2015年から米津玄師さんは番組、イベント、ライブツアーと精力的に活動をしています。
プロデビュー前は「 ニコニコ動画 」で”ハチ”の名義でボーカロイドで作曲した
楽曲を公開して人気を集めていました。
米津玄師さんのプロフィール・本名や名前の由来、身長、生い立ちや実家と家族
(父親・母親・姉)、そして人気曲ランキングTOP20を総まとめしましたのでご紹介します。
米津玄師のプロフィール・本名や名前の由来
出典:http://contents.oricon.co.jp/
若い世代を中心に絶大な人気を得ている米津玄師
米津玄師さんは「ニコニコ動画」時代から根強いファンをたくさん獲得しており、
その力強くも透き通るようなクリアーな歌声に魅せられた人が多いようです。
米津玄師さんについての詳しいプロフィールはこちら。
本名: 米津 玄師(よねづ けんし)
別名: ハチ、蛙屋
生誕: 1991年3月10日
出身地: 徳島県徳島市
学歴: 徳島県立徳島商業高等学校卒業
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック、J-POP
職業: シンガーソングライター、イラストレーター、ビデオグラファー
担当楽器: ヴォーカル、ギター
活動期間: 2009年 –
レーベル: BALLOOM(2012年)、ユニバーサルシグマ(2013年 – 2015年)、ソニー・ミュージックレコーズ(2016年 -)
引用:Wikipedia – 米津玄師
米津玄師さんの名前は非常に珍しいですが本名であり、苗字は全国に
5900人ほどしかいないということです。
米津玄師さんの名前の由来については本人も分からないそうです。
ネット上では「げんし」と読む人も少なくなく、うろ覚えで米津玄師さんのことを
覚えている人は「玄米師匠」というイメージで覚えている人もいるようです。
米津玄師さんの魅力的な楽曲のトップ20をご紹介する前に、まずは生い立ちや
経歴から総まとめしましたのでご紹介しましょう。
米津玄師の身長は188cm
米津玄師さんの身長は188cmと高身長となっています。共演者との比較からも、
サバ読みも逆サバ読みもないとみられています。
星野源との比較
身長168cmの星野源さんとの比較ですが、
米津玄師さんの方が頭1つ分大きいことがわかりますね。
下の写真は176cmの菅田将暉さんとの比較です。米津玄師さんの方が明らかに大きいです。
米津玄師さんの身長が188cmあることに驚いている人も多いようです。
米津玄師の生い立ちや実家と家族
米津玄師の生い立ち
出典:http://contents.oricon.co.jp/
米津玄師は先天性の生涯を持っていた
米津玄師さんは先天的な高機能自閉症を持って生まれたと言われています。
高機能自閉症とは一般的に3歳くらいでその特徴が顕著に認められるようになり、
他社との関わりが極端に苦手で社会生活が困難になるケースがあります。
その反面、興味や関心のあることについては並々ならぬ集中力を発揮して没頭し、
その道のプロと呼ばれる人には高機能障害だと診断された人も多く、
芸能界では長嶋茂雄さんや黒柳徹子さんが最も有名でしょう。
米津玄師さんは20歳の頃に高機能自閉症だと診断されたそうです。
米津玄師さんは幼少期から人と自分が違うことを認識しており、高機能自閉症だと
診断されたことでそれまでの問題が多かった社会生活に納得がいったようです。
高機能自閉症は女性にモテやすい?
