複数の人が集まって何かを決めるときの方法として多数決と言うものがある。
民主主義の大原則のひとつである。

で、どのくらいをもって「多数」とするかの基準は様々である。

大雑把には、
1、全員一致
2、3分の2以上
3、過半数
4、最多の支持

と、次第に「多数」の基準は下がってくる。

最も少ないのは
5、その場のリーダーが一人で決める。
だが、これは最早民主主義ではあるまい。

過半数より多くて全員一致より少ない場合、ここには3分の2とあげたが、それ以外の基準ももちろんある。
4分の3でも5分の3でも4でもいい。
○分の◇も、「全出席者中の」や「全有権者中の」などの但し書きと言うか前提がつくことによって、成立に必要な数は変わってくる。


前フリだけで終わってしまって申し訳ないが、次回は、最近話題の憲法改正に絡めて、多数決についてもう少し語ってみたい。
まあ、要するに片側を空けることについてなんですが。
このことについては以前から多くの方がブログや記事に書かれているので今更という気もするし、そもそも私のこんなブログを読む人などいらっしゃらないでしょうから、単なる私の愚痴を書き留めておく程度のものとしておきましょう。
もし感想などありましたら何かしら反応をしていただけるとうれしいです。

さて、先日出張の折の大宮駅での出来事。
新幹線を乗り換えるためにエスカレーターを利用していました。
下りエスカレーターでのことです。
お土産などもあり荷物が多かったので、私は1.5人分くらいの幅を取っていたように思います。
後からエスカレーターを歩いて降りてくる人が何人もおり、その都度私を無言でグイッと押しのけて堂々と降りていきます。
数人はなんとかやり過ごすことが出来たのですが、まるで突き飛ばすかのようにグワッと私を後から押し、自分の通り道を確保していく人がいました。そこで遂に私は転んでしまい烈しく尻餅をつきました。
後の人が引っ張り上げてくれなかったら、そのまま10数メートル転落していたでしょう。
エスカレーターは密集していましたから、私の前にいた数十人も巻き込んで将棋倒しに大転落事故になっていただろう事は容易に想像できます。


さて、ここで問題。

悪いのは「エスカレーターは片側を空けて乗るべきだ」という「(暗黙の)常識」を守らなかった私なのか、駅構内の「エスカレーターを歩くことは危険なのでやめてください(という主旨)」のアナウンスを守らずに私を押しのけていった人なのか。

私は「エスカレーターは歩くな」派です。
こんなことに「派」など存在してはならないと思いますが。

ちょっと検索すればいくらでも出てきますが、エスカレーターの片側を空けて乗ると言うことは、結論から申し上げますと「否」です。
一番の理由は「危険だから」
これ、もっときちんと説明しないと誤解する人がいると私は思っているのですが、危険なのは「エスカレーターを歩いている人」なのではなく、「歩いているあなたにぶつかられた人」なんですよ。
「自分はエスカレーターを歩いていて怪我をしそうになったことなど無い」とおっしゃる方もいるようですが、勘違いも甚だしい。
これで転落事故など起きたとしたら(というかいつおきてもおかしくないのだが)、どう責任を取るつもりなのでしょうかね。
もっとも原因となったヤツは速攻でそこから逃げるだろうから責任追及など出来ないでしょうけど。怪我した人は泣き寝入りですね。せいぜい駅の管理者責任に突っ込んで気晴らしするくらいでしょうか。

駅側としても、注意喚起のアナウンスをしていたのだからあとは利用者の問題だ、と逃げるだろうけど。
あれも駅構内の喧噪に紛れて聞こえづらいことこの上ないし、すでにBGMと化しているだろう、だれも耳を貸さない。私もよく聞こえなかった。このことがあって初めてアナウンスをしていることに気づいたくらいだ。

危険だから、の他には、
「手などを怪我している人の場合、どちらかにの手すりが使えない場合がある」
「走っていると重量バランスが崩れ、エスカレーター本体の痛みが早まる」
などがあった。


「空けろ派」の人の意見でネット上で見かけたものをいくつか挙げてみる。
・忙しい人のために空けておけ
・みんなやってるんだから合わせろ(郷に入っては郷に従え)
・「壊れる」「危険」はメーカーや管理者が自己の管理責任を逃れるために言っているだけだから根拠はない。
・理屈は分かるが理屈とマナーは別

