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良質な雑誌の宿命というべきか、売れない。
それでも続いている。
きっと多くの赤字を垂れ流しているのだろうが、その痛みが分からないのんきな人たちが作っているのだろう。
それはそれで悪くはない。

谷伍平亡きあとレベルが落ちたと言われつつもまだまだ捨てたもんじゃない。
北九州の歴史、産業、文化、生活の現在の在り方が手に取るように分かる。
最近号は近況を知る上で、バックナンバーは北九州の歴史を知る上で資料価値は十二分にある。
とりわけ市政については分かりやすい。記号と暗号で書かれてある報告書を読まずにすむ。
はたして10年前の市政を知るには10年前のこの雑誌を見ればわかる。
つまり10年前の目論みが当たっているのか否か、最近の号を読めば足りる。

たぶん北九州の知能がここに集まっている。ここに間違いがあれば、それがこのまちの限界といっても過言ではない。
眺めるだけでもその時間は無駄にはならない。

ここ10年の目録も作った。場所や人物で検索できるようにした。


良質な雑誌がナンボのもん?
確かにそうだと思う。
たとえば「吉原細見」は貴重な民俗資料だが、今のこんなもんだろうか。
http://www.cityheaven.net/q/A3KodawariSearch/?genre3=0001&place2=2040002004&doSearch=%E7%B5%9E%E3%82%8A%E8%BE%BC%E3%82%80&search=shop&genre1=0002&bt=200002&bn=rnd&Apache=74.6.8.91.6871240660438962

書かれてあることは記号である。それでもきっと楽しい読み物であったに違いない。


田舎では下世話な話は地下に潜る。

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どうして今まで知らなかったのか。もったいない。

この作者もすごいが、この中に門司のことが出ていると言った人もすごい。
たった数行ではあるが、活写していると言うことで読んでみた。
確かに門司に住んでいる人には気付かない門司が描かれている。しかもホンの数行。しかしこの数行の中に門司が活きている。私の知る限り中原中也の小説以来である。

他の作品もパラパラ読んでみた。膨大な資料の渉猟力と分析力は塩野七生以上かもしれない。
言葉や人物から受ける感受性は司馬遼太郎に似ている。
とりわけ中国と日本の架け橋になる作品はいい。
ただ残念なことに面白くない。表現力なら山本夏彦が少し上だろう。

まだまだこういう人はいるんだ。

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松本清張は小倉城の石垣が懐かしいと言った。

当時の図書館は小倉城の海側にあった。
清張は高崎印刷で仕事を終えると紫川に掛かる陸軍橋を渡り、この石垣のわきを通って図書館へ通った。
和田清という職員に世話になったという。

清張は図書館が友達だったと言っていたらしい。そりゃそうであろう、清張には友達がいなかったのだ。そのためであろう、小倉の地理に疎い。
きっと今でも図書館へ来る人はそういう人が多いに違いない。
まちへ出て、まちの空気を吸って過ごす方がよほど人間らしい。

写真は高崎印刷が印刷した昭和10年の小倉市勢要覧。
清張は、当時高崎印刷で働いていた。
この表紙は清張のデザインではないかとのもっぱらの噂である。
たぶん10部も残っていないであろう、貴重な資料である。