幼いころ、母に期待されていた。

勉強をがんばれ、がんばれ、がんばれ…

そして、世の役に立つ人間になれ…

 

そして今。

母の期待どおりには育たなかった、

もう人生も後半のわたし。

 

わかっている。

私はそんな母も赦すことができた。

それだけだって、人生を十分に生きたといえるだろう。

世の中のどれだけの人が、

毒親を赦すことができるのだろうか。

それをできたのだから。

 

よくやったね。

そうやって、今までさんざん傷つけてきた自分を癒し、

もう自分を責めることはしなくていいんだ、

もうするまい、と思う。

 

でも、ときどき、思ってしまう。

愛されて育った人たちは、人生の最初から

自分のためにその時間を使うことができ、

結果がどうであれ、自分の人生を

自分でメイクすることができる。

 

私は最初につまづいてしまった。

毒親からもらえもしない愛情を

もらうことにばかりこだわって、

自分の時間を無駄に使ってしまった。

親の望む自分であるよう、親の意志に従い、

自分の時間を、親のために使ってしまった。

 

なんてむなしい人生。

自分の人生の大半は、親に奪われてしまった。

 

疲労がたまっていたりすると、どうしても

メンタルが落ちて、そういう虚無感に襲われる…

今日も、そうだった。

 

私は天に向かって、問うた。

「人は、何のために生きているのですか」

 

すると、マスターが答えてくれた。

「この世に、たくさんの愛を出現させること」

 

神=愛そのもの

人間は、この世により多くの愛を出現させ、

この世を愛で満たされた世界にすることが目的だというのです。

 

あなたは二人の子供を産み、愛情深く育て、

この世に二人の愛情深い人間を出現させました。

何もないところから、二人分の愛が生まれたのです。

そして、親を赦し、毒親と憎むのではなく、

それでも親を愛する気持ちも持ち続けました。

毒親を克服する過程で、周囲の人に愛情を持ち、

それを惜しみなく与え、周囲の人の心にも

愛を育みました。

 

この世に愛を出現させ、この世を愛で満たす…

それこそがすべての人の究極の生れ出た目的なのですよ

あなたは、立派に、その目的を果たしているのですよ…

 

 

なんにも、成し遂げられなかった人生…

そう思うと、自分の人生を放り出したくなる。

 

でも、愛を生み出すことが目的で生まれ出たのならば、

一生懸命やってきた、と胸を張って言える。

がんばろうと、思う。