犯行少年が再犯で逮捕、女子高生コンクリ殺人事件の凄惨さ | poohta8のブログ

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2018.08.30 07:00女性セブン

 

     遺体は、死後3か月近く経って発見された(写真/共同通信社)

 

「なんだコラァ!」「てめえ、この野郎!」。日曜日の夕方、静かな住宅地に怒声が響いた。続けざまにバンッバンッと車のボンネットを激しく殴る音がして、2人の

大人が駐車場で取っ組み合いを始める。馬乗りになった男がナイフを振り下ろすと、相手が首を押さえ、アスファルトがみるみる鮮血に染まった。

 

 8月19日、埼玉県川口市で、32才男性の首を刃渡り8cmの折り畳み式

ナイフで刺したとして、45才の男が殺人未遂容疑で逮捕された。

「駐車トラブルになって、逮捕された男が先に因縁をつけたみたいです。

刺した後はそそくさと逃げていきました。首の後ろを刺されたかたは血だらけで、

かけつけた救急隊員に “あと5mmずれていたら死んでいたぞ” と言われていました」(近所の住民)

 

 それだけなら、素行の悪い男がカッとなって犯した暴力事件。

だが逮捕された男の名前が全国紙で報じられると、一部の捜査関係者の脳裏に

おぞましい記憶がよみがえった。

男の名は、川口市の無職、湊伸治。彼は、約30年前に日本中を震撼させた

「東京・綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯行グループの1人である──。

 

「もう殺してよ!」と泣き叫ぶと、少年らは笑い転げた

 検察をして、「わが国の犯罪史上においても、稀にみる重大かつ凶悪な犯罪」と

言わしめた事件だった。

 

 事件発生は1988年11月25日午後8時半頃。アルバイト先から埼玉県三郷市の

自宅へと帰宅途中だった女子高生(当時17才)が突然、拉致された。

犯行グループの主犯格の少年A(当時18才)は、中学の後輩のB(当時17才)と

C(当時15才)、D(当時16才)と共に、たまり場だった東京都足立区綾瀬の

住居2階に少女を連れ込んだ。この家はCが両親と同居する自宅だった。

以降、少女は約40日間の監禁生活で、筆舌に尽くしがたい残虐行為の数々を

受けることになる。監禁後、少年らは少女の着衣をはぎ取って輪姦し、

たばこやシンナーを無理やり吸わせた。抵抗すると罰として

陰毛をカミソリで剃り、さまざまな異物を性器に押し込んだ。

 

 12月上旬、少女が隙を見て110番通報を試みると暴行がエスカレートした。

少年BとCが少女の顔面を殴り、Aが手足をライターで焼いた。激痛と熱さに

彼女が「もう殺してよ!」と泣き叫ぶと、少年らは笑い転げた。

やけどした手足が膿みただれて異臭をはなつと、階下の家人に気づかれないよう

トイレの使用を禁じて飲料用の紙パックに排尿させ、尿が布団にこぼれるとリンチ

した。暴行で目の位置がどこかわからないほど腫れ上がった少女の顔を見ても、

少年らは「おまえ、でけえ顔になったな」とニヤつくだけだった。

 

当時の湊の自宅2階が、暴行・監禁の犯行現場だった(写真/共同通信社)


 12月下旬になると1日に牛乳1本しか与えず、少女は心身とも極度の

衰弱状態に陥った。同居するCの両親は少女の存在に気づいていたが、

息子たちの暴力を恐れて何も手を打たなかった。

 

 少女が短すぎる人生を終えたのは、1989年1月4日。前日に賭け麻雀で大敗した

Aは腹いせのため3人を誘い、ぐったりする少女に殴る蹴るの暴行を加えた。

さらにロウソクに火をつけて少女の顔にロウをたらし、約1.6kgの鉄アレイを

腹に落とした。その日、2時間にわたり凄惨なリンチを受けた少女は横たわったまま

息を引き取った。翌日、少年らは遺体を盗んだドラム缶に詰め込んでセメントを

流し入れ、東京都江東区の埋め立て地に遺棄した。

 

 昭和から平成になって3か月足らずの同年3月、別の婦女暴行容疑で

逮捕されたAの自白によって遺体が発見され、事件は明るみに出た。

裁判の結果、Aが懲役20年、Bが懲役5年以上10年以下、Cが懲役5年以上9年以下、

Dが懲役5年以上7年以下で量刑が確定した。

この少年Cが、冒頭の事件を起こした湊である。

 

 17才の少女の尊厳と人生を奪った大罪に対し、最大で懲役20年は軽すぎるとの声が出る一方、少年の社会復帰を助ける少年法の理念から、判決を支持する声もあった。

※女性セブン2018年9月13日号

 

 

「綾瀬コンクリ殺人」の元少年Cも再犯!

