【タイトル】
クラッシュ(原題:Crash)
【概要】
2004年のアメリカ/ドイツ/オーストラリア合作映画
上映時間は112分
【あらすじ】
ロサンゼルスで暮らす様々な人たちの暮らしを描く。
【スタッフ】
監督はポール・ハギス
音楽はマーク・アイシャム
撮影はJ・マイケル・ミューロー
【キャスト】
サンドラ・ブロック(ジーン)
ドン・チードル(グラハム)
マット・ディロン(ライアン)
ジェニファー・エスポジート(リア)
ウィリアム・フィクトナー(フラナガン)
ブレンダン・フレイザー(リック)
テレンス・ハワード(キャメロン)
クリス・“リュダクリス”・ブリッジス(アンソニー)
タンディ・ニュートン(クリスティン)
マイケル・ペーニャ(ダニエル)
ライアン・フィリップ(トム)
【感想】
アカデミー賞では作品賞含む計3部門を受賞し、脚本賞を受賞したポール・ハギスは前年の「ミリオンダラー・ベイビー(2004)」に続いて2年連続での受賞となった。また、アカデミー賞ではプレゼンターのジャック・ニコルソンが、前評判の良かった「ブロークバック・マウンテン(2005)」ではなく本作が受賞したことに戸惑いの表情を見せたことも話題となった。
アカデミー賞の長い歴史を振り返ると、「この作品がオスカー取ったのか」なんて思う作品もあるだろう。まさに本作もそのような感想を抱かれるような作品だったんじゃないかと思う。
本作を簡単にまとめると、「よくできたお話」である。本作は入れ替わり立ち替わり色んなキャラクターが登場する群像劇である。そのとあるキャラクターとまた別のキャラクターがある時点で偶然折り重なることがあり、そこにドラマが生まれるというような筋書きである。
ざっくり分けると、カージャック被害に遭うジーンとリック夫妻、刑事のグラハムと恋人のリア、また刑事グラハムとリックの側近フラナガン、巡査のライアンと相棒のトム、またライアンと父親、それから医療相談室のシャニクア、テレビディレクターのキャメロンとクリスティン夫妻、自動車泥棒のアンソニーとピーター、錠前屋のダニエルと小売店ファハド一家、事故に遭う韓国系の夫妻などなど。これらが時に交わりながら進んでいく。
本作が最終的に皆が善人になるみたいな甘っちょろい話だったらこれほど評価されなかったかもしれないが、悪に手を染めた状態で映画を終えるのはライアン・フィリップが演じた若い巡査トムくらいである(他にもいると言えばいるが)。トムは相棒のライアンが人種差別的な行動ばかりすることに嫌気が差して上司に依頼して配置換えしてもらっている。そして、ライアンと同行中に嫌がらせをした夫妻のうち夫キャメロンを後日発見して警官に囲まれる中交渉を買って出て事態を収めることに成功している。ライアンの酷い行動を止められなかったトムなりの贖罪みたいなものではあるが、このキャラクターはそれでは終わらない。後に黒人の友人を乗せたトムはその友人と口論になりその友人がポケットに手を入れたところで銃殺してしまう。ところが、その友人が持っていたのは銃ではなく人形だったことが分かり、トムは絶望してしまう。
ただ、本作のトムの描き方だとこの事故とも取れる殺人は、ライアンのような相棒がいたことや、引いては銃社会が原因だと言いたげである。ライアンのような相棒がいなければ、人種差別による緊張感がなければ、銃社会でなければこんなことは起こらなかったのだろうか。トムには他にできることはなかったのか。
それでは、ライアンについて考えてみる。巡査のライアンはパトロール中に黒人のキャメロンとクリスティン夫妻の乗った車を止める。どうやら運転中にクリスティンがキャメロンのアレを咥えていたらしいことは分かるが、本作の描き方だと100%そうだとは言えない描き方である。その疑惑でもってライアンはキャメロンとクリスティンを車の外に出し、キャメロンの前でクリスティンの身体検査を入念に行っている。どう見てもやりすぎである。