などなど。自己中全開ですな。

事故が起きる危険性に目をつぶってまでエスカレーターを歩いて通行することを優先させる合理的な理由があったら伺いたいものだ。

二人乗りの幅があるのに一人しか乗らないのなら、いっそのこと一人用の幅にしてしまえばいいのに。
と言う意見も関係各所に寄せられているようだ。
これに対しては、
「小さい子を乗せているときは前後よりも左右に居る方が目が届きやすくて安全」
「大きな荷物を持っている場合、前後よりも左右にある方が管理しやすい」
などの理由があるようです。私の場合は、まさにこの2番目の状況だったわけで。

また、こういった悪習に反対する人の意見は多くヒットするが、肯定派の積極的な意見はまず出てこない。たいていは否定派の人に対する反対意見として出てくるばかりだ。もう少し詳しく検索すれば出てくるのかもしれないが、おそらく少数だろう。

普段は都内まで一気に行ってしまうのだが、今回は乗り換えの都合もあって埼玉で出会った出来事だった。

実は都内の駅やデパートなどではこういう目にあったことはない。
エスカレーターが込んでいたら、歩いている人でもそこで止まる。無理に押しのけたりしない。
いるかもしれないが、私がそう言う場面を目にしたことはない。

ちなみに私の地元ではエスカレーターのどちらかを空けるという習慣はなく、みなゆったり幅を使っている。
ときどき出張で来ているだろう人が駆け上がっているが、階段使えよ、と思う。

何か大事故がおきるなどのきっかけが無い限り、痛い目を見ないと人間はなかなか変われないのだろうか。
先日出張で宇都宮に3拍した。

そこで遭遇したのは、宇都宮市内の自動車運転手たちの素晴らしき運転マナーだった。

新幹線を降り、駅からホテルへ向かうために横断歩道を渡ろうと自動車が通り過ぎるのを待っていた。
ところが横断歩道で待っていた私を、通りかかった車が止まる。
私が驚いて運転手の方を見ていると、なんと運転手は私に横断歩道を渡れと言うゼスチャーをする。
しかもそれは一般車ではなく、バスである。

そのバスがたまたま親切なドライバーだったわけではなく、いつ、どんな状況で横断歩道で待っていても、自動車は止まる。バスでもタクシーでも一般車でも止まる。

これを読んでいる方の中には「いや、何を当たり前のことを書いているんだ。歩行者が居たら自動車が横断者に道を譲るのは当たり前ではないか」と思われる方も多くいるでしょう。

当然です。
それがルールでありマナーであるし、教習時でもそう教えているのだから。
しかし、現実を見るとなかなかそれが出来ていないドライバーが多い。

これだけならそれほど驚くこともないかもしれないが、実はそれだけではない。
歩行者信号が赤でこちらが止まっているときも、青信号で通りかかった自動車は減速する。
さすがに停止まではしないが、止まるんじゃないかと思うくらいゆっくり走る車も居る。
やったりやらなかったりではなく、全ての車がそのような走り方をしていたのである。

特に、私の住んでいる地域では、自動車優先で走っている人が多い。
横断歩道で待っていても止まってくれる車の割合は半々くらい。
こちらが渡り始める意思表示をして初めて止まる車が多い。それも「仕方ねぇなぁ」という感じでしぶしぶ止まる場合が多い。
これがバスやタクシーになると止まらない確率が格段に上がる。
これでよく二種免許が取れたものだと思うくらいに。
私の住んでいる町の周辺の市町村に行くと「止まらない率」はさらに上がる。
統計を取っているわけではないので正確な数字ではないのだが、だいたい8割くらいの印象。
(嫌なことは多めにカウントするという人間の性質からして、本当はそこまでではないのだろうが)

自分で運転しているときはそんなことがないように心がけているつもりではあるが、ついついやってしまっていることもあるかもしれない、と大いに反省している。

いったいなぜ宇都宮の人々は、ここまで丁寧な運転が出来るのであろうか。

歩行者があまりに平気で渡ってくるので、事故を避けるために車側がびびっているかと邪推してみたりもしたが、総じて歩行者側もそんなに横断する際のマナーは悪くない。赤信号でも平気で渡っていたのは外国人と数人の酔っぱらいくらいである。
交通量に比して道路が圧倒的に広いので渋滞が起こらず、運転手側のストレスがたまりにくいのも一因なのかと思ったりもした。(日中は職場から出ず、朝と夜しか見ていないのだが)
あるいは教習所や各バス会社やタクシー会社での運転手への指導が厳しく行き届いているのだろうか。
信号の横に「信号守れ」という標識のある関西の大都市とは大きな違いである。
(この標識だって税金を使って作っているであろうに)

そう言った点で、宇都宮という町の素晴らしさを感じた数日間であった