戦慄走る周辺住民、30年前の記憶と恐怖

『週刊女性』編集部     2018/9/3

事件現場。容疑者は写真右スペースでUターンする車を威嚇していた

  事件現場。容疑者は写真右スペースでUターンする車を威嚇していた
 

「現場検証で警察が凶器のナイフを探しているとき、逮捕された男はニヤニヤと笑いながら、アパートの前に座ってその様子を見ていました。連行時は周辺のヤジ馬を

ずっとにらみつけていました。いずれは帰ってくるって考えると怖いです」

 事件現場近くの女性住民は、声を震わせながらそう話す。

当時少年Cだった男の素顔

 連行された男は、埼玉県川口市東内野在住の無職・湊伸治容疑者(45)。

逮捕容疑は殺人未遂。8月19日の夕方、自宅アパートの駐車場で事件は起きた。

「駐車場に関するトラブルから口論になり、犯人が自家用車から警棒とナイフを

取り出し、32歳男性の右肩を殴ったうえ首を折りたたみ式ナイフで刺しました。

警棒は金属製で3段式のもの。ナイフは刃渡り8センチ、全長19センチのもの」

と捜査関係者。男が争う声に驚いたという近隣男性が、そのときの状況を伝える。

「網戸にしていたら、すごい声が聞こえてきたんです。“てめぇこのやろう”って。

そのうちボンボンと車を叩く音が聞こえてきて、気になったので外に出ました。

そうしたら男が被害男性に馬乗りになって、殴り合っていました。

2人とも地べたに寝そべってもみ合っている感じで、何を言っているの

かわかりませんが、逮捕された男が一方的に怒鳴っている感じでした

 

 首を切りつけられた被害者は、一緒にいた知人に止血されながら110番通報した。

逮捕された湊容疑者の来歴がほどなく明らかになると、周辺住民に戦慄が走った。

今から約30年前、東京都足立区で起きた『女子高生コンクリート詰め殺人事件』。

1988年11月、アルバイト帰りの女子高校生(当時17歳)を4人の少年が誘拐し、

監禁。40日以上にわたり暴力と陵辱の限りを尽くし、死に至らしめた事件。

 

 少年らは少女を輪姦し、殴る蹴るなど凄惨なリンチ、さらに少女の手足などに

ライター用オイルをかけて焼くといった行為を日常的に繰り返した。

ついに少女は「殺して、殺してよ!」と、泣き叫んだというが、

彼らはその姿を見て笑い転げていたという。

 

 暴行により少女の顔は腫れあがり、食事も与えられない日が続いた。

死の直前は自力で歩くこともできず、監禁されていた家の2階から1階の

トイレに行くにも数十分かけて這って下りるほどだった。

「少年たちは少女に回し蹴りをしたり、遺体の処理方法をふざけて話し合いながら

なぶり殺し、遺体をドラム缶にコンクリ詰めにして遺棄したんです」

(全国紙社会部記者)

コンクリートの中にあった少女の遺体の体重は10キロ近くやせ細り、全身に殴打や

ヤケドの痕、顔面は変形陥没していたため指紋から少女と特定するしかなかった。

 

 裁判の判決は「被害者の身体的および精神的苦痛・苦悶、ならびに被告らへの

恨みの深さはいかばかりのものであったか。まことにこれを表現する言葉さえ

ないくらいである」と断じた。

 

 その犯行グループのひとり、当時16歳だった少年Cが湊容疑者だった。

容疑者は当時、弁護士との接見の中で「殴っている最中、なぜ殴っているのか

自分でもわからなくなる。暴力が止められない」と、その凶暴性を明かしており、

心理鑑定では「他者に対する想像力が欠如しており苦痛や幸福といった

ものへの配慮が非常に乏しい」と指摘されていた。

 