もちろん容姿の問題もありますが、高機能自閉症は特定の物事に突出した才能を発揮する
傾向があり、他社との交わりが苦手なことからミステリアスな雰囲気を持つこともあり
女性にモテる場合があるようですね。
米津玄師さんは整った顔立ちをしたイケメンですが、学生時代はバンドマンであり
友達や彼女にも恵まれ他の人からしてみれば”リア充”に見えていたことでしょう。
しかし、一見充実していたように見える米津玄師さんは一人自身の他社とは違う
感覚に苦しんでいたそうで、エピソードとして語られてはいないようですが
人との衝突も多かったことでしょう。高機能自閉症は男性的な処理脳だと言われており、
米津玄師さんは作詞作曲以外にもプログラムやイラストレーターとしての能力など
多彩な面があるため、ある意味ギフトだったのかもしれません。
米津玄師の実家と家族
米津玄師さんの実家は徳島県徳島市津田にあり、家族構成は、父親・母親・姉の4人家族です。
米津玄師さんの父親はコンピューター関連の会社で働いており、寡黙な方と言われています。
父子関係は悪く、お互いに話しかけたりすることはなかったといいます。
米津玄師さんの母親は美術の教員免許をもっており、チラシを作る内職をしていたことも
あるようです。母親との関係は良好ですが、母親と姉はよく喧嘩をしていたそうです。
米津玄師さんの姉は一般人ですが、仲は良いようです。姉はピアノを習っていたようですが、「あまり上手ではなかった」と米津玄師さんは明かしています。
先述の通り、米津玄師さんは高機能自閉症をもっていますが、家族ともあまり
コミュニケーションを取っていなかったといいます。
米津玄師の経歴…ニコニコ動画からプロデビュー
出典:http://contents.oricon.co.jp/
米津玄師、小学校5年生で音楽に目覚める
米津玄師さんは小学校5年生の頃にネットで見たFLASH動画がきっかけで
音楽に対する考え方が変わったそそうです。
米津玄師さんは作曲に興味を抱くようになり、中学校2年生の頃からMTR
(マルチトラックレコーダー)を使用して作曲を始めました。
その後、米津玄師さんは友達とバンド「late rabbit edda」を結成して2008年に
10代限定ロックフェス「第一回 閃光ライオット」に応募して一次審査のデモテープは
通過したものの、二次審査のスタジオ審査では落選しました。
米津玄師さんはその同年にパソコンを買い換えたことがきっかけでDTM(デスクトップ
ミュージック)で楽曲制作を始め、「 ニコニコ動画 」に ”ハチ” の名義で30曲ほど
投稿しましたが、すぐに「既存の曲の影響を受けすぎている」と納得いかなかったことから
削除しています。しかし、その後米津玄師さんこと”ハチ”の楽曲は「 ニコニコ動画 」上で
話題となり、『マトリョシカ』や『パンダヒーロー』などサブカル好きなユーザーに
爆発的に受けて急激に知名度を獲得していきました。
徳島県立徳島商業高等学校を卒業後、大阪の美術専門学校に進学した米津玄師
米津玄師さんは専門学校に通いながらバンド活動を行い、ボーカルとベースを
担当していました。
しかし、米津玄師さんはこの時のことを「個人主義的な性格から共同作業が
上手くいかなかった」とバンド活動は自分に不向きだったことを明かしています。
米津玄師さんはソロとして活動するようになり、「ニコニコ動画」で” ハチ” として
ボーカロイドを使用していたスタイルを捨てて、”米津玄師” として作詞作曲をして2012年5月16日にファーストアルバム『diorama』をリリースしたことでプロデビューを果たしました。
2013年5月29日にはファーストシングル『サンタマリア』をリリースして、
米津玄師さんはメジャーデビューをしています。
米津玄師さんがメジャーデビューした経緯について以下のように説明されています。
自身はメジャーで活動する必然性は感じていなかったというが、メジャーレーベルからのリリースを行ったのは、それまで自分一人で作品を作っていたことに対し「自分が作る音楽にちゃんと理解があって、同じ熱量で同じ方向を見てくれる人とモノを作るっていうのが一番正しい姿」という考えからで、たまたまそれに該当
する人がメジャーにいたからである
米津玄師の人気曲ランキングTOP20
米津玄師の人気曲ランキング 20位 「ナンバーナイン 」
出典:https://images-na.ssl-images-amazon.com/
2016年9月28日にリリース
『ナンバーナイン』はルーヴル美術館特別展「ルーヴルNo.9 ~漫画、9番目の芸術~」の
イメージソングとして制作された曲でした。
米津玄師について総まとめすると・・・
「ニコニコ動画」の”ハチ”から”米津玄師”として大ブレークしたシンガーソングライター・
米津玄師さんについて総まとめしてきました。
クールなイケメンの米津玄師さんが生い立ちに高機能自閉症という過去があったことが分か
りましたが、それがアーティストとしてのカリスマ性に繋がっている面もあるのでしょう。
しかし、米津玄師さんは幼い頃からずっと人に誤解をされやすいことに悩んでいたようで、
それは現在も苦しんでいるのでしょう。まだ米津玄師さんはブレークしたばかりなので、
人気の曲TOP20は今後大きく変動していくかもしれませんね。
米津玄師「うまくコントロールできない下手な部分をどこかに
残しておきたい」。『毎日』『さよーならまたいつか!』という
楽曲ができるまで【 メンズノンノウェブ限定インタビュー 】
前作のオリジナルインタビューもチェック!
