先日、YouTubeを見ていたら、偶然に柳井正氏の若い頃のインタビュー動画が出てきた。

 

これがなかなかおもしろかったので紹介したい。

 

インタビューは1998年。柳井氏49歳頃。ユニクロ創業から14年が経過し、フリースブームで急成長した時期である。

 

動画タイトルにあるよう、まだ中小企業社長の”ダサさ”が残るころであり、泣く子も黙る「大経営者柳井正」に変貌を遂げる前の柳井正氏がそこにいた。

 

 

 

 

柳井氏の大学時代は、学生運動が盛んな時期であったが、ノンポリで勉強もせず、今の彼からは想像できないが「できることなら仕事したくない」と考えていたそうだ。卒業後、山口県で商売をやっていたオヤジ(父)の言うなりにジャスコに修行就職するも9ヶ月でやめる。

 

で、曰く「くそ田舎」の宇部に戻り、オヤジの跡を継ぐかたちで、紳士服販売の小郡商事に就職する。

 

ここで覚醒が起きる!

 

以下、その経緯である。

 

①オヤジは、他に土建業をやっており、そちらに注力していたこともあり、紳士服店経営をすべて息子に任せた。”任せた”というのは、会社の財布を任せたということ。銀行印も実印も渡された(渡してくれた!!!)

 

②で、経営全体を把握することになった!

 

③で、仕事をしなくちゃいけなくなった!

 

④結果、大卒の生意気な若造社長の登場で従業員がほぼ全員やめた!

 

⑤で、全部、自分でやらなきゃならなくなった!

 

⑥で、仕事がおもしろくなった!

 

この覚醒が1972年。以後、中小企業らしい試行錯誤を経て1984年、広島にユニクロ1号店を立ち上げる。その後の歴史はだれもが知るところだ。

 

子からすれば「任され」、親からしてみれば「任かす」決断をした。

 

このことが、サナギだった柳井正氏が羽化するキッカケになったことがよくわかる。

 

もうひとつインタビューに興味深いエピソードがある。

 

柳井氏の中学時代のニックネームは「山川」だったそうだ。「山」と言えば「川」と答えるようなへそ曲がりだったので付けられた。だからオヤジにも反発していたそうだ。

 

「へそ曲がり」

 

オヤジさんが、息子の性格をよく知り、一方息子の能力を信じ、任せたからこそ、「大経営者柳井正」は生まれた!

 

柳井氏がぐっと身近に見えてくるインタビュー動画でした。