4月からまたリーマンだ。それに向けて早速準備を始めたが引越の超トップシーズンなので、1ヶ月の内に賃貸物件と引越業者を確保するのは至難の技だ。その他の事情もあり家具付きの短期滞在用マンションを借りることにした。

 

さて、今度はどの街に住むか。仮住まいなのでそう深刻に考えることもせず職場に近い街を選んだ。その街は40年前に筆者が一人暮らしを始めた街で、隣駅を含めるとその周辺に15年程暮らしたことになる。

 

しげしげと地図を眺め、街の情報を集めてみるとだいぶその表情は変わっている。そりゃそうだろう、離れて以来ほとんど立ち寄ることもなかったし。もっと郊外に引っ込んで節約する手もあったが、どうせ短期間だしキャリアの最後をその街で始めるのも一興かと。

 

その街では芸能レポーターのNさんや戦隊ものの悪役博士で有名なAさんとよくすれ違った。お二人と直接お仕事する機会は無かったが、その後筆者もワイドショーの制作ルームに出入りし戦隊ヒーローのDVDを扱ったのであながち全くの無縁ということでもあるまい。存命なら後輩としてこんなんなりましたよと報告したいところだ。

そういう話を思い出し、無理やり復帰へのエナジーを蓄積している。まずは磨り減った神経のリハビリが必要だ。

仏の顔も三度までと言うが、三度目の仏の顔を拝みに行った。

仏とは古巣で世話になった先輩のことで、これまで二度再就職の世話になった。その二度ともせっかくのチャンスを活かすことができなかった。もちろん辞め方は不義理にならないように気を遣ったが、さすがの筆者も三度目を頼みに行くほど厚顔無恥ではない。また職探しを始める際に何の期待もせずに近況報告をしたにとどめた。

 

人材募集をする会社に履歴書を出しても50歳を過ぎれば事実上の門前払いだ。法的に年齢制限をかけられないので受付はするがよほどのことがない限り採用することはない。筆者も実際に採用を担当していたのでよくわかる。申し訳ないと思いつつ履歴書は熟読するが不採用BOXへ直行だ。

 

「頑張ればなんとかなる」と友人は応援してくれるが筆者のように60歳を超えては、もはや情実入社、縁故入社しかありえないのだ。筆者はこれを裏口入社と呼ぶが30代、40代ではその辺の機微がまだわからないようで、虚しい応援をしてくれる。

 

家賃のかからない実家に戻りアルバイトに毛の生えた程度の仕事に就き、人生の消化試合に埋没でもするかと諦めかけたところに三度目の仏から声がかかった。古巣の関連会社の社長を務める先輩から「◯月◯日会社来れる?」とお呼び出しだ。ちょうど欠員が出たらしく、あれよあれよという間に採用が決定した。

 

ありがたいことに出向中の元同僚や役員、古巣の社長に就任した元同僚までもが「〇〇さん(筆者のこと)ならと援護射撃をしてくれたそうだ。ありがたい。自分で言っては身も蓋もないが、もう10年近く経つのに筆者の人柄や仕事ぶりを覚えてくれていたのだなぁと感慨深い。

 

昨年末に親族のやらかしが露見し再び経済的な苦境に陥り、蔵書や趣味のレコードを売り払い糊口を凌いだ。毎度のことながら毎日が吐き気を催すほどの神経戦だ。その神経戦からようやく解放される。実家に戻り1週間が経過したが、やはりここでの生活には無理がある。荷解きも終わらぬ内にまた荷造りだが今回は身体ひとつで出直そう。もう何回目かもよくわからない再出発だ。

この数年、何故か1年半周期で転居を繰り返している。もちろん筆者がそうしたくてしている訳ではなく、これはもう巡り合わせと言うしかない。おかげでどの街角がどの街のものだったのか覚束なくなる。きっと短期間で転勤を繰り返すリーマンはこんな感じなんだろうなと思う。

 

幸か不幸か筆者は転勤の経験が無くずっと東京勤務だった。地方勤務も良い思い出や人脈が出来たことだろうと想像する。一番長く働いたレコード会社でも転勤はせず、数年東京で営業を経験した後は本社内での異動に留まった。地方の転勤が続く同僚は「アイツ、かわいそうに衛星軌道に乗ったな」と囁かれたものだ。

 

今ではレコード会社などその存在意味すら問われかねないが、当時は全国に支店がありその隙間を埋めるように営業所が散在し結構な数の営業マンが全国を走り回っていた。小さな街にもレコード店が2、3店はあった時代の話だ。

 

筆者もそんな小さな街で生まれ育ち、高校生になるとレコード店に入り浸った。同級生の両親が経営する店にレコードを買いに行くといつもスタンプカードに余計なハンコをおまけをしてくれた。田舎には珍しい全身ロックファッションの店員にも可愛がられ、いろいろと教えてもらった。音楽的な産声を上げたばかりの筆者を育ててもらったようなものだ。

 

入社してしばらく経つとその店は規模は小さいながら業界の有力者であることを知らされた。今思えば、その時に一度挨拶に行っておけばよかったと後悔している。きっと皆さん大いに喜んでくれたことだろう。

 

産業構造の変化に伴い音楽流通は激変し全国のレコード店はほぼ絶滅した。そして今筆者自身も産業構造と労働市場から弾き出されようとしている。郷里の街にレコード店はもはや1店も無い。