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隔月間に発行されている国立歴史民俗博物館の広報誌である。
発行部数は3000部。これは研究所や図書館へ配布される分で、購入のための部数は800部しかない。入手はきわめて困難であろう。
古い過去号は当館にもないと聞いた。

はっきり言ってよくできている。
歴史、民俗学について狭く深い情報を入手したいときには、とりあえずこの一冊があれば事足りる。
ネットや図書館であれこれ文献を渉猟する必要はない。
まずはこれを見て、それから文献を当たればよい。
情報を得るということは砂漠の中から砂粒を探すことに似ている。この冊子はその十分な案内役になり得る。
1冊につき特集が一つ。表題を見ただけで目当ての1冊を手に取ることができる。

難を探せば無いこともない。
たとえば通巻142号、湯屋、風呂屋の特集であるが、江戸期の風呂屋で肉の売買が行われていたことは書かれていない。あくまでもきれいな学問のための冊子である。
また興味を惹く文章ではない。

書いているのは学者である。
ある情報が欲しければ、それがどんな稚拙な文章であろうと石にかじりついてでも読んでくれる人がいる論文とは訳が違う。通りすがりの人を惹きつける筆力はない。学術エッセイと謳ってはいるが程遠い。
参考資料の提示が少ない。それ以上深く知りたい場合には困る。
先日松永文庫に行ってロマンポルノのポスターを見せてもらった。
状態は良好で350枚ほどあるらしい。
ロマンポルノのポスター展が出来そうというところだろうか。
映画の題名に世相を反映したものが多いというのが面白い。そういった解説とポルノ映画の年表くらいは付けられるだろう。

松永文庫にはポルノ映画の文献もいくつかあるが、これくらいなら自分でも買える。

個人的な考えでは、ただポスターを貼り付けるだけではなく、入場料が取れるくらい細く深いものにしたいと思っているので、資料を渉猟したり松永文庫にある現物のリストを作ってみようかと思っている。
少なくとも昔の不良時代を自慢したい人や股間をパンパンに張らせたい人には無縁のものにしたい。

役所の名義貸し後援は大丈夫だろう。うまくいけば来年度なら補助金も出るかもしれない。
額は松永文庫にあるらしいのでそれを借りることにして、パーテーションのレンタル、設営と会場の家賃。チラシとチケットにいくらかかるか。
3週間くらいの会期なら入場料収入で家賃くらいは何とかなりそう。

一番の問題は人手。
設営と撤収は大変(看板やデコは手作りで)だろうし、会期中の見張りとモギリは絶対必要なんだけど。

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小冊子のことをブックレットという。
学芸書を出している出版社ならPR用の小冊子を出しているところが多い。
岩波の「図書」、筑摩書房の「ちくま」などである。
PR誌なのに定価がある。本屋では得意客にはタダで渡す。定価の書いてある物がタダでもらえると客は嬉しい。
狙いはそこだろう。

どの小冊子も文学・芸術・産業など内容の幅は広く多彩、随筆もあれば対談もある。執筆人も豊富である。
売れる必要のない雑誌だからかもしれないが、制約が感じられない。
制約があるとすればページ数だろう。節約のために表紙に目次を打ってあるものもある。目次もデザインの一部といえる。
また新しい執筆者の筆力を試す場でもあるかもしれない。または世間並の話題を探る場でもあるかもしれない。
そういう意味では実験的でもあり、読者にとっては魅力的な本との出会いの場になり得るだろう。岩波の「図書」は「読書家の雑誌」と謳っている。

冊子の中には難しい話題も多いが、みやび出版の「myb」は、肩肘張らずに読める。身近な話題から生活にかかわりの深い問題まで、当世の好奇心をそそる内容は総合雑誌以上に面白い。
小冊子は時流を読むには最適な資料の一つと言える。

こういう冊子を眺めていると出版社で働くということがどういうことかよく分かる気がする。
編集という技術だけではなく半端じゃなく幅広い人脈と見る目が必要である。飛び込みの営業マンより営業が得意でなければ勤まらないかも知れない。