◆米津玄師の新曲「KICK BACK」、アニメ『チェンソーマン』主題歌の制作秘話に迫る!
聴いた瞬間、音と言葉が体に自然に染み込みながら、同時に“彼らしさ”を感じて深く記憶に残るのが、米津玄師の音楽の魅力ではないだろうか。この4月に発表した「さよーならまたいつか!」に続き、5月27日に「毎日」が2か月連続でリリースされる。それぞれNHK連続テレビ小説の主題歌とCM曲と、毎日の生活でよく耳にする楽曲だ。今回、米津本人のもとを訪れ、名曲ともいえる2つの新曲について、制作の裏側を聞いた。
“どうしようもない自分” を受け入れる
人の生き方が詰まっている気がする

──新曲「毎日」は、現在放送中のコーヒーブランド「ジョージア」のCMのために書き下ろ
した楽曲です。昨年の「LADY」に続き、再びCM曲をつくることになったときの感想は?
去年CM曲のお話をいただくちょっと前から、自分もコーヒーをよく飲むようになって、
ささやかな偶然の一致でしたが、巡り合わせをなんか感じましたね。続投させていただける
ことは、自分が何かの役に立てたということだと思うので、うれしく思いますし、
ありがたいことですね。
──今回の「毎日」は、どのようにつくっていきましたか?
今回のCMのキャッチコピーも去年と同じく「毎日って、けっこうドラマだ。」。
つくるもののテンションは基本的に同じだと思いつつ、“LADY 2” をつくってもしょうが
ないので、別の表現を模索していて。そうしたら自分の中で袋小路に入ってしまい、
いろいろ書いては「これは違うな」というのを何回か繰り返しているうちに、半分自暴自棄に
なって「俺、毎日何やってるんだろう」といった気持ちがふと湧いてきたんです。
窓を閉め切った部屋で、ずっとデスクの前に座って、遅々として進まない作業を目の前にして、「俺の人生、なんなんだろう」「毎日毎日同じことの繰り返しで」って思ったときに、
もうこれを曲にすればいいやと思って書き始めたんです。ある種の魂の叫びでしたね。その
当時の感情を反映した、自分の中のリアルな”毎日感”をそのまま曲にした、という感じです。
──では歌詞の中には、米津さんの中から出てきたパーソナルな部分がけっこう投影
されていますか?
自分を投影するという意味で言えば、どの曲もそうだし、どの曲も自分であり自分ではないん
です。歌詞って言葉なんで具体的な意味を持ちますけど、それがそのまま実体験なのかと
言われると別にそうでもないところもあるし、実体験なところもある。自分の中でも混濁
しながら作っていくうちに、納得がいく表現として歌詞や曲が出てくるという感じですね。
楽曲によってその割合はさまざまですが、今回は頭の中にあった言葉の独白のような、「毎日
毎日毎日毎日 僕は僕なりに頑張ってきたのに」という言葉をきっかけに、ズルズルと引っ
張り出した感覚があったので、いつもより自分の生活に近い曲になったのかなと思いますね。

──「ズルズルと引っ張り出した感覚」とともにつくり上げたこの楽曲に、
「かなり個人的な思いが入っているな」と感じる部分はありましたか?
