【作品#0593】ラスト・シューティスト(1976) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

ラスト・シューティスト(原題:The Shootist)


【Podcast】


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【概要】

1976年のアメリカ映画
上映時間は100分

【あらすじ】

かつてその名を知らしめたガンマンのブックスは末期がんで余命いくばくもない状況でカーソンシティにやって来た。ブックスは馴染みのホステトラー医師の紹介で、未亡人のロジャースが息子と営む下宿を最期の場所として選ぶことにするが…。

【スタッフ】

監督はドン・シーゲル
音楽はエルマー・バーンスタイン
撮影はブルース・サーティース

【キャスト】

ジョン・ウェイン(J・B・ブックス)
ローレン・バコール(ロジャース夫人)
ロン・ハワード(ギロム)
ジェームズ・スチュワート(ホステトラー医師)
スキャットマン・クローザース(モーゼス)

【感想】

ハリウッド黄金期を支えた名優ジョン・ウェインの遺作となった作品。日本ではジョン・ウェインが死去した1979年に本作を劇場公開している(本作の主人公の考えからすると死後になって公開されたのは不本意だったかもしれない)。また、本作でローレン・バコール演じる夫人の息子役を演じたロン・ハワードは後に、ジョン・ウェインが監督した「アラモ(1960)」と同じ題材を描いた「アラモ(2004)」を製作という立場で関わっている。

映画俳優はたとえ人気を得たとしてもそれがいつまで続くか分からない。映画俳優ジョン・ウェインは俳優としては遅咲きだったが、その人気は確固たるものであり、年を重ねても主役を演じ続けた俳優である。また、多くの出演作品が西部劇であり、彼が唯一獲得したアカデミー賞主演男優賞も「勇気ある追跡(1969)」という西部劇であった。

そんな映画俳優が最後に出演する作品はなかなか選べないものであろう。出演を希望しても通らないかもしれないし、出演が決まったとしても高齢になれば演じきれないかもしれないし、撮影が終わるまでに息絶えてしまうかもしれない。ジョン・ウェインが実生活で癌を患って闘病しながら映画出演を続けていたわけだが(本作撮影当時は左の肺を摘出して癌のない状態ではあったが、心臓の問題や「オレゴン魂(1975)」撮影中のウイルス性肺炎、前立腺肥大症などの問題を抱えていた)、そんな彼にとってこの「ラスト・シューティスト(1976)」が彼にとって最後の主演/出演作品になったことは本望だっただろうし、映画ファンとして見てもこれほど素晴らしい幕引きも他に例を見ないものである(これに近しい例はロバート・レッドフォードの「さらば愛しきアウトロー(2018)」が挙げられるし、少し違うかもしれないがヘンリー・フォンダが主演した「黄昏(1981)」なんかも思い出す)。ちなみに、本作撮影中にジョン・ウェインは感染症に罹患して2週間入院を余儀なくされ、本作が完成するか不透明な時期もあった。また、プロデューサーからは69歳のジョン・ウェインがガンマンを演じるには年を取り過ぎていると反対する声もあったが、それに異を唱えたのがディノ・デ・ラウレンティスだった(本作ではプレゼンターという立場)。

ただ、これはジョン・ウェインが意図して最後の映画となったわけではない。本作で共演したロン・ハワードと共に新たな映画を製作する予定もあったようである。

また、本作でジョン・ウェインが乗っている馬は彼自身が飼うダラーである。「勇気ある追跡(1969)」で映画初出演を果たし、「100万ドルの血斗(1971)」「11人のカウボーイ(1972)」「オレゴン魂(1975)」にも出演している。また、ダラーという名前を「チザム(1970)」「大列車強盗(1973)」の中で使用するように脚本を書き直させている。そんなダラーがジョン・ウェインの遺作に花を添える形で出演している。

まず、映画の冒頭では主人公ブックスがかつて名うてのガンマンだったことを示すモノクロの映像が流れる。この映像はジョン・ウェインがかつて主演した「赤い河(1948)」「ホンドー(1953)」「リオ・ブラボー(1959)」「エル・ドラド(1966)」からの引用である。新たに撮影しなくても過去の映画の流用であるところに、ジョン・ウェインがいかに同じような役、映画に出演していたかがよく分かるし、それと同時にこういった姿こそがジョン・ウェインそのものなのだと言える。

ジョン・ウェインは相手が年上だろうが年下だろうが、決して下手に出ることなく自分が正しいと思えば容赦なく戦うような正義の側のキャラクターばかり演じてきた。そんな彼でさえも、冒頭にカーソンシティにやって来ると、後に再会するギロムから「老いぼれ」呼ばわりされている(ちなみに「俺に言っているのか(You Talkin' to Me?)」と聞き返しているが、このセリフと言えば本作と同年の「タクシードライバー(1976)」のトラヴィスを思い出す)。今までなら怒鳴り返していたところだろうが、その「老いぼれ」もブックスは受け入れている。ジョン・ウェインは胃癌の悪化により本作の公開から3年後の1979年6月11日に72歳で死去している。彼が癌になった原因としてネバダ核実験場の風下で「征服者(1956)」の撮影を行っていたことを挙げるものもおり、広瀬隆氏が著した「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」も参考にしてほしい。

また、映画の現在は1901年であり、西部劇の世界としてはあまり描かれることのない末期の時代である。ブックスが街にやって来る最初のカットでは、すでに電線が通っており、ホステトラー医師の家には電気が点き、蛇口を捻れば水道から水も出てくる。どう考えても現代に足を踏み入れた西部劇終焉の時代である。これこそジョン・ウェインという長い俳優人生の最終盤であり、かつ1970年代と言えば西部劇もすっかり廃れてきた頃である。

