それから | 35歳からの不妊治療の記録

35歳からの不妊治療の記録

33歳で再婚。早く子供が欲しいけれど、なかなか授からないまま35歳を迎えます。初めて婦人科で相談をして色々な検査を経て、タイミング治療からスタートしてみたけれど…。長く続く不妊治療の記録です。

手術を終え、翌日からは動くと結構痛みがくるし、家で安静にすごしました。



旦那クンは、いつも以上にとても優しいです。


だから早く元気にならなきゃと思いながら、たま涙が出たり。


誰にも会いたくなかったし、話したくもなかったな。


旦那クンが自分の親に報告したみたい。

大変だったね。
私に何て言っていいか分からないから、何も言わないね。


そう言われたから。という説明を受けました。


その後も、流産について全く触れられた事がありません。


不妊治療についても、それまで殆どノータッチでしたから。


なんか、優しいのか冷たいのか…。

私の実家は、割と熱いというか、人と人が近い距離で過ごしてきた分、私にはこーいう言いたくない事には何も触れない家族というのは

言っちゃ悪いけど、冷たく感じてしまいますがっかり


だから、その後も会って食事をした時も
何もなかったかのように、振る舞われています。


口に出すか出さないかの違いだよ。と旦那クンは言うけれど、私はとても居心地が悪いです汗2



病院は、その後も卵巣や子宮の経過を診る為に毎週通っています病院


出血は、そのまま生理になっているので続きますが、生理が終われば止まって、痛みもましになるとの事。


まだ今は、次の移植の事も考えられないから
早く腫れがひいて周期が整えばいいなと思っていますはた


いつかは ちゃんと妊娠して出産する事が出来るのかなぁ…



35歳の頃は、そんな不安ここまで現実的じゃなかったです。


不妊治療を始めれば、すぐに出来るだろうとしか思ってなかったな。


私達お互い何の原因も無く、まさかここまで時間が経ってしまうなんてね。


原因があるのも大変だけど、原因不明ってのも対処のしようがなくて…何がいいやら分からない。


ただ、妊娠は結局のところサイエンスだから
人間の手で好きには出来ないんです。


なるべく近い状況に持っていく手助けしか、私達には出来ません。


これは看護師さんに言われた言葉です。


そう言ってしまえばそれまで。

でも、その近い所に持っていく為の医療に
私達は、一生懸命働いて高額な医療費と大切な時間を費やしています。


だから、どうにも出来ませんと言われるのは
やり場のない苦しさが込み上げますgakuri*


私達のこの数年間の生活は、全て不妊治療のリズムで進んでいます。


不妊治療には、先々のスケジュールが立つことが無くて、じゃあ明日また来て下さい。


とか急に言われることが殆ど。


この病院に来ている患者さんは、殆どの方が専業主婦だそうです。


お金は飛ぶように無くなるのに、働けないのも辛いです。


はぁ…保険適用の範囲広がらないかな……顔グスン