つくっているときは、ほぼ無意識に作ったのに近い感覚だったので、完成した後に、
偶然の一致みたいに符合する部分があるなと思ったくらい。自分でも思ってもみなかった
ことが書いてあるなっていう、そういう感じにはなりましたね。でもそれは、30代に入って
考えていたことが自然と出てきたのかもしれません。「成長した部分とダメだった部分。
一切成長しなかった部分、クリアできなかった部分が同時に存在することを自分の特性と
割り切る。割り切って、諦めがついて開き直るしかない。そういうどうしようもなさを
解消するためには、頑張ってもしょうがないけれど、でも頑張るしかない」という、
身も蓋もない現実をどういう風に生きていけるかというようなことを考えてましたね。
誰もがそうだと思いますが、歳を重ねるとともに日々の生活スタイルは変わってきて、明確な“区切り”を感じますよね。例に違わず、自分にもその感覚が30代になって降りかかってきて。人生ゲームみたいに幼年期、青年期、大人があって、区切りが終わるたびに司会者みたいな
人が出てきて、「あなたのいままでの人生はこうでした。学力はA、体力はC、所持金は
このくらいです。では引き続きどうぞ」みたいな節目が挟まれる、みたいな感覚。

そこに来ると、俺はこういう方向に走ってきて、こう育ってきたんだと人生が明確になると
同時に、諦めざるを得ない部分もはっきりしてしまう。自分は、ミュージシャンとして生きて
きて、幸いなことに幸福な音楽家人生を送れていて、その一方で、「いまの道を選んで
なかったらどうだったんだろうか」とも思うんです。俺はそもそも漫画家になりたかった
人間で、子供の頃から絵を描いていたけど、ふと「音楽をつくってきた時間を、
全部絵を描くことに当てていたら、もっと絵がうまかっただろうな」とも考える。
後悔というほど大袈裟ではないけど、そこには「もしこうしていたら、どうなっていたん
だろう」という一抹の悔しさみたいな気持ちがあって。もしこうだったらどうなんだろう、
みたいな気持ちは年々増えてくる。
30歳を過ぎて ”音楽力” はそれなりに高くなった。でも、”画力” はそれほどでもないという
自分。そんな現実を突きつけられたら、どうしようもないし、この先はウダウダ言わずに、
それを踏まえた上で自分なりに生きていくしかない。そういった “どうしようもなさ”
みたいなものが、結果的にこの曲にはけっこう詰まっているんじゃないかとは思いますね。
──そんなふうに、内側から溢れる言葉を紡いでいった「毎日」ですが、なかでも
個人的にぐっときたフレーズは?
一番気に入っているのは、「月曜火曜水曜木曜金曜土曜日曜」ですね。「ただ曜日を並べて
言ってるだけじゃん」って。この “言っているだけ” であることに、いろいろな意味合いを持たすことに成功したような気がしていて。自分の感覚の話なので伝わるかわかりませんが、文脈も含めてすごくよく書けたなって。このフレーズを書けてすごくよかったと思っていますね。
聴く人にとっての “他者” である自分を楽曲に載せたい

──歌詞に対して、曲はどのようにつくっていきましたか?
歌詞と同じく、つくっていったらこうなっていたという。レコーディングの時とかに
“破れかぶれの空元気” をキーワードとして話していたんですけど、それも後付けというか、
できあがったらそういう曲になったなという感じですね。
「ジョージア」にフィットする朝っぽい曲としてなら適用できるんじゃないかと思って
いたので、ちょうど良かったのかもしれません。
──すごく潔い明るさを感じました。一つのブランドや商品に寄り添うタイアップ曲の制作は、米津さんにどんな価値がありますか? 例えば、新しい目線が手に入る、自分にないものを
出せたなど、そういった経験はありますか?
毎回、その連続ですね。基本的にはタイアップ曲をつくるときは、自分とその作品の共通点を
探していくところから始めるんです。ちょうどベン図の重なる部分を探して、そこを取っ掛かりにつくっていくうちに、ベン図の重なる部分がどんどん広がっていく。その分、一曲をつくり
終わった後は、新たな自分というか、いままでにはない新しい目線を持って生きられるように
なる感じがあるんです。そもそも曲づくりがもたらす本質的な作用として、それまでの自分を
解放して新しい自分になっていくっていうその連続ではありますね。
──すごく興味深い感覚ですね。今回もご自身がジャケットの絵を描かれていますが、
これは歌詞に出てくる “ガンくれた猫”?
ということでもなくて…ジャケットに何を描こうか途方に暮れていたときに、
スタッフの一人が、「この曲、『 ねこふんじゃった 』っぽいですね」と。
その話がずっと頭に残っていて、これは猫を描くしかないなって、決めました。

──『ねこふんじゃった』から来ていたとは! 米津さんはこれまでもCM曲をたくさん手がけていますが、音楽の中でCM曲とはどんな存在ですか?
