引用:リサ・レネイ安全でない人々Establishing_Safety_to_Overcome_Fear  , Relationally Safe People - アセンション用語集 (ascensionglossary.com)

 

 恐怖は、コントローラーが使用する主な操作ツールです。

 他人と一緒にいる時やあらゆる種類の社会的環境において、脅迫されている・危険だと感じる認識を生み出すように設計されています。 

 また、一般的に非倫理的で他者への共感に欠ける無礼な人々、すなわち、「人間関係において安全ではない人々」も生み出されます。

 基本的に、安全でない人々は、恐怖や不和を広める傾向があり、その人がいるだけで、他の人に危険を感じさせる危うい性格特性を持っています。 

 多くの危険な人々は、癒されていない個人的なトラウマに起因する隠れた恐怖により、他人から心理的な距離を置く為に壁を作っています。

 

 私達は皆、危険な人と一緒にいて、彼らの前にいる間に、どれだけ不快で緊張しているかに気づいたことがあるかと思います。

 彼らの前にいると、酷く不快に感じ、疲れ果て、危険を感じます。

 自分をさらけ出しただけで、相手が自分を裁いたり迫害したり、攻撃してくるのではないかと恐れてしまうからです。

 そして、他人の前では誠実で正直でいられなくなります。

 

 人間関係において危険な人々の多くは恐怖に支配されており、その反応や衝動の多くは、癒されていない精神的又は感情的な誘因によって、無意識に引き起こされています。

 それは、恐怖に基づくネガティブエゴの性質です。

 しかし彼らは、何らかの影響・攻撃・罰を受けることを心配してはいません。

 相手をコントロールすれば良いと思っているからです。

 彼らの前にいると、何らかの余波で身がすくんでしまい、完全にありのままでいることができない人々を生み出します。

  

 それでは、恐怖に基づくネガティブなエゴの性質を思い出してみましょう。

  危険な人々は、批判的、非難的、操作的、不正直、自己愛的、情緒不安定、無責任、ゴシップ、ガスライター、コントロールフリーク、裏切り者、要求が強く、優越的な態度をとる資格があると考えている可能性があります。

 

 それらの行動には多くの闇が存在しているように思えますよね? 

 このような恐怖に基づくネガティブエゴの性質を示す人々と一緒にいる時は、私達は強い境界線を作り、彼らとの交流の条件を設定したり、場合によっては、接続を完全に切断する必要があるかもしれません。 

 

 一般的に、治癒や進化を拒否する破壊的・有害・乱用的な関係パターンを続けることから得られるプラスのものは何もありません。

 庭を作りたければ、肥沃な土壌があるところに種を植えなければなりません。

 そして、恐怖の負の極性から抜け出すためには、雑草を抜くか、自己愛と自己保存の行為として、その関係パターンから離れる必要があるかもしれません。

 

 なおかつ、私達が日常的に他人に対して危険を感じている場合は、恐怖を感じる理由を明確にし、危険な行動を示す人と責任ある安全な行動を示す人の違いを見極める必要があるでしょう。

 これはまた、自分が危険を感じている場合は、自分が安全な人になる為のより高い資質に基づいて、内面の強さを開発することによって、自分の中に安全を構築することが、私達のスピリチュアルな義務であることを意味します。

 

 強力な霊的基盤は、道徳的人格形成の基礎の上に構築され、私達自身の為に内外に信頼を築きます。

 信頼は、人々が平等な敬意と優しさをもって扱われ、影響を受けることなくありのままの自分でいることが許される、道徳的行為の一貫した倫理的行動の上に築かれるものです。

 

 他の人と一緒にいると不安になる事もあるかもしれませんが、あなた自身も周りの人にとって安全な人でしょうか?

  多くの場合、私たちが他人に対して恐れているのは、自分自身の最も深いところから取り除かれていない、隠された無意識の行動です。 

 これらの隠れた恐怖に目を向けるまでは、人間はこれらの恐怖を簡単に他人に投影したり、移し替えたりすることもできます。

 

 安全な人と、安全な人間関係を定義する資質を認識し始めるには、まず安全な人とは何なのか、そしてなぜ恐怖を克服する為にそのような安全が必要なのかを、理解する必要があります。 

 