 1991年7月、少年Cに下された刑は、懲役5年以上9年以下の不定期刑だった。

いつ出所し、その後どこでどう暮らしてきたのかはつまびらかになっていないが、

出所後の一時期、ムエタイジムに所属し、プロとしてタイレストランのムエタイ

ショーに出演していたことがあったという。当時を知るジムのスタッフが明かす。

「'97年ごろから2年くらい、本名で所属していましたね。プロとして2、3戦

したと思いますが、試合のセンスはなかった。ジムの生徒が “コンクリ事件の

犯人じゃないか” と噂するようになりフェードアウトしていきました」

そんな湊容疑者事件現場のアパートに引っ越してきたのは今年6月のことだった。

結婚予定だという同年代の女性も不動産会社の契約の席に同席していたという。

無職なのに「自営業」と伝えていた。まるで理性を知らない野獣

 近隣トラブルは入居後すぐに始まった。

 

湊容疑者は夕方になると、この愛車の前に立っていた

湊容疑者は夕方になると、この愛車の前に立っていた

 

 近くに住む20代の男性は、「見た目は普通のおっさんです。夕方になると毎日、

自分の車の前に立っていました。通行人をにらみつけて、車の周りをちょろちょろ

歩いてまた車の前に戻る。そのうちに “キョエーッ” とか奇声をあげはじめたので、

クスリでもやっているんじゃないかなと思って、近寄らないようにしていました」

 

 事件現場を散歩コースにしているという男性は、「アパート住人が、加害者の

車の横で車をUターンさせようとして、“てめえ何してるんだよ、この野郎” って、

突然、理不尽に恫喝された」と話す。別の近隣住民は、「知り合いは、駐車場の

バイクを蹴り飛ばして倒したところを見たそうです」 と証言。近隣主婦は、

「私の知り合いが車で駐車場にきたときに、“ライター貸してくれ” って車に寄って

きたそうです。“持ってない” と伝えると、チッと舌打ちされて “使えねぇな” と

罵られた」と明かす。理不尽極まりないケンカのふっかけかたや、そのキレっぷりは何も変わっていなかった。それは理性を知らない獣性といっていい。

 

 おまけに真夜中に床を蹴りつけるような音を立てたり、怒鳴り声が隣近所に

響くこともたびたびあったという。あまりの騒音にストレスを感じ、湊容疑者

苦情を訴えたという人物に、そのときの会話の様子を聞いた。

「私が訴えても謝罪などは一切なかった。それどころか、キョロキョロとして

目が泳いでいるというか、何かこちらが言っても、“大丈夫、大丈夫” って

繰り返すばかり。こっちの質問には答えず、“君、何年くらい住んでんの” とか 

“公園はどこだ?”とか会話が成り立たないんです」

 

 早朝の散歩中に嫌な思いをした、という女性がいる。

「私のほうを見るので、ちらっと見たりするじゃないですか。そうしたら、

ガンを飛ばすようにこっちをにらみつけ、目をそらしても、目をそらさないで

ずっと見ているんです」そして、こんな驚かせ方もするんです、と続ける。

「すれ違いざまに、大きな咳ばらいをするんです。駐車場から家に入るまで

ずっと見張られて、わざと咳ばらいをされた人もいます」

 

 そのおぞましい過去は逮捕されるまで知らされていなかったが、

隣近所には怪しい人物として恐れられていた。

「警察から戻ってくることに不安はあります。今、近所では “犯人が帰ってきたら

すぐ教えてね” と声をかけ合って注意しています」(近隣住民)

 

 コンクリート詰め事件の犯行グループ4人のうち、主犯格の元少年Aは

2013年に振り込め詐欺で、少年Bは'04年、逮捕監禁及び傷害致死の疑いで

それぞれ逮捕されている。

 

 

女子高生 「40日間拉致・集団暴行・なぶり殺し」 

「少年A」よりひどい戦後最悪の事件  2019/08/16 15:00

PRESIOENT BOOKS   松井 清人文藝春秋前社長 

 

1988年、埼玉県の路上で女子高生が拉致され、40日間にわたって足立区綾瀬で

監禁されて暴行・強姦を受け続け、死亡。遺体をコンクリート詰めにされて

東京湾埋立地に捨てられた。犯罪史上類をみない残虐な事件は、

「少年法」改正への契機となった――。

※本稿は、松井清人『異端児たちのが時代をつくる』(プレジデント社)の

第5章「『実名報道』影の立役者」の一部を再編集したものです。

 

