【作品#0297】東京難民(2013) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

東京難民


【Podcast】

Podcastでは、作品の概要、感想などについて話しています。


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【概要】

2013年の日本映画
上映時間は130分

【あらすじ】

親からの仕送りで東京での大学生活を送っていた修は、親が学費を払っておらず、仕送りも途絶えたことで大学は除籍になり、住んでいたアパートも追い出されてしまう。

【スタッフ】

監督は佐々部清
音楽は遠藤浩二
撮影は坂江正明

【キャスト】

中村蒼(時枝修)
大塚千弘(北条茜)
青柳翔(順矢)
山本美月(瑠衣)
中尾明慶(小次郎)
金子ノブアキ(児玉篤志)
井上順(鈴木)

【感想】

福澤徹三が2007年から連載していた同名小説の映画化。本作にも出てくる「ネットカフェ難民」という言葉は、テレビのドキュメンタリー番組で取り上げられたことで世間にも広まった。

主人公は大学を除籍になってからたった半年でホームレス生活になってしまう。お金も身寄りもなければこうなっても仕方ない。チャラい上辺だけの付き合いをしていたような主人公で、しかも知り合いが同年代ばかりであれば金の工面も難しいだろう。ネットカフェで寝泊まりし、即日払いでかつ高単価の仕事を探し、治験やホストの仕事に手を出していくところや、またその主人公のホストにハマって金に困り看護師を辞めて風俗嬢になってしまうところも妙なリアリティは感じた。

主人公がハマっていく貧困ビジネス。千葉の土木現場で小早川という男が丁寧に説明してくれる。この小市慢太郎が演じた小早川のキャラも見事で、決して地頭は悪くないのに低所得者層にいそうなおじさんを体現していた。金のない奴ほど金を使う。貧困層ほど喫煙率が高いデータなんかもあるように、タバコ、酒、ギャンブル、外食などといった貧困層を表すものが度々登場すし、主人公は金がないのにタバコは吸うし、パチンコにも通っていた。酒は自ら飲む場面こそ少なかったが、ホストの仕事なら飲まざるを得ないし、土木現場の食堂では毎日のように酒を勧められていた。

一本、茜は看護師をしているので、同年代の女性に比べれば稼いでいる方だろう。ただ、毎日ホスト通いするほどの金持ちではない。岡山から上京してきた彼女がホスト通いで男遊びを覚え、お店代だけでなく身なりにもお金をかけて行き、最終的にはキャッシングにまで手を出してしまう。そんなお金のなくなった女性たちが体を売らざるを得なくなってしまう。金のない男の行先がホームレスで、金のない女の行き先が風俗ということなのだろう。

中盤以降の主人公が正義感ある行動を取るのに若干の違和感を感じるが、「安全な場所」で何も考えずに生きてきた主人公が、いざヤバい局面に直面して、悪あがきの如く正常な状態で踏みと留まろうとする様子も決してリアリティがないわけではない。周囲と大した繋がりのなかった主人公が順矢と繋がりを感じ、その仲間を守りたくなっていく。当初の主人公と順矢の繋がりって、離れ離れになると所詮は連絡すら取らないような関係だったと思う。それは大学を除籍になっても彼に連絡を取る人間が描写されないところからも分かる。ただ、命の危険まで感じる場面で共に行動すれば、吊り橋効果のようなもので、異性や同性関係なく絆みたいなものを感じていくのだろう。そういう人同士で絆が強まると、その世界から出られなくなるのだと思う。ちなみにその絆の象徴として、東日本大震災の話題が出てくるが、やや後付け感が強いかな。

ホームレスになってからラストにかけての物語はなかなかの力業。修は茜の働くソープに客としてやって来て、今までの過ちを謝罪する(お金はどこから!?)。すると、茜は修にホスト時代のコールを要求する。この場面は色んな意味で「賭け」の場面だと思うが、これはちょっとやりすぎだと思う。1ミリも理解できないとまでは思わないが、これに至る茜の描写が少し足りない気がする(あくまで修視点の映画だからしょうがないが)。

 

本作の白眉は、主人公が職質を受け、刃物を理由なく持ち歩いていたとして捕まってしまう一連のシーン。嫌味ったらしい警官役を津田寛治が好演。主人公は住所不定であることや治験で稼いだ大金を持ち歩いていたことで疑われ、屈辱を味わうというシーンである。と同時にこのシーンは、自分が鞄に入れたのに忘れていたということから、主人公は自分が何を持っているか分かっていない若者であることも示している。自分にどんな才能があるのか、どんな得意分野があるのかということを分かっていない。UFOキャッチャーの景品で取った景品に刃物があるとは思えないが、刃物と言う凶器になりえるもの、つまり自分の中にある凶暴性が暗喩されているとも言える。

終盤で気にかかるのは、特にホームレスになってからの修がきれいすぎるところだ。風呂もろくに入れず、着替えもないはずなのに、髭も剃っていてホームレスになった感はない。ホームレスでもそう思われないように身なりをきれいにしている人はいるだろうが、ラスト手前までの主人公を考えると、そこまで気が回らなくなっているはずだろうから、もっともっと汚くなっているべきだったと思う。主人公が自分のことを「終わった」というにはキレイすぎてやや説得力に欠けてしまった。

主人公はまだ若い。坂を上っていくところで終わりを迎えることから、這い上がって行かないといけない、これから上がっていけるという意味合いを持たせているのだろう。こんな怒涛の半年を生きる奴もなかなか少ないだろうし、主人公はこの半年で様々な経験をした。「終わった」という主人公だが、人として超えてはいけないラインは何とか踏みとどまろうとした。主人公が経験したようなことは大人が、学校が教えてくれるものではない。主人公はただただ何も知らない存在で、その何も知らないことを知っていくという映画である。まさに教訓映画だが、本作のような事態に陥りそうな人間が本作のような作品を見ているようには思えない気はする。

 

言いたいことがないわけではないが(そういえば治験参加は住所不定なら無理だろうな)、描いた世界にリアルさは感じたし、教訓映画としては申し分ない出来だと思う。



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