CM曲って、人の記憶に定着させる目的を持つ、すごくストイックな音楽だと思うんです。そのストイックさがカッコいいと思うとともに、短くて15秒の中で目的を達成しないといけないという熾烈な戦いというか、いろんなものがあって、結構すごいことな気がしますよね。
自分はポップソングをつくっている人間なので、自分の音楽は“ポップなもの”であることがまず念頭にあるんでしょうね。それは、“普遍的なもの”とかいろんな表現ができると思うんですが、“無意識に覚えているもの”とか、なんなら“人間誰しもが生まれた瞬間から持ってるようなもの”とか、そういうものにいかに肉薄できるかが大事だと個人的には思うんです。
極端なまでに広告的なつくり方をすると──広告としてはいいのだけれども──受け取る側から考えた時に“他者性”を得られない。言い換えると、広告を突き詰めていくほどに、聴き手にとっての作り手= “他者”の存在をどんどん透明化させていってしまうっていう。それこそテレビCMって、誰がつくったか知らないことが多いですよね。ものすごくストイックである分、やっぱりそこに他者が乗っかってこないっていうのがあって。なので、自分はポップソングをつくりたいと思いながらも、同時に自分という”他者”を楽曲に載せたいと思っているんです。
例えば人から見て、「何なのそれ?」みたいなこと。そういうことを載せたいし、むしろ載せないことには、自分自身が納得できないし、それが自分のポップソングのつくり方なので。CMソングとして流れる一つの広告として、世に届いているわけですけど、そこまで広告的にストイックになれない自分というのがいて。“ポップなもの”と“他者性”の塩梅は、結構大事にしているところかもしれないですね。
──広く受け入れられるようにつくることと、作り手が込める思いのバランスのお話、とても面白いです。米津さんの記憶に残っている、印象的なCMはありますか?
「布亀の救急箱」って知っていますか? 東日本で流れてないですかね? 子どもの頃、延々とテレビで流れていて、少なくとも徳島県民は、 100%歌えると思います。あ、京都府出身のスタッフさんも歌えるみたいです。記憶違いかもしれないけど、一度に3連続くらい流れるときもあったような…。曲も含めて、強烈に印象に残っていますね。
「さよーならまたいつか!」という
言葉は三人の人物に向けて書いた

──続いて、NHKの連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌として制作された「さよーならまたいつか!」についてお聞きします。朝ドラの主題歌のオファーが来たときの感想を教えてください。
自分も朝ドラの曲を任せていただける立場になったのかという気持ちもあり、あまり朝が
似合う人間じゃないという自認があるので、本当に自分でいいのかと。
──オフィシャルコメントで「主人公の生きざまに思いをはせながら、男性である自分が
どのようにお話に介入するか精査しつつ、毎朝聞けるものと意気込んで作った」と
おっしゃっています。どのように物語に寄り添いながら、曲をつくっていったのでしょうか?
『虎に翼』は、フェミニズムが根っこにある物語で。フェミニズムは男性をすべて排除する
ものではないので、自分がそこに介入するのも妥当性みたいなものがあるとは思うんですけど、女性たちが中心となる話を男性の自分が歌うのはどういうことだろうと。制作陣との打ち合わせで「男性である自分を選んでくれたのはなぜでしょうか」と尋ねたら、「普遍的な音楽を
つくり続けている人として、米津さんなりに女性たちの物語を一歩離れたところから俯瞰的な
目線で見て、それを包み込むような曲をつくってほしい」という言葉をいただきました。

そのお話をもとにつくり始め、いろいろと考えた結果、楽曲を客観的な目線でつくることが
不可能だと、個人的な結論にたどり着いたんです。今回の場合、自分が客観的な目線でつくると、少なくとも「頑張る君にエールを」という内容の楽曲にならざるを得ない感じがしたん
です。言ってしまえば、「あなたたちは頑張っていてすばらしい。私はそれを応援しています」という内容になってしまう。これは、ものすごく無責任な形だなと思ったんですよね。
外野から安穏と眺めているだけで、そこに当事者性を感じない。
客観的に女性という存在を眺めて、音楽を通してエールを贈るようにつくると、自分の曲づくりの性質として、対象に祈ってしまう気がしたんです。女性をすごく神聖視するような形になる。でも、神聖視することは軽視することと根っこでは一緒な気がするんですよね。
なので、それはそれで暴力的ではあるけれども、違う属性を持つ女性という存在と
自分自身を同一視しながら、主観的に表現していくことにしました。
他の人間がやればうまく客観視しながら、その物語に曲をつくることができたかも
しれないんで、自分がやったことが唯一正解だとは思わないですけどね。
──外から眺めているのではなく、自分の手触りを歌っているように感じました。
「主観的に表現していく」中で、タイトルであり歌詞にもなっている
「さよーならまたいつか!」は誰かに向けて発している言葉なのでしょうか?