女子高生がコンクリート詰めされ捨てられた江東区の埋め立て地 写真=読売新聞/アフロ    女子高生がコンクリート詰めされ捨てられた

江東区の埋め立て地=1989年3月30日撮影

 

「人を殺しちゃダメじゃないか」

 

 残忍かつ、極悪非道。

たまたま通りかかっただけの女子高校生を拉致して、40日間にわたって監禁。

集団で凌辱し、殴る蹴る、ライターのオイルをかけて火をつけるなどの暴行を加えたあげく、なぶり殺しに。ついには、ドラム缶の中に遺体をコンクリート詰めにし、

埋め立て地に遺棄した。

少年たちの罪名は、「猥褻・誘拐・略取・監禁・強姦・殺人・死体遺棄・

傷害・窃盗」。検察の論告に「残忍かつ極悪非道である点において、

過去に類例を見出し難く、重大かつ凶悪な犯罪」とある通りだ。

 

 事件が発生したのは、昭和天皇の容態悪化が連日報じられていた、1988(昭和63)年11月のこと。しかし発覚したのは、平成の時代に移って3カ月もたってからだった。別件の婦女暴行やひったくりの容疑で逮捕されていた少年二人の余罪に

ついて、警察官が練馬少年鑑別所を訪れ、取り調べたことが発端だったという。

当時、綾瀬署管内で未解決の強盗殺人事件があった。同じ昭和63年11月に、

36歳の女性と7歳の長男が自宅マンションで殺され、現金が奪われたのだ。

 

捜査員が、少年の一人に、「人を殺しちゃダメじゃないか」とカマをかけた。

勘違いして、「すみません、殺しました」と口走ったのはA18歳。

Aの自白を知って、女子高生惨殺を詳細に供述したのがC17歳。

それは捜査員が初めて耳にする、母子殺人とはまったく別の凶悪事件だった。

 

肉親でさえも我が子と識別できなかった

 

 二人の供述通りに3月29日、江東区若洲の埋め立て地に放置されたドラム缶の

から、遺体が見つかった。激しい損傷のために確認作業は難航したが、前年11月末から行方不明になっていた、埼玉県三郷市に住む17歳の女子高校生であることが

わかった。綾瀬警察署と警視庁少年二課は、AとCを殺人・死体遺棄容疑で逮捕。

彼らの供述から、おぞましい犯行の全貌が明らかになり、さらにB16歳とD17歳の

二人が逮捕される。

 

『週刊文春』の第一弾「彼らに少年法が必要か 女子高生監禁・殺人の惨」

(89年4月13日号)は、発見された遺体の様子から書き起こしている。

〈直径60センチ、高さ90センチのドラム缶に、身長165センチのE子さん

(埼玉県立八潮南高校3年=17 本文では実名)は、しゃがみ込むような恰好で

コンクリート詰めにされていた。


「コンクリートを砕くのに手間取りましたが、遺体が出た瞬間、あまりのむごさに

顔をそむける捜査員もいたほどです。(中略)肉親でさえも我が子と識別できな

かった」(捜査関係者)
E子さんの遺体は、「人間をそのまま缶詰にしてしまったような状態」(同)まで

腐乱が進んでいたが、殴る蹴るのリンチを全身に受けたため、皮膚の色は、

顔は言うに及ばず、どこもかしこも真っ黒だったという。〉

 

アルバイトの帰り道の不運

 

〈E子さんは、写真でもわかるように、近所では評判の美人。
「ほっそりしてスタイルもよく、目もクリクリしていて、とっても可愛

かわいい。

モデルになっても、十分務まるわよ」と近所の主婦が絶賛するほど。(中略)
E子さんは、あと半年もすれば高校を卒業し、就職することが決まっていた。〉

 

事件の発生状況については、こう書いている。

〈E子さんが拉致されたのは、昨年(88年)11月25日夜8時半ごろ。
その1カ月半ほど前から、通学していた高校がある八潮市内のプラスチック成型工場でアルバイトを始め、いつも、学校を終えると、そのまま工場に直行していたという。
タイムカードによれば、この日は3時56分に出勤して、工場を出たのが8時19分。〉

