祭囃子が聞こえてくるところをみるとどうやら筆者の住むエリアは夏祭りらしい。窓の外を見下ろすと改造した大型トラックの荷台に子供と笛太鼓を満載したにわか作りの山車がゆっくりと通り過ぎていく。筆者も浴衣を着てあの荷台で太鼓を叩いたことがある。確か小学3年生の頃のことだ。同じ町内に住む田中くんに誘われたのだった。
1、2ヶ月程町内会の会館で練習し本番の夏祭りを迎えた。各町の山車が行列を作り市内の目抜き通りを進む様は子供の眼には壮観に映ったものだ。同じ町内に住む悪友たちはほとんど参加し、夜毎の練習はまるで夜遊びの萌芽の様であった。無邪気で幸せな時代だった。
田中くんとは3年生のクラス替えで一緒になり、何かと気が合って放課後は毎日の様に遊んだ。そんな時期が2年ほど続いただろうか。クラスが分かれると徐々に距離が出来、そのうちぱったりと付き合いはなくなった。
田中くんがその次に筆者の思い出に登場するのはなぜか高校を卒業した直後のことだ。進学について思い悩みながら街を歩いていると、パンチパーマにサングラス、ロングコートを羽織った小柄なチンピラの見習いの様な男がよおっ!と声をかけて来た。はて、こんな風体の男に知り合いがいただろうかと、よく顔を見ると田中くんではないか。
ムスッとした表情を装う顔からこぼれる笑顔は人の良さを隠しきれない。まるでマーティン・スコセッシのグッドフェローズのようだ。お互いに気恥ずかしさからか、ろくに言葉も交わさずにすれ違ってしまった。筆者はその直後に街を出て40年もろくに戻らなかったので、彼とはそれきりになってしまった。祭囃子がふとそんな彼の思い出を運んで来てくれた。