甲斐バンドの初期の名曲「ポップコーンをほおばって」は
♪映画を見るなら フランス映画さ
と歌い出す。若い筆者はそんなものなのかと聴いていたが、すでに若い時期を過ぎ何本も映画を観てみると、なるほど一理あるなぁとうなずかされる。
かつてジャン・レノがハリウッドに進出した後のインタビューで、ハリウッドの予算にはかなわないが、その分フランス映画にはそれを補う熱気と工夫があると語っていた。両者を観れば明らかだが、ハリウッド映画とフランス映画には全く別の物と思わせるような大きな違いがある。そこには文化の違いとしか言いようのない大きくて深い河が流れている。
アヌーク・エーメが亡くなった。数多の映画を観てフランス映画とは何なのかなどと小難しい事を考える以前から、彼女は筆者の銀幕のミューズであったので、もはや映画論がどうの、映画史がこうのという話はどうでもよい。ただただ悲しい。
カラー映画にも多数出演しているはずなのだが、不思議なことに彼女の印象はモノクロだ。そしてその美しさが作品に深い陰影をもたらしている。
「ポップコーンをほおばって」はその後の歌詞でフランス映画に一切触れることは無く、どちらかといえばありきたりな別れ話の歌で終わる。しかし歌い出しの1行が陰影を含み、歌詞全体を包み込んでいる。筆者が故郷近くの深夜の田園を彷徨い歩いていた頃、彼女は生死の境にいたのかもしれない。
RIP Anouk Aimée