曲中に「さよーならまたいつか!」が3回出てくるんですが、意図としては3回とも発している対象が違うイメージで書きましたね。過去、未来、現在っていう “人間の営みの連続性” って
いうものを宿したかったので。
『虎に翼』は、およそ100年前に女性で初めて弁護士になった実際の人物をモデルにした物語。その人がどれだけの薮をかき分け、道を舗装し、大きな功績を残したとはいえ、現在も女性弁護士の割合は2割程度らしくて。そこには依然として横たわる困難みたいなものがたぶんあると
思うんです。当時から比べて生きやすい時代になったとはいえ、その社会の性質自体は
変わってない部分は確かにあるから、いまの自分たちが次の時代のために道を舗装していく
役割がある。それは、100年前の人たちから受け取ったバトンであって、それをまた知らぬ
誰かに繋いでいかなければいけないことだと思うし、そういう “人間の営みの連続性” と
いうのは、このドラマにおいてもすごく重要な要素の一つだろうなぁと思うので。

──なるほど。人がつなげる時代を表現しているんですね。曲はどのようにつくりましたか?
毎朝聴けるようにするために、あまり肩肘を張らない、よくも悪くもするっと流れていくような、軽やかにさーっと通り抜けていけるような感じにしたかったですね。イントロのピアノとストリングのスタッカートが織りなすメロディからまず着手したんですけど、小気味よく跳ねる四つ打ちで軽やかさを保ちながら、リズムがしっかりと進んでいくようにつくることはかなり意識した部分かもしれないですね。
アイデア自体はすぐできて、ある程度の形はすんなりできたのですが、そこからレコーディングでピアノとストリングスのバランスを取るのがすごく難しくて、最後まであがいた記憶があります。結果、ピアノとストリングスのバランスはよくできたなと思っていて。これがあったから、この曲全体の軽やかな印象につながった気がするので、このイントロできてよかったなと思いましたね。
──まさに、イントロが始まるとすごく清々しい気持ちになります。
コントロールできないものに
向き合う時間が曲づくりを楽しくする

──「KICK BACK」がアメリカレコード協会(RIAA)のゴールド認定を受けて、また同協会がその年に活躍したアーティストを総括する「RIAA Class of 2023」では史上初、そして唯一の日本人アーティストとして選出されました。また、ジブリ作品『君たちはどう生きるか』の主題歌として制作した「地球儀」が、米津玄師名義で100曲目を迎えました。ご自身の作品が世界の幅広い人に届いていること、そしてポップソングをつくりつづけることについて、どう考えていますか?
