長年生やしていた髭を剃ってしまうと今度は毎日のように剃らなければいけなくなる。ましてや採用面接ともなれば念入りに髭を当たる。久しぶりに髭を剃ると今度はそのあとにアフターシェーブローションかオードトワレか何かつけたくなる。筆者の長年の定番はパコラバンヌのスポーツだった。確か荷物に入っていたはずだと、引越以来放置しているダンボールを2、3箱開けてみる。

 

そのトワレが廃番になった時に大人買いしていた小瓶がまだ数本残っていた。両手にとり、軽く頬を叩く。そうそう、これこれ、この香り。途端に記憶が蘇る。30年前、重要なプレゼン日の朝はこの儀式だった。筆者も鬼十訓を注入された腐っても代理店マンの端くれだ。そうそう、プレゼンには気合、気迫が重要だ。プレゼン内容以前に、この人に任せたら何かいいことがあるかもしれないと思わせなければいけない。

 

懐かしいオードトワレの香りに包まれると不思議なことに、干上がったバケツに回し切った蛇口から濁流のように流れ込む水のように、みるみる気力が充填される。ようし、一発カマしてやるか!全く不思議としか言いようがない。筆者の体内に気合と気力がみなぎってくる。そうそう、筆者の師匠は24時間戦えますかの人だった。

 

面接では本部長、部長、課長を相手に1時間、ギッチリあることないことを(ないことは控えめにしておいたが)しゃべりまくった。髭を剃る効用がこんな風に顕れて来るとは思ってもみなかった。しかしこればかりはフタを開けてみなければわからない。結果にはその他にも様々な要素が影響する。やることはやった。あとは天命を待つばかりだ。見送られたエレベーターのドアが閉まった途端にドアの向こうから、いいじゃない、と声が聞こえてきた。