皆様、こんにちは
最近、ありがままを愛するというセリフが流行っていますが、難しいと考える方も多いようです。そこで、今日はセラピストの体験をシェアしつつ、皆様にあるがままを愛することは実は誰もが既に行っていることで、もっと気楽にあるがままを愛する喜びを増やしていただければと思っています。
あるがまま=実際にある、その状態
自分をあるがままを愛することは、自分をまるごと好きになることで、自分の苦手さえも認めて受け入れることなのだと思います。
苦手なものを感じると誰でも嫌な気分になるでしょう。それでも、それが苦手だと認めて受け入れていきます。苦手を変えない、苦手は苦手のままでいい。
あるがまま受け入れるということは、それだけ自分の器を広げていきます。そして、何かを受け入れる度に「これはダメをいう自分が消えるので」楽になっていきます。
それは特別なことでもなく、日常的なことだと思っています。
私の苦手の一つは数字。世界の人口は2015年国連が発表した数字として約73億人。73億人がどの位なのか、私には理解できません。
巷では説明文に数字が入るとその内容がより理解しやすくなる言われますが、どうも私の頭は一般的とは違うようで数もイメージも何も浮かばず、何も考えられません。
私の場合は73億人のイメージは何も浮かばず、頭はフリーズ状態です。
お茶碗の中のお米の数が約3250粒として(65g)
(情報:公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構)
このような情報も何もイメージ出来ないのです。人は興味がないものには集中することもなく目に映っても注目できないのです。それを注目するには苦痛が生まれます。ただ私にとっての数字は、興味があるないとは違うレベルです。
それでもこうして生きていることは周りの方々が有能であり、数字が苦手な人にも生きられるように、この社会にはそれなりに仕組みが作られているということだと思っています。とても有難いことです。
私は子どもの頃から極端に数字が苦手。それを受け入れ小学校、中学校、高校、大学、そして会社員となり様々な考え方を次々と選んで生きてきました。
柔軟性と根性、これがないと日常生活は不可能でした。
私は今まで何も継続してきたものはないと思っていましたが、数字が極端に苦手なことから、考え方を変えることだけは継続してきました。
その為に様々なものを使いました。バッチフラワーレメディもその一つ。そして、自分に質問すると答えが浮かぶんだ、全ては私の中にあるという考えが私を支えてきたと思えてなりません。
人生は発見の繰り返しです。
数字が苦手だから出来た事です。自分をまるごと愛することは自分がダメだと思っていることさえギフトと認めていくプロセスだと思っています。苦手を苦手で終わらせてもいいのですが、苦手をギフトだと認めることが、自分をまるごと愛することだと思います。
その理由から自分が何が苦手なのか気づくことも自分をまるごと愛するプロセスだと思っています。
この世界は、愛でできている。そう思っています。
あなたも何が苦手で、その苦手があるから何ができたのかを感じることで、自分をまるごと愛する人になっていくと思います。
まるごと自分を愛していくと、人に嫌われることへの恐れは消えていきます。