こんな記事を読んだ。全文引用します。

「押しがけで動いたエンジン、48年目の始発 Uターン青年、住民バスの朝を守る」

【水無月町】

水無月町の港沿いを走る住民運営コミュニティバス「追い風号」が8月30日、開業48周年を迎えた。全長5.3キロ、停留所9カ所を結ぶ路線は、1978年の開業当初こそ1日215人が利用したが、現在は42人まで落ち込んでいる。記念運行の出発式当日、老朽車両のエンジンがかからないという危機を乗り越えたのが、東京から昨春Uターンしたばかりの楠木大翔さん(27)だった。

大翔さんは大手自動車販売会社の整備士だったが、実家の造船鉄工所「碇下鉄工所」を継ぐため昨年4月に水無月町の碇下地区へ戻った。休日には無償で運転士見習いを務めており、記念式典の朝も定刻の午前7時前から会場設営を手伝っていた。ところが出発5分前、38年落ちの車両がセルモーターの故障でエンジンをかけられない事態に陥った。

「式典に間に合わなければ、48年の歴史に傷がつく」。大翔さんはとっさに鉄工所の工具箱を取りに走り、集まっていた住民約20人に押しがけを呼びかけた。祖母でかつて追い風号の車掌を19年務めた楠木ハツさん(84)も先頭に立ち、「重いなんて言ってられない、みんなで押すんだよ」と声を張り上げた。坂道を約30メートル押した末にエンジンが息を吹き返し、出発式は定刻より4分遅れで無事に始まった。

この出来事は地区にも小さな波紋を広げた。式典を見ていた水無月高校2年の桧原航さん(19)は「エンジンより先に人の力で動いたのが格好よかった」と、9月から追い風号の車内清掃ボランティアに加わることを決めた。運行協議会の蜂谷欣治会長(71)は「若い人が一人加わるだけで、路線を支える気持ちが違ってくる」と目を細める。造船鉄工所の事務を務める幼なじみの田村さゆりさん(33)も「大翔くんが戻ってきてから、地区の集まりに顔を出す人が増えた」と話す。

国土交通省によると、地方の乗合バス路線の8割超が赤字で、住民が運行を支える方式は全国で年々増えているという。追い風号も運賃収入だけでは年間維持費の3割程度しか賄えず、町の補助と住民の寄付で残りを補ってきた。

大翔さんは10月に控える普通二種免許の試験に合格すれば、正式な交代要員運転士として登録される予定だ。次の節目となる50周年は2年後。「その日もこの坂道を、今度はちゃんとエンジンで登りたい」と、整備工具を片手に笑った。」

開業48周年の記念運行の朝、38年落ちの車両がエンジンをかけられず、Uターンしてきた27歳が住民20人に押しがけを呼びかけて坂道を押した、という記事を読んだ。かつて19年車掌をしていた84歳の祖母が先頭に立って声を張り上げたくだりが良かった。

「エンジンより先に人の力で動いたのが格好よかった」という高校生のコメント、その通りだと思う。