こんな記事を読んだ。全文引用します。
「唯一の指導員、35年の重み 後任見えぬまま台風の朝、港町の学童クラブ」
【棚田村】
棚田村亥の浦地区の放課後児童クラブ「亥の浦っ子クラブ」で、開設以来35年にわたりただ一人で指導員を務めてきた沖田チヨさん(80)が、来年3月末での退任を村教育委員会に伝えたことが分かった。後任を求める公募は今年で2年連続で応募がなく、定員20人に対し利用児童は23人と超過が続く中、後継者不在のまま「一人体制」の限界が露呈している。
転機は8月20日の朝に訪れた。台風接近に伴う高波警報が出るなか、沖田さんが自宅で足首をひねり出勤できなくなった。代わりの指導員はおらず、クラブは急きょ休所に。牡蠣の種苗入れ替え作業で沖に出ていた神尾涼太さん(27)の携帯に一報が届いたのは午前10時。船を寄せる間もなく、隣家の元漁師・樽井作造さん(76)に頼み込み、徒歩12分の亥の浦小学校まで長女の陽向ちゃん(6)を迎えに走ってもらった。「まさか指導員さんが一人休むだけで、村中を頼って回ることになるとは」と涼太さんは振り返る。
涼太さんは大手建設会社を辞め、3年前に妻の結衣さん(25)と娘とともにUターンし、祖父の代から続く牡蠣養殖業「神尾水産」の四代目を継いだ。仕事は潮の満ち引きに縛られ、平日の送迎はほぼ沖田さん頼みだった。「学童があるからこそ、この村で漁を継ぐ決断ができた」と話す。
沖田さんは35年前、村に学童保育がまだなかった時代に自ら村に掛け合って開設した「生みの親」でもある。定員20人に対し在籍23人という超過状態を一人で見続けてきた。「体力の限界はとっくに超えていた。でも辞めますと言えば、この村から子どもを預ける場所が消える」と声を落とす。
村教育委員会子ども未来係長の桧山悠子さん(46)によると、今年度の指導員公募への応募はゼロで、これで2年連続。時給は900円台にとどまり、近隣市の学童指導員求人より約150円低い。汀大学の南条美和教授(地域福祉学)は「漁業や農業が中心の地域では学童指導員のなり手不足が特に深刻で、こども家庭庁の2024年時点の全国調査でも待機児童数は約1万7千人に上る。一人体制の学童は、指導員の退任がそのまま『廃止』に直結しかねない」と指摘する。
村は来月、臨時の保護者説明会を開き、指導員一人体制から複数人によるローテーション制への移行案を示す予定だが、財源のめどは立っていない。沖田さんの退任まで残り7カ月。すでに次の台風が勢力を強めながら村に近づいており、涼太さんの携帯には、今度こそ自分が海に出ている間に電話が鳴るのではという不安がよぎる。」
開設以来35年、たった一人で学童クラブの指導員を務めてきた80歳の人が来年退任する、という記事を読んだ。台風の朝に本人が足首をひねって休んだだけで、代わりの送迎を求めて漁師やUターン青年など村中を頼ることになった、というくだりがその脆さをよく表していた。
公募2年連続応募ゼロ、時給は近隣より150円低い。「体力の限界はとっくに超えていた」という本人の言葉に、続けてきた35年の重みを感じた。