自分が死んだ後に
何かを遺すことに
なんの意味もないと思っていたわたし。


だから
何百万円もするお墓はいらないし、
遺影の前に漫画盛りにしたご飯を置いてくれなくて良い
あたしを忘れないでいてくれる人がいたら嬉しいけど
忘れられても構わない
ただ土に埋めてくれる人がいたら
死ぬほど幸せ
あ、もう死んでるのか。
生きかえるほど幸せ。


そう思っていたんだけど。


自分が遺した作品が
のちに誰かの心を動かしたら
海を渡った遥遠くの
うんびゃく年も後に産まれる若者の心を
ほんの少しでも潤したら



それはとても

素敵だよね。




そんなことをふと思って
久しぶりの日記にこんな重苦しい内容を選びました。
萌香ちゃんがみんなの日記を心待ちにしているようなので
ちゃんと書きました。



ということでね。
ゴッホ展行ったんですけど。


$Pee Kaa Boo-IMG_2934.jpg



美術館デートって素敵だね。

でもわたしは。
どうしても途中でくだないことを話したくなってしまって
うずうずしてました。
「この人鼻の下長くない?」とか。


美術館デート向いてないのかな。
まぁ楽しかったからいーや。






とりあえず
ビンゴ大会で当たったダウニーが臭すぎて
前に座ってるおばさんがこっち睨んで来るのがとても恐い。



あたしだって
好きでダウニー5本も抱えてるわけじゃないよ。


でもごめんなさい。



ちゃお!


むーん。
引退してから一週間と少し経ちました
未だ実感湧きません

何か書こうとしても
うまくまとめられなくて
なんも書かなくてもいっかーと思っていたのですが
きっと書かないとあたしすぐ忘れちゃうから
忘れちゃったらきっと後悔するから
だから書きます

私が、マネージャーをやるって言った時
周りのみんなは口を揃えて
絶対に無理だからやめとけと言いました
4年間続けられたらなんでも好きなもの奢ってやる
とまで言われました


そんな周りが猛反対する中
母だけは違いました

「ゆりえはなんだかんだやるでしょ」

さすがあたしを産み落とした本人なだけあります
母は偉大です

あたしが小さい頃
何かを強要させられることはなかったけれど
やりたいと言ったことは何でもやらせてくれて
だけどやり始めたことを途中で投げ出すことだけは
絶対に許さなかった母
あたしがピアノに行きたくなくてお腹がいたいと嘘をついた時
無理やり車に乗せてピアノ教室の前に置き去りにしてくれて本当にありがとう
あたなのおかげで今のあたしがあります


おっと話がずれたぜ


正直
マネージャーという仕事が肌にあっていなさ過ぎて
それが一番辛かったけど
それでもなんとかかんとかここまでこれて
最後笑って引退試合を迎えられたのは
本当に周りの支えが大きかったです



本当にいろいろなことがあったけど
泣いたことの方がきっと多かったけど
思い出すのはいつだって楽しかった思い出ばかり
人間の頭は
つくづく都合よくできているなあと思わずにはいられません



あたしたちの代は初めっから期待されていなくて
スター選手もいないしまとめ役もいない
なんの取り柄もない代ってよく言われていて


それでも
獨協ラクロス部の歴史を変えたのは
このなんの取り柄もないあたし達の代でした


当初
なにが正しかったのかわからない
なんて嘆いていましたが
これで、よかった
今ならはっきり言えます
胸を張れます


結果は残せなかったけど
本当に本当に
心底楽しい4年間でした


もう二度と4時起きなんてしないし
マネージャー業もしない!
あんなくっそ寒い中アイッシング作ったりもしないし
指腱鞘炎になるまでマッサージもしない
したくないけれど、

この4年間に
一切の後悔もありません。



そんなかんじで!
残りの学生生活は
死ぬ気で遊びます!
今までさんざん
オールとか旅行に誘ってくれても断って
オフの日でも突然部活入って
ドタキャンしたり
あたし1人夜行バスで途中合流とか
そんなんばっかだったけど!!!
これからは心置きなく遊べます

最近旅行のためにって
バイトにばかり勤しんでいたけど
それじゃだめだって気付いて今めっちゃ焦ってます

お金なんでこれから先40年間くらい
嫌でも稼げるんだから
今は借金してでも遊ばなきゃ


あたしの大学生活は
まだまだこっから本番です
今もうすでに胸がいっぱいで
伝えたいこときっとうまく伝えられないけど






幸せだと思う
とても






仲間に恵まれた
恵まれすぎた


最高の4年間でしたよ