 私達の人生には、正直になって、自分が害を及ぼしている所や、自分自身を改善する為に潜在的に変える必要があるかもしれない所を教えてくれる人が必要です。 

 私達には、真理に従って歩み、自分を受け入れてくれる友人が必要です。

 その友人は自分の弱さや欠点について正直に言ってくれますが、私達を非難することはありません。

 人々が恥や罪悪感を利用したり、行動を非難したりする人間関係は、最終的には破壊的でトラウマとなり、感情的又はスピリチュアルな成長は生まれません。

 そのような人に受け入れられ、条件付きで愛される為には、私達が自分自身とは異なる存在であることを求めてくる危険な人々です。

 獲得しなければならない条件付きの愛は役に立たず、ネガティブエゴの要求から作られた投影であり、本当の愛ではありません。

 

 もし周りにこの安全な人がまだいないなら、私達は自他の為にそのような人になることができます。

 恐怖を取り除き、自分の性格を改善しようとすると、似たような人が集まってくるのです。

 

 安全な人は、他の人と完全に存在し、深く親密なレベルで繋がります。

 安全な人は、気分を害したり、物事を個人的に受け止めたりすることなく、お互いに真実を話すことができます。 

 安全な人は、宇宙の意志の通りに、他人に成長し、最高の表現者になる機会を与えます。

 安全な人は愛情深く前向きな感情を生み出し、他者への奉仕などの良い行いを促します。

 安全な人は、人々がありのままでいられるような関係を築き、生命全体との一体感や繋がりを感じられるように引き寄せます。

 精神体と感情体を癒して、深い恐怖を克服する為には、自分の中に安全を確立する方法を知り、何が自分に危険を感じさせるのかを認識しなければなりません。

 自分の体を大切にし、より内なる方向へ向かう為に一貫した瞑想やスピリチュアルな修行をし、自分を傷つけるような行為への曝露を避け、恐怖やトラウマ反応を管理する方法を学ぶことは、自分自身の内側の安全を保つ為には不可欠です。

 

 最初のステップは、自分が安全で安定していると感じるものを特定し、それらを毎日行うことです。

 自分にどのような選択肢があるのか特定し、物理的な空間にいる間の安全感と快適さを高めることができる、環境の変化を行う努力をする必要があります。
 

 あなたの環境の身体的及び精神的な安全性を評価し、ライフスタイルに必要な変化を起こす為に、破壊的で有害な行動に固定化されている人々や状況を、あなたの人生から取り除く必要があるかもしれないことを認識してください。 

 

 感情の自己調整能力を高めると、内なる安全性が強化され、より多くの信頼を形成することができるようになります。

 私達はより快適さを感じ、安全を感じる為の資質が本当に自分の中にあることを発見します。

 

 ネガティブな性質をポジティブな性質に置き換えることによって、恐怖を抽出する為の基本的なガイドラインとして、日々の思考や行動を監視することが挙げられます。 

 GSF の行動に注目することも、単に黄金律に従うこともできます。 

 自分がして欲しいように他人を扱い、尊重する行動を通じて自尊心を築きましょう。

 

 さて、特にグループや家庭における困難な状況では、より安全でセンターにあると感じる為に、健全な境界線を維持する必要があります。

 それはどんな状況でも起こり得るので、「健全な境界線」が必須なのです。 

 

 ですから、あなたを消耗させたり、意識的にでも無意識にでも、あなたを動揺させる為に地雷を踏んだり、一緒に居ると自分のセンターを失ったり、衝動の制御を失いやすいと感じる人の近くにいる時に、自分がどのように感じるか考えてください。

 これは、人が支配的であったり、強引だったり、人を操作していたり、時間とエネルギーを要求してくる時に起こることがあります。

 体感はどうですか?

 心の中ではどう感じますか?

 この特定の人の存在は、実際にあなたにどのような影響を与えますか?

 

 一緒にいると消耗してしまう傾向がある人や場所に注意しましょう。

 そのような状況では、まず、内なる慈悲の証人と繋がることを意図して、ニュートラルを保ってください。

   判断や反応をせずにただ観察してください。 

   そして、なるべく関わらず、適切な境界線を設定してください。

 

 そのような場所に入ったり、消耗したり、エネルギーを吸い取られるような感覚を持っている人に自分の身を晒す前に、自分自身を強化し、個人的なシールど増幅する為には、数分かかります。

 それはあなたの内なるエネルギー空間であり、その中には愛とポジティブな周波数だけが入ることを許され、他のものをそらすことができると考えてください。

 

 あなたの12次元シールドの中にいるキリストのスピリットと、この個人的な空間があなたを守り、その日あなたの道を導いていることに焦点を当ててください。

 それを見て、それを周りの空間のパワーとして感じてください。

 そして、健全で適切な境界線を設定することによって、内なる平和の空間を維持する為に責任を負う必要がある行動や、行動を起こさないかを認識します。