ブックスが訪れる下宿を営んでいるのはローレン・バコール演じるロジャース夫人である。彼女は未亡人であるという設定だが、演じたローレン・バコールは夫のハンフリー・ボガードと死別した過去がある(その後ジェイソン・ロバーズと結婚して離婚している)。彼女もジョン・ウェインと同じく映画内で実生活と同じような設定の役を演じているのだ。また、自身を保安官だと嘘をついて宿に泊まるブックスをロジャース夫人は軽蔑するが、ブックスが自身が癌であることを告白すると、ロジャース夫人はバツの悪そうな表情を浮かべる。演出としては安易にも見えるが、ここはローレン・バコールの政治的な姿勢が非常に重要である。彼女は当時の夫と共に下院非米活動委員会の主導する「赤狩り」に抗議文書を送ったバリバリの民主党支持者である。一方のジョン・ウェインは「赤狩り」を主導するバリバリの右寄り(共和党寄り)の人間だったのである。政治信条では本来交わることのなかったジョン・ウェインとローレン・バコールという名優が、同じ映画俳優という仕事をし、ジョン・ウェインが病に伏せようとしているのなら、そのことは忘れて交流しようと考えているようにも見える。ちなみに彼らは「中共脱出(1955)」で共演して以来、21年ぶりの共演となる。ジョン・ウェイン政治的姿勢が要因で実現しなかった共演なども多々あったことだろう。あまりにも過激な姿勢から憎まれることもあっただろう。本作でも保安官のティビドーが彼に迫る死を知って喜ぶ場面もあるのだが、そういった描写を映画内に素直に入れているところは非常に好感が持てる。

また、ブックスが街にやって来て最初に訪れるのがかつて自分を診療してくれたホステトラー医師である。彼を演じたのはジェームズ・スチュワートであり、ジョン・ウェインたっての希望によるキャスティングらしい。ちなみに当時ジェームズ・スチュワートは5年も映画出演がなかった頃である。年齢が1歳違いの彼らは、長年ハリウッドを支えた名優同士だったが長らく共演はなく、「リバティ・バランスを射った男(1962)」でようやく共演を果たしたという関係である。ちなみに映画内では15年ぶりの再会と言っているが、それ以来の共演と考えると大体合っている。彼らはともにジョン・フォード監督の作品に良く出演していたし、赤狩りの際はともに体制側を支持していたことから親和性も高かったと思う。そんなジョン・ウェイン最後の作品にかつての盟友を引っ張り出してきたわけだ。

もう余命いくばくもないブックスが街にやって来て、彼を慕うことになるのがロジャース夫人の息子のギロムである。家族構成や年齢設定こそ異なれど、流れ者の名うてのガンマンが泊まる宿で若者が影響される様子はやはり「シェーン(1953)」を思い出さないわけがない(銃の使い方を手ほどきする場面もある)。ラストで撃たれたブックスはギロムの銃を撃ち返したことでラストの銃撃戦は終わる。その後、銃を投げ捨てたギロムに対してブックスは首を小さく縦に振っている。ブックスは若者のギロムに自分と同じ道を歩んでほしくないと感じているのはもちろん、ギロムがガンマンになればロジャース夫人を本当に孤独にさせかねない訳だし、自分の老いと共に廃れた西部劇の世界にも別れを告げているようだ。ちなみに、ロン・ハワードは当時から俳優、監督を務めていたが、本作の翌年に「バニシングIN TURBO(1977)」で長編映画の監督デビューを果たし、その軸足を監督業、プロデュース業に置いている(俳優業に別れを告げたわけではないが)。

余命いくばくもない状況で下宿に来て、「ここで俺は死ぬ」なんて迷惑で自分勝手な話かもしれないが、生涯を映画に捧げた彼の死に場所が映画の中であるという風に捉えれば「まあいいか」と思えてくる。西部劇と言えど、アクションシーンはラストの5分程度の銃撃戦。彼が戦える最後の時間。かつての西部劇の酒場に比べると遥かに広々としており、これが彼に用意された晴れ舞台である。敵は背後からでも撃ってくるが、ブックスらしく、そしてジョン・ウェインらしく正々堂々と戦う姿には胸を打たれる。

ジョン・ウェインの入門作品ではないかもしれないが、一人の年老いた男の生きざまと死にざまを描く良作。ジョン・ウェインは「勇気ある追跡(1969)」よりも本作の方がアカデミー賞に相応しかったんじゃないかと思う。赤狩り始めジョン・ウェインの超保守な考え方は現代のハリウッドでは全く受け入れられないだろう。それでも人々はジョン・ウェインの姿を忘れられない。

 

 

 

取り上げた作品の一覧はこちら

 

 

 

【ソフト関連】

映像ソフトは2003年発売のDVDを最後にしばらく途絶えていたが、2017年に日本語吹き替え版とリーフレット、レプリカのチラシを封入したDVDとBDが発売された。

<DVD>


音声

├オリジナル(英語)

├日本語吹き替え(フジテレビ版)
封入特典

├リーフレット(解説:大内稔)

├縮刷版劇場チラシ(レプリカ)

 

<BD>


収録内容

├上記DVDと同様

 

【書籍関連】

 

<「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」>

 

著者

├広瀬隆

発売日

├1982/12/01

出版社

├文藝春秋

ページ数

├270ページ