なんだかんだクソだのひどいこと書いてますが、考えてみれば、いじめは大人同士だけではないですね。。。

 

子どもたちの間でもある。。。

 

子どもたちのいじめ問題は、大人とはちょっと違ってくると思う。

 

大人は気づけばある程度自分で自分をコントロールする力があるけど、子供はまだ未熟故に大人の手助けが必要性が大きいと思う。

 

大人なら最悪の場合でも、自己責任というもので片付けてしまおうとすれば出来なくもない。良い悪いは置いといて。

 

しかしながら、子供に責任を問えるかといえばそうではない。

 

大人が見守り、気付き、助ける必要がある。

 

 

そんな事も忘れて、言いたい放題言っていた自分に気がついた。

 

もしいじめに関するお子様をお持ちの方で読まれている方がいらっしゃったら大変申し訳無いです。。。

 

 

と・・・

 

私もどっかの自称知的な知事と変わらんやん・・・

 

ホント自分で見えない。

 

無意識ってこえ~~~。

 

 

 

で・

 

ことものいじめについて。

 

デリケートな問題なので、無知なままで書いて良いのかどうか迷ったけど、やっぱ書きたいことは書いておこうと思う。

 

私の経験での範囲で。。

 

お叱りあるならば、存分にお受けします。

 

 

いじめということで、一番古い思い出が、幼稚園の頃。

 

なぜかジャイアン的なやつと対立していて、あちらは子分がたくさんいた。

 

私は一人。

 

何故かジャングルジムでバチバチと言い合ってた思い出が。

 

いじめられてたのか、ただの喧嘩かわからんけど、集団から浮いてて、なにかもやもやしたものを抱えていた記憶がある。

 

もう基本的な性格なものは出来上がってた気がする。

 

大人になってこうなる路線はすでに出来ていたのだと思う。

 

3つ子の魂100まで、と言おうけれど、これ以前の記憶なんて覚えていない。

 

その頃に基本的な性格が形成されたとしたら、そんなもんどうっしろっていうのか。。

 

って、今更だし、今の子どもたちに出来ることがあるとすれば、私達大人が何かしらの方法で世を優しい世界に変えていくしか無いのかなと思う。。

 

で・・・

これはずっと前に書いたことだけれど、その優しい世界を作るための方法は一応出来上がっています。。。

 

ですが、かな~~りぶっ飛んでいて、頭おかしいと言われるかもだけれど、それはいじめの対応として「目には目を」というもの。。。

 

暴力はいけない、報復は報復を呼ぶ、というのはよくわかっているつもりですが、とある特殊条件をつけると、それは平和な世界へと繋がる方法となる。

 

これも子どもたちには勧められないけど、責任能力のある大人には当てはまる。
書き出すと長~~くなりそうなのと順序があるので今回は省略。

 

 

ちゅーて、もうすでに長くなってしまったけど、スッキリしないので続けようと思う。

 

 

いじめの思い出として、小学校の高学年のときのこと。

 

その頃には特殊学級というのが有りました。

軽度の障害を持った子供たちのためのクラスです。

 

そんで、私のクラスに一時的に入ったことが合ったんですが、容姿的に少し目立っていたので、それを理由に、たまにからかわれていました。

 

で、ある時、数人の男の子がその子をからかっている場面に出くわしました。

 

思わず

「やめろや!!!」

と割って入った記憶があります。

無意識だったのでなんでそんな事したのか我ながらびっくりというか恥ずかしかった。

もしかしたら正義感のあるアニメの影響かも。

あの頃は、正義とか勧善懲悪とか濃かったっすからね。

 

まあそんなことしたら、いじめっ子を敵に回してしまうのはわかっていたのにそんなことをしたのは、私の心が傷んだから。。。

きっと自分と重ね合わせてしまったのだと思う。

 

自分自身はそれまではっきっりといじめられた記憶はないのだけれど、なんだろうか、いじめに対して激しく反応する何かが合ったのだと思う。

 

またこれが思い出せないのに原因を探ろうにもどうしろって話。。。

まあ、そこまで深堀りしなくてもいいのかもだけど。

 

とにかく、その頃からいじめというのには何かしら思い入れが合った。

 

で・・

さっき思い出したのだけれど、

わたしがいじめをしていた時期があった。。。

(;・∀・)ナンヤテ??

 

それは小学校の中くらいの頃、弱いくせに偉そうで、気に入らない男の子がイて、からかったり、頭を叩いてたりしてた。。。

 

その子は無言でなんとなく抵抗してきたので、長くは続かなかったと思う。あまり覚えていない。

いじめた方は覚えてないというのはそうなのかもしれない。

 

ちゅーか、今も以前の仕事の腐れ縁でつながっていて頼まれ事をしたりする。。。

怪しいん物ではないし断る理由もないしメリットもあるので、たまにやっているけど、相手は覚えてないんかな・・・。すっかり忘れていたので聞くのが怖い。

 

まああちらは身分は高く偉い人間様になっている。だけど失礼ながら内は自己肯定感は低く似た者同士だなと思う。やっぱ引き寄せか。。??