ポップソングをつくりたいと志している人間なので、いろいろな人に届いていることは、もう誉としか言いようがない。たくさんの方に聴いていただくようになって関わる仕事も大きくなり、すごく光栄で、刺激的な生活だと思うけど、思い返してみれば「音楽を始めたころの自分って、別にそんなこと考えてなかったな」「これよくね、これ楽しくね」と。
最近は、原点回帰じゃないけど、いい意味であまり真面目に考え込まずに、軽やかにつくろうと考えています。以前の気持ちに戻って、肩肘張らずに楽しく音楽に向き合っていくということを、今一度幼稚園生になったような感覚でやっていきたいなと思っていて。そういうマインドになってからは、楽曲をつくるのがすごく楽しい。この感覚でいけるところまでいきたいなと、いまは思っています。
──変に気張ることなく、軽やかに、目の前の音楽を楽しんでいくということですね。
コントロールできないものを無理にコントロールしようとしない、という感じに近いですね。あくまで感覚の話なので表現が難しいんですけど…、俺の中で、精緻に積み上げられていて誰が見ても納得できるようなもの、例えばすごくツルツルした球(たま)みたいに過不足なくうまく出来上がっているものに共感しづらいというか…。もちろん、完全なまん丸で美しいと思うものもありますが、そこには先ほど話したような、自分にとって大事な”他者性”を感じないんですよね。自分のテリトリーの中で、自分がコントロールできる範囲の中でやることで、“他者性”が希薄になっていく気がして。
なので、自分が音楽をつくる上では、うまくコントロールできない下手な部分をどこかに残しておきたいんです。むしろ、下手でいなきゃいけない環境にずっといたいっていう感じがある。それが他者と向き合うってことだと思うんで、自分は。そうするうちは、いろんな他者と向き合えていることになると思っています。そういうコントロールできないものをいかに見つめて制作に取り組むことが、最近はすごく楽しいんです。
「毎日」
2024年5月27日リリース
配信リンク:https://smej.lnk.to/Mainichi
「さよーならまたいつか!」
デジタルシングル配信中
配信リンク:https://smej.lnk.to/Sayonaramataitsuka
米津玄師 KENSHI YONEZU
音楽家・イラストレーター。ハチ名義でボーカロイド楽曲をニコニコ動画に投稿し群を抜いた実績を残した後、2012年より米津玄師として活動を開始。『Lemon』は国内外において音楽史に残る記録を刻み、2020年アルバム『STRAY SHEEP』は200万枚セールスという記録を樹立。プロデュース曲として、Foorin「パプリカ」、DAOKO「打上花火」、菅田将暉「まちがいさがし」等。2022年は、「PlayStation」のCM曲に「POP SONG」、映画『シン・ウルトラマン』の主題歌に「M八七」、TVアニメ『チェンソーマン』オープニング・テーマとして「KICK BACK」を制作する。「KICK BACK」は、2023年にアメリカレコード協会のゴールド認定を受け、“日本語詞”楽曲として史上初の快挙を達成。同年、「ジョージア」のCM曲として「LADY」を、『FINAL FANTASY XVI』のテーマソングとして「月を見ていた」、そしてジブリ最新作の『君たちはどう生きるか』の主題歌として「地球儀」を書き下ろし、米津玄師名義で100曲目を迎えた。2024年は、NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌である「さよーならまたいつか!」を4月にリリース。
オフィシャルHP:http://reissuerecords.net/
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/c/KenshiYonezuHACHI
Twitter:https://twitter.com/hachi_08
Instagram:https://www.instagram.com/hachi_08/
TikTok:https://www.tiktok.com/@kenshiyonezu_08
米津玄師「世界で一番うまいカレー」を告白 意外? な回答に
林修氏「世の中、革命起きますよ。今の一言で」
[ 2024年8月25日 22:17 ] スポニチ

シンガー・ソングライターの米津玄師(33)が25日放送のTBS系「日曜日の初耳学」
(日曜後10・00)に出演。「世界で一番うまい」というカレーを明かした。
予備校講師の林修氏のインタビュー対談に出演した米津。普段の食事については
「ウーバーイーツ」で頼むことを明かし、「中華とカレーと寿司が好きで。
その3つをローテーションしながら生活してますね」と食生活を告白。
カレーについて林氏が「欧風系ですか?エスニック系ですか?」と気になった。
この質問に米津は「普通のカレーですね。普通というか『ココイチ』とか」と答えた。
まさかの回答にVTRを見守っていたスタジオからは「えぇー!?」と驚きの声とともに
「距離が近くなった」と親近感を抱いていた。
また、米津は「ココイチが世界で一番うまいカレーだと思う」と告白。
これに林氏は「これ…ちょっと世の中、革命起きますよ。今の一言で」と伝えると、
