【作品#0647】炎のランナー(1981) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

炎のランナー(原題:Chariots of Fire)

【概要】

1981年のイギリス映画
上映時間は125分

【あらすじ】

実在したユダヤ人のハロルド・エイブラハムスとスコットランド人のエリック・リデルの2人がランナーとしてオリンピックに臨むまでを描く。

【スタッフ】

監督はヒュー・ハドソン
音楽はヴァンゲリス
撮影はデヴィッド・ワトキン

【キャスト】

ベン・クロス(ハロルド・エイブラハムス)
イアン・チャールソン(エリック・リデル)
イアン・ホルム(サム・ムサビーニ)
ジョン・ギールグッド(トリニティの校長)
リンゼイ・アンダーソン(キースの校長)

【感想】

アカデミー賞では7部門でノミネートされ、作品賞含む4部門で受賞した。中でも作曲賞を受賞したヴァンゲリスによる「タイトルズ」は後に日本のテレビ番組などでも使用されていることから大変有名である。

本作は数回鑑賞しているが、どうも掴みづらい作品である。キャラクターにしても、本作のテーマ「信念」にしてもそこまで描けている気はしない。さらにテーマも時代背景を考えると、その「信念」を揺るがす要素があまりにも多く、ぼやっとした印象が残った。

戦前から戦後にかけてのオリンピックは国威発揚の意味合いが強く、金メダリストをより多く生み出すことで、国のメンツを競っていたようなものだった(「参加することに意義がある」なんて言葉もあったが)。その国の代表するメンバーには当然国を背負って立つ人間でなければならなかった(それは成績だけでなく人柄や育ちなども考慮された国もある)。ただ一方でアマチュアイズムもオリンピックの精神であり、アマチュアでありながら他国の強豪選手と戦うところには限界があったと思う。以降のオリンピックが向かうアマチュアイズムの衰退に繋がっていくのだろう。

本作ではオリンピックメンバーに選ばれる選手のうちハロルド・エイブラハムスはユダヤ人で、エリック・リデルはスコットランド人(キリスト教徒)である。当時、あからさまなユダヤ人差別は少なかったものの、まだ根強く残る潜在的なユダヤ人差別にハロルドは悩まされる。また、アマチュアでありながら金銭の報酬と引き換えにプロのコーチを雇っていたことを学長らから「五輪の精神に反する」と指摘される。さらに、そのコーチがアラブ系の男であったことも学長らは気に食わなかったはずだ。

オリンピックの力は今でも大きいだろうが、「アマチュアリズム」はもうとっくの昔に廃れてしまった。結局はプロで有名な選手が出てくれた方が儲かるからだ。さらに、プロの方が圧倒的にレベルも高いわけだし、同じスポーツをオリンピック競技に組み入れるならよりレベルの高い選手に力を発揮してもらった方が良いはずだ。となると、ハロルドの目指していた「勝利」は時代の先を行く考えだったのだと感じる。

また、エリックは敬虔なクリスチャンであり、オリンピックの競技の当日が安息日(=日曜日)と重なってしまう。安息日には何もしないことを自分にも他人にも厳しく求めていた自分が、たとえオリンピックという念願の舞台だとしても「走れない」と言う。その後、会議が行われ、貴族であるアンドリューが「メダルを取ったので、400mはエリックに譲る」と言ったことで丸く収まることになる。敬虔なクリスチャン故にオリンピック競技に参加できないと言う一方で、貴族というお偉いさんの一言で大会側が競技種目の交代をあっさり認めるところは皮肉に感じる。たとえ神が第一と考えてそれに従ったとしても、結局のところ彼の出場予定だった競技日程が変更されることはなかったのだ。

宗教自体を否定するつもりはさらさらないが、それに忠実に従ったとしてもどこかで不具合が生じてしまうのだ(もちろんそれは社会のルールや法律にも当てはめることはできるのだが)。もしアンドリューという貴族が出て来なければ、エリックは「安息日には走らない」としておそらく走らなかったはずだ。そうなれば、大会側もエリックを出場選手に選んだイギリス側も面目丸つぶれだろう。大会側もイギリス側も敬虔なクリスチャンではないので、「安息日に走らない」というエリックを受け入れたとも思えない。大会側は選手個人の信仰に基づく考えや意見をすべて受け入れるべきなのか。そんなものを受け入れ始めたらキリがない。

宗教が上なのか、個人が上なのか、国家が上なのかという問題は本作から時を経た現代でも何も解決していない問題である。もしエリックは大会側の説得に応じて安息日に走っていたら一生後悔することになったであろう。ただ、そこで金メダルを獲得すればイギリス側は彼の信仰などお構いなしに大いに喜ぶはずだ。

では、エリックはそこまでオリンピックに拘る必要があったのか。自身の信念を尊重しないオリンピックに参加し、競技種目を変更してまで参加する必要があったのか。もしその信念が最優先なのであれば、それこそ同じ志を持つ者同士で大会を作ればいいではないか(日曜日に競技はしない大会など)。もちろん当時のエリックという若者に出来ないかもしれないが。そこまでして参加したいというところは、やはり個人の願望ではないかと思う。