そのあと、自転車で約30分のところにある、三郷市内の自宅に向かうのだが、

10分ほど走ったところで、女性を物色していたAとBの猿芝居に不運にも

ひっかかってしまう。〈「まず、悪玉役のBが現われ、自転車に乗っていた彼女を

いきなり蹴り倒し、あれこれからむわけです。そこに、こんどは、被害者を助ける

正義の味方役のAがバイクで現われる。彼女は、Bが怖いので、Aの言うままに

バイクの後ろに乗ってしまうんだね」(綾瀬署)〉

 

非行少年たちの溜まり場で監禁

 

正義の味方役のAは、

「いま蹴飛ばしたヤツは、頭がおかしいんだ。危ないから送ってやる」

E子さんにそう言って信用させ、近くの倉庫に連れ込むや豹変する。

「実は俺も仲間で、お前を狙っているヤクザだ。俺は幹部だから、

言うことを聞けば命だけは助けてやる。声を上げたら殺すぞ」

そう脅迫して、ホテルへ連れ込んで強姦。その後、東京・足立区綾瀬にある

悪玉役Bの自宅へ彼女を連れて行く。埼玉県三郷市と綾瀬は、川を挟んで隣り町だ。

〈一階に両親が住み、二階の六畳の和室が兄の部屋、隣の六畳の洋間が弟の部屋に

なっているが、E子さんは、その日から約40日にわたって、弟の部屋に監禁されて

しまうのである。〉

 

このまま生きて帰れない運命とは、知る由もない。

この家の2階は、非行少年たちの

まり場だった。彼らは玄関を通らず、昼でも夜

でも電柱を伝ってベランダから部屋に出入りした。逮捕されたのは4人だけだが、

凌辱に加わった少年は10人以上いたことがわかっている。

E子さんは、何度も脱出を試みる。一度は外へ出ようとして連れ戻され、

この家の電話からの110番通報は途中で見つかって切られてしまう。それをきっかけに、凄惨

せいさんなリンチが始まった。E子さんの家族からは捜索願が出されていたが、

Aは自宅へ電話をかけさせ、「もうすぐ帰る」と言わせてもいる。

 

遺体処理後も、平然と犯罪を繰り返す

 

 Bの家には、一階にしかトイレがない。E子さんは自力で歩けなくなるまでは、階段を上り下りしてトイレを使っていた。Bの両親は、何度もE子さんを目撃している。

しかし息子の家庭内暴力を恐れるあまり、積極的なかかわりを避けた。

母親は、E子さんに「早く帰りなさい」と声をかける程度。父親に至っては、「ガールフレンドか。俺にも紹介しろよ」と、息子にへつらったというから

あきれるばかりだ。ライターのオイルに火をつけてあぶられたE子さんの身体は化膿し、栄養失調と

暴行によって立ち上がる体力を失くしたせいで、部屋で失禁してしまう。

少年たちは、次第に厄介な存在と考えるようになった。

このまま解放するわけにはいかない、という程度の思考力は彼らにもある。

この頃から、遺体の処理方法を相談し始めている。

 

       松井 清人『異端者たちが時代をつくる』プレジデント社

 

E子さんが亡くなったのは、年が明けて1月4日。最後の暴行のきっかけは、

Aが徹夜マージャンで10万円負けてイライラしたことだ。サウナに出かけた

少年たちが夜になって帰宅すると、E子さんが動かなくなっている。

 

遺体の処理は、計画通りに実行された。

彼らはしかし悔いも反省もせず、婦女暴行やひったくりを繰り返す。

AとCが逮捕されたのは、その後に起こした事件のためだ。

・A18歳:懲役20年(求刑は無期懲役)。
・C17歳:懲役5年以上、10年以下の不定期刑(求刑は懲役13年)。
・B16歳:懲役5年以上、9年以下の不定期刑(求刑は懲役5年以上、10年以下の

     不定期刑)。
・D17歳:懲役5年以上、7年以下の不定期刑(求刑は懲役5年以上、7年以下の

     不定期刑)。

A、C、B三人の刑は東京高裁で確定。Dだけが最高裁に上告したが、棄却される。

 

 

 占い師の母が「ヒントは言ってある。気が付かなければ、それまで」

「遺言は、みんなに渡してある」と聞いていましたが・・・叫びあせる おばあちゃん パンチ!パンチ!パンチ! 星 むかっ

 

この続きは、今夜にupします。

 