さらに、後の場面では尿道炎で苦しむ父親のために医療相談窓口に連絡するがどうしようもないと言われてしまう。そこで相手の名前を確認するとアフリカ系だと分かった時点で侮辱するような発言までしている。とんでもないクズであることには間違いない。
そんなライアンには尿道炎で苦しむ父親がいて、病院を受診しても良くならず、父親は夜中にトイレで尿が出るかどうかで苦しんでいるのに何もできない。そして、アメリカは主治医性のため他の病院を勝手に受診することもできないため八方塞がりの状態である。映画的にはそんなことにイライラした状態のライアンがまるでその鬱憤を晴らすかのように黒人夫妻を侮辱したのではないかという風に見える。医療体制がもっと充実していればこんなことは起こらなかったのだろうか。いやそんなことはない。
そのライアンには交通事故で死が迫る女性を助ける場面が用意されている。その女性はなんと入念に身体検査をしたあのクリスティンなのだ。クリスティンは助け出そうとしているのがライアンだと気付き、「あなたには助けられたくない。他の人を呼んできて」とわめく。偶然だとしてもクリスティンからすればこの状況を良いことにまた体を触ろうとしてきたと思ってもしょうがない。ただ、近くの車は炎上し、クリスティンの乗っている車からはガソリンが漏れている。いつ爆発してもおかしくない状況である。その状況を理解したクリスティンはライアンの助けを借りることを決断する。そうしていると近くの車からの炎がクリスティンの乗る車から漏れるガソリンに引火し爆発してしまう。ライアンは他の巡査から引きずり出されるが、それでも車に戻ってクリスティンを救出することに成功する。
ここでクリスティンが事故に遭ったのもライアンによる入念な身体検査が遠因であることは伝わってくる。また、クリスティンが事故に遭った現場にライアンが居合わせたのは偶然だ。ライアンはクリスティンから嫌がられようと、冷静さを促して救出に成功する。言わんとすることは分からなくもないが、ライアンは反省していたわけでもない。彼が黒人を人種差別する理由や原因はもちろん分からないが、多くのそれが育った環境で決まるように、おそらく尿道炎で苦しむ父親をはじめとした家族や周辺の地域住民、学校や友達付き合いがそういった考えを醸成させていったことだとは想像する。この出来事でライアンは変われるのか。それは分からない。そんなライアンにきっかけを与えるのは悪くはないが、彼自身が積極的に変われる物語にはできないのかな。あと、この場面はやっぱり出来過ぎた流れだとは思う。そんな偶然100%ないとは言い切れないが、そんなことあるかね。ライアンの元相棒トムだってクリスティンの夫キャメロンと会っているしなぁ。
また、ペルシャ人の店主ファハドはドアの鍵の交換のために鍵屋に修理をさせていた。鍵屋のダニエルは修理こそ終わったがドアを交換しなければ意味がないと伝える。すると、ファハドはドアを交換させる必要がないのに友達のドアを扱う業者を儲けさせるために嘘を付いているのだとして聞き入れず、ダニエルは鍵の交換費用も受け取らずに出て行った。すると、後日ファハドの店は強盗に遭ってしまう。やってきた保険会社から、ドアの交換を勧められたのに断ったファハドに過失があるとして保険金を支払ってもらえなくなる。ドアの交換を勧められて断ったことで強盗に遭い保険金も支払ってもらえないのはファハドが悪い。なのに、ファハドは映画序盤で手に入れた銃を持ってダニエルの家に向かう。銃を向けられたダニエルの元へ娘がやって来て、ファハドは発砲してしまう。ところが、実は映画冒頭にファハドの娘が購入した銃弾が空砲だったために誰も怪我せずに済んだというオチになっている。
すべてファハドが悪いのに腹いせにダニエルを殺そうとして発砲までした。ファハドはその銃に入っているのは実弾だと思って撃っている。彼はたまたま殺人を犯さずに済んだだけであり、これは殺人未遂以外の何物でもない。でも彼も裁かれることはない。ファハドはダニエルに謝るでもないし、自首するわけでもない。ファハド一家がペルシャ系なのにイスラム系だと勘違いされることを嘆く描写があったが、それはダニエルの一件と何の関係もない。