ハロルドにしたって、エリックにしたって、走ることが好きだから走っているはずだ。愛国者として国のために走るというのは後付けにでもできることだ。国のために出来ることは他にいくらでもある。その中で走ることを選んだのは彼らである。しかも、国のために走ることが名誉なことであるのなら、プロを雇ってまで勝利を目指す必要もない。そこにはやはり「個人」として、「走りたい」「勝ちたい」という気持ちがあったからなのだと思う。

結局のところ、宗教、個人、国家など完全に切り離して考えることなんてほぼ不可能なのだろう。どの視点に立ったとしてもちょっとした矛盾や齟齬は生じてしまうものなのだ。エリックが「信念」を持ち続けたからこそ、別の種目で出場して金メダルを取ることができたとも言えるし、アンドリューという貴族の一言があったのは「運」だったとも言える。やっぱり見終えてスッとするものはないが、ヴァンゲリスの素敵な音楽で締めくくられたら「良い映画を観たな」って気分に少しはなってしまう。

とりとめもない感想を記載したが、やはり好きになれる一本ではない。ユダヤ人差別に関してははっきりとハロルドの側に立てるが、エリックに関してはやや共感しづらい。クリスチャンと言えどその信仰度合いは人それぞれ。安息日に競技に参加したクリスチャンはいくらでもいたことだと思う。他のクリスチャンが安息日に競技へ参加していたことをエリックはどう思っていたのか。自分さえ忠実にその教えを守ればそれで良いのか。「安息日には何もしない」という教えを守り続けることにどのような意味があるのか。敬虔なクリスチャンであればあるほど偉いのか。

ヒュー・ハドソン監督は本作のテーマを「信念」と下記の音声解説でも語っているが、その「信念」はキリスト教への「信仰」がベースになっている。キリストの教えに忠実に従い続けること自体が目標になっていないかと思う(それが悪いとは言わないが、あまりに妄信的なのも困る)。それが良いのならなぜそう思うのか。そういったテーマはあまり深堀された印象はなく、「敬虔なクリスチャンは良い人」みたいな表層的な印象がかなり強く残った。

また、映画化に際した事実改変についても記しておきたい。エリックがパリオリンピックに出発する日に乗船する直前に記者から予選の日が安息日に当たる日曜日であることを知らされる場面がある。下記の音声解説によれば、これは事実ではなく事前に知っていたらしいが、ドラマチックにするために改変したようだ。しかも、「これは映画だからこの改変は許されるだろう」とも語っている。ただこれはどう考えても違和感がある。本作のメインキャラクターの2人は非常に真面目なキャラクターとして描かれている。そんな彼らが大会の日程を把握していないとは到底思えないのだ。出発直前に記者から知らされるなんてこんな間抜けな話はない。この改変はキャラクターの根幹を揺るがしかねないものだったと思う。しかも、この改変が映画をよりドラマチックにしたとは思えず、史実通りのアプローチでも十分に描けたと思う。

やはり何度視聴しても掴みづらいし、部分的には共感しえない。本作に隠されたテーマや時代背景を考慮したとしてもいまいちだったかな。繰り返しになるが、ヴァンゲリスの音楽は奇跡的にマッチしている。

【音声解説】

参加者
├ヒュー・ハドソン(監督)

監督のヒュー・ハドソンによる単独の音声解説。「20年前を振り返りながら話す」と語っているように、DVD化に伴い収録されたものであろう。それまでにも共に仕事をしていたヴァンゲリスを起用し、ヴァンゲリスは脚本を読まずに映像だけを見て作曲した話、同時期に製作された「レッズ(1981)」の撮影用に使用したかった衣装が使われた話、CGのない時代に多くのエキストラを集めた工夫と逸話、スローモーションを使った意図と場面によるコマ数の違い、「信仰」の映画ではなく「信念」の映画である話、当時イギリスと戦争中だったアルゼンチンでも上映された話など語ってくれる。

 

 

 

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【配信関連】

 

<Amazon Prime Video>

 

言語

├オリジナル(英語)

 

【ソフト関連】

 

<DVD(2枚組/アルティメット・エディション)>

 

言語

├オリジナル(英語)

├日本語吹き替え

音声特典

├ヒュー・ハドソン(監督)による音声解説
映像特典
├メイキング:風になった男たち
├ランナーたちの同窓会
├追加シーン集
├劇場予告編

 

<BD>

 

言語

├オリジナル(英語)

├日本語吹き替え

音声特典

├ヒュー・ハドソン(監督)による音声解説
映像特典

├ミュージック・トラック 
├国際的大会の基盤~1924年 パリ・オリンピック 
├製作デイビッド・プットナム:シネマの英雄 
├監督ヒュー・ハドソン:名作が生まれるまで 
├メイキング:風になった男たち
├ランナーたちの同窓会
├追加シーン集
├オリジナル劇場予告編