米津は「めちゃくちゃおいしくないですか?ココイチ」としつつ「ソーセージ」を
トッピングすることも明かした。
伊勢物語-第六十段 花橘
(原文)
むかし、男ありけり。
宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどの家刀自、
まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。
この男、宇佐の使にていきけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、
「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、
かはらけとりていだしたりけるに、さかななりける橘をとりて、
和歌(109)
さつき待つ花たちばなの香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
といひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて山に入りてぞありける。
(現代訳)
昔、男がいた。
宮廷つとめが忙しく、誠実に妻に愛情を注いでやることを怠り、
そんなとき妻のもとに、「誠意をもって愛する」という別の男に付いて行き、
その男の任地である地方へ行ってしまった。
夫であった男が、宇佐の勅使として出掛けて行った際、ある国の接待役である役人の妻に、
元妻がなっていると聞き、接待を受けるときに、「この家の役人の妻である
女主人に盃を取らせよ。そうでなければ酒は飲まない」と言ったので、
勅使である男の命令に従い、女主人が盃を取り出したところ、
男は酒のつまみである橘を取り上げて、
和歌(109)
五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔なじみの人の袖の香りがします。
と詠むと、この女主人は、かつての夫の元を飛び出してきたことを思い出し、
あまりにやりきれなくなり、出家して尼になり山にこもって暮らしたのであった。
- 家刀自 家の主婦
- 宇佐の使 宇佐神宮(大分県)に派遣される勅使
- 祇承の官人 地方の国々で勅使の接待をする役人
忙しく働き、かまってやれない間に、妻が別の男にそそのかされ出て行った。
そして、男は、勅使の任務中に元妻が、勅使である自分を接待する役人の妻になっている・・・つまり自分より身分の低い男の妻になっていることを知る。
男は、「お酌をここの女主人にやらせよ」と命じ、女主人である元妻が男に気付く前に、
和歌(109)を詠む。
この歌で、元妻は、勅使が元夫であることを知り、過去の出来事、浅はかさ、恥ずかしさ、
現在の自分の身分・・・様々な思いが押し寄せ、のちに出家してしまったという話。
まず、解釈が揺らぎようがないのは、この元妻である女の浅はかさ、短絡さ。
そして、解釈が揺らぐのが、男はどういう気持ちでそのような行動をとったのか・・・
1つ言えるのは、男がこの元妻に未練があり、取り戻す気持ちではないということ。
揺らぎは、意地の悪い気持ちからなのか、単に懐かしみでひと目見て、
話を交わしたいという気持ちからなのか。
前者なら、だいぶ色合いが変わり、なんとも救いがない後味の悪い話である。
2014年11月19日占い師のテレサさんからメール
私は、今後、人付き合いが親蜜さを壊していくことになるでしょう。
公私ともに人との関わり距離が縮まっていくでしょう。
対人運の動きは、良い時期ですが気を使い過ぎるて空回りを
おこしてしまうと、良い運の動きを活かしきれなくなってしまいます。
私は、優しい方ですし、人の気持ちに敏感で人の気持ちに
応えようとすることも多いでしょう。ただ時に頑張りすぎて、
空回りをしてしまうことが心配なところですね。
自分は、「こんなにしてあげたのに」という気持ちがでも、
相手にとっては「そこまでは、望んでいなかった」という
行き違いも出てくるかもしれませんね。
自然な流れで、人間関係を楽しめるようになるといいですね。
対人運の動きが良くなるといっても、人と人の距離を測るのは、
難しいことです。人のことを思いやるあまり、ビクビクして、
どこまで踏み込んでいいのか分からなかったりもしますが、
人間関係は、考えるより、楽しむ気持ちを持ちましょう。
同年11月13日ジュピター占い師、那々末さんからのメール(抜粋)
目まぐるしい運気に載れるようですね。あまりじっくり考えるという時間は、
与えられないと思います。じっくり計画を立てるというよりも、その場その場で、
判断や決断を迫られるので、決断力が上げられるかがポインㇳになりますね。
忙しい中、決断を間違えてしまうと、やらなければいけないことが増えて
余計に忙しくなってしまったり、遠回りになってしまったりとイライラしてしまいます。
まずは、冷静な時に決断を下すことです。イライラ他の時は、選択を置いておいて、
気分が落ち着いている時やリラックスしている時に考えましょう。
友人や周囲の人の意見を参考にする。固定観念を手放す。
他者の立場に立って考えるというのも大切です。
色々と物事が変化しやすく、我慢をしなければいけないこともあると思います。
すぐに結果だ出すことは出来ませんが、1,2ヶ月後に目に見える形で
何かしら、ご褒美や成長を感じられることがあるでしょう。