それから、オチに登場するのは車泥棒のアンソニーである。彼が韓国人から奪った車を売ろうとしたら車にはどうやら不法滞在者と見られる多くの韓国人が乗り合わせていたことが発覚する。そこで相手は人身売買に利用するために買おうと言ってくるのだが、アンソニーはそれを断り同胞の韓国人がいるであろう場所に行って彼らを下ろす。そして、アンソニーは「俺って良いことしたよな」みたいな満足そうな顔をする。仮に良いことをしようとするなら、持ち主に車を返すとか、車で轢いて大怪我をさせた相手を見舞って誠意を見せるとか、自首するとかでしょ。こんなのただの自己満足。映画的には「これで良い」って判断でしょ。この自己満足を皮肉っているわけでもない。不法滞在者を街にばら撒いてどうする。民主党支持者の多いハリウッドだからこういうオチはしょうがないんだが、「とりあえず受け入れる」ってただの思考停止だと思うわ。その結果が今の社会でしょっていうのも一つの結論だ。
本作に登場するどのキャラクターも人種差別を筆頭に様々な問題を抱えて生きており、終始イライラしている。何かしらの暴力の引き金を引くのはこういった問題が原因だと言いたげである。確かに本作を見れば、普段同じように何かしらの問題を抱えている人たちに対して一歩留まるように促す反面教師的な側面は感じる。しかも、キャラクターを絞らずにかなりの人数を登場させている。こうした同時発生的な何かはそれこそロサンゼルス暴動に代表されるように大きな何かに繋がってしまう恐れもある。それを思いとどまらせるという意味合いこそ理解できるが、やっぱりそれ止まり。現実的に考えればそこまでしか出来ないのかもしれない。問題が起こるのには原因がある。それは正しい。ただ本作の描き方だと自分に何ができるかではなく、自分ではどうしようもない何かが原因だという描き方に見える。これで先に進めるのか。
あと、本作のような「人種差別‼」という映画は人々に考えさせる作品だと思うが、これだけ人種差別するキャラクターばかりが登場すると、逆に疑心暗鬼を招かないだろうか。普段何気なく付き合いのある学校の友達や職場での同僚など、「もしかしてこの人も⁉」みたいに思ってしまう可能性もある。いかにもエリートっぽい高貴な映画のように見えるが、実は危険な映画でもあると思う。
【音声解説】
参加者
├ポール・ハギス(監督)
├ドン・チードル(出演)
├ボビー・モレスコ(製作)
上記3名による対話形式の音声解説。
キャスティングに1年半かかったという話、ドン・チードルが出演を決めた場面の話、予算不足でポール・ハギスの家や車を撮影に使用した話など聞くことができる。ただ、人種差別問題や銃社会などに対する芯を喰った意見などは聞かれない。
取り上げた作品の一覧はこちら
【配信関連】
<Amazon Prime Video>
言語
├オリジナル(英語/ペルシャ語/スペイン語/広東語/韓国語)
【ソフト関連】
<DVD(2枚組/ディレクターズ・カット・エディション)>
本編
├ディレクターズ・カット版
言語
├オリジナル(英語/ペルシャ語/スペイン語/広東語/韓国語)
├日本語吹き替え
音声特典
├ポール・ハギス(監督)、ドン・チードル(出演)、ボビー・モレスコ(製作)による音声解説
映像特典
├メイキング・オブ・"クラッシュ"~Behind the Metal and Glass
├未公開映像
├監督ポール・ハギス
├LA もう1つの主役
├タブーに挑む
├脚本との比較
├ストーリーボードとの比較
├ミュージック・クリップ
├ミュージック・モンタージュ
<BD>
本編
├劇場公開版
言語
├オリジナル(英語/ペルシャ語/スペイン語/広東語/韓国語)
├日本語吹き替え
音声/映像特典
├上記DVDと同様