思えないから、スタッフの先走りである。こういうことは、大臣の事務所や、皇室の事務所とのやりとりでも多い。本人は気にしないのに、事務所がうるさい、ということである。


事前の打ち合わせを5分で済ませ、頭の良い人だからあっというまにすべてを理解してくれ、すぐに講演に入った。マイクはなかったが、せいぜい80人ほどの入る狭いレクチャールームである。彼のダイナミックな大声は、マイクなんかいらないほどであった。そして、やはり大変に話の上手な講演者であった。原稿も何ももたずに、45分間、切れ目なく話した。


講演の内容については触れないが、日本でも本を出版している。「解任」という。興味のある方はぜひご一読ください。


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彼の行動を非難する日本の経営陣も多いと聞く。バブル崩壊前後の日本企業は、おそらくオリンパスと同じようなことをした会社も多かったかもしれない。オリンパスはたまたま、それが表に出てしまっただけなのかもしれない。しかし、これから世界中から優秀な人材を集め、日本人以外の職員も取り込んで国際競争に勝ち抜いていこうと思うのなら、日本的商慣行を押し通すやりかたでは、無理だ。コーポレート・ガバナンス(外に対しても、内の職員に対しても)を重要視することが求められている。

夕食会でのマイケルは、明るくて楽しい人であった。そして何度も私に「日本人の女性に似合わず、ガッツがあるね!思っていることをはっきり口に出せる、そういう女性がこれからどんどん活躍して欲しい。」と言っていた。彼は、実は日本が大好き、日本人が大好きな英国人の一人なのである。日本から追い出されるように英国に戻ってきたことに、傷ついているようにも見えた。「日本のこれからしなくてはいけないことは、多様性をとりいれることだ。企業も、大学も、人種や年齢で多様性を持った社会になることが、日本社会の強みになるはずだ。勇気をもって、扉をあけなくては」。これは、阿川先生も、グレン・フクシマ氏も言っていた。


多様性を受け入れる社会。日本の苦手とするところかも知れない。あうんの呼吸、言わなくてもお互いが理解できる、そんな関係を心地よく思う社会で、異質なものが流入してくることに対する抵抗は大きい。しかし、異質なものが存在することを受け入れ、そこから学べるものを取り入れることで、ダイナミックな文化が醸成でき、新しい日本が生まれる可能性がある。居心地の良さよりも、イノベーションや新しいものを生み出す力がある社会ができるかもしれない。


マイケルが酔っ払ってきた時に私に言った言葉が、実は彼の性格をよくあらわしているかもしれないと思った。この一言で私は彼を気に入った・・・。


「ねえ、日本の男性は、離婚した元妻に、しっかり養育費を払わなくちゃいけないよ・・・。僕の友人は数人それで苦労しているんだ。男はもっと、自分の子供のことに責任を感じなきゃいけないんだよ・・・。」