 

いじめっ子がいじめる側になる。

逆に

いじめる側がいじめられっ子になる。

というのも、どちらも同じ要素を持っているとするなら、そうなんだろう。。

 

とはいえ、子供に罪はない。

イジメというものに発展する要素を持ってしまったのは親のせいだと思っている。

先天的なものもあるかもだけれど、たとえ障害を持っていたとしても、その子が親の豊な愛を感じていたならば、そう簡単にイジメというものに大きく巻き込まれて影響をうけるだろうか・・・。

 

と言いたいけど、親も人間だし、親にも親がいる。

世代間連鎖というものを考えれば、親の愛の欠乏もまたその親(子の祖父母)のせいといえる。

そして祖父母もまたその親から・・・

 

どこまで遡れば良いのか。。。

 

と、それももう過去のことは仕方ないので、何が出来るって、未来を変えることくらいでしょうか。

 


と。。。

何書いてるのかまたわけわからなくなってしまった。

 

 

そう、イジメに関する子供の頃の経験の話。

 

子どものイジメ対策には、大人が気づいてあげる、というのがあると思う。

イジメあっれてたら言ってくれれば対応も出来やすいかもだけど、言えない、と言うキモチも何となく分かる。

 

それはわたしが中学校の頃のこと。

日頃なにかもやもやして漠然とした苦しさを感じていた。

 

ある日、図工の時間に自由に絵を描く事になった。

私は特に書きたいものもなく、なんとなく書いたのが、

白と黒で塗りつぶしたモノトーンの絵。

 

 

ワタシ的には、「白と黒の断崖」っをイメージして書いたつもり。

こんなもん、中学生が書くってめっちゃ暗い性格だと思う。

でも、それをあえて承知で書いた。

なぜならこれは図工の先生に向けたメッセージだから。

「私のこの苦しい気持ちに気づいて」、と・・・・。

「どうしたの??こんな絵を書いて・・」と声をかけてほしい、と願って。。

 

先生が絵を見回って近づいて来た。

先生は声をかけてくれるのか!?とドキドキしていた。

 

横に来た。

先生を横目で見た。

ちらっと私の絵を見た。

 

でもそのままスルーして歩いていった。。。

 

落胆した。。。。

 

思えば、辛いと感じていても、その理由がわからなかった。

なんなのか・・・。

ただ漠然としすぎていて、表現する言葉を知らなかった気がする。

辛い、かなしい、さみしい、苦しい、重苦しい、もやもや・・・・

それを子供に期待するのは酷かもしれない。。。

 

でも、いじめに対して経験がない、または無関心な大人に対して、見守りを期待するのも無理がある気もする。

 

私の子が小学校になった頃から、この子達がいじめられたらどうしよう、って思いがあった。

 

嫁に言わせればそんな考えすぎだってことだったし、他の多くの親もそれほど深刻ではない感じを受けた。

 

ワタシ的には当たり前に思うことだったから俺がおかしいのかとおもったが、ただ自分と重ね合わせていただけなのだろう、。

 

そして最悪の事態も考えていた。

もし自分の子がいじめられていたなら、私はどう対処すれば良いのか、どう子どもたちに言葉をかけたら良いのか。。

全くわからなかったし、考えただけで恐ろしかった。。

 

そして最も恐れていたことは、ちにたいとか言い出したらどうしよう。。。

ってこと。

 

その頃、テレビでそういう事を言う子どもたちがいる、っていうのを知った。

やっぱ人ごとには思えなかった。。。

 

その頃は答えは見つからなかったけど、一つだけ強い思いが合った。

それは、

「自分と同じ道を歩ませたくはない。」

 

そのためにはどうしたら良いのか??

ただそれだけを思ってやってきた。

 

何が良いのか、何が悪いのか。

そんな物わかるわけがない。

試行錯誤。

 

でもきっと、

自分が親にされて嫌だったことはしない。

自分が親にしてほしかったことはする。

漠然とこれを意識していた。

まあ、そんなうまく出来なかったし、むしろろくでなしの毒親になってしまっていた。

 

まあ私以外の大人には恵まれていたと思うから、まあ人を故意に傷つけたりする人にはならない人間になったのでホッとしている。

 

まあ先はどうなるかわからんけど、老後まで「私のような穀潰しの面倒を見たくはないので、子供が手を離れてくれてホッとしている・・・それが本音かもしれない。。。(;・∀・)ウンコヤロウ

 

 

でも、今はイジメている子・いじめられている子どもたちに対して出来ることは一つだけだと思う。

 

 

 

 

それは

 

 

 

 

 

ただ抱きしめてあげる。

 

 

 

 

 

それが一番大事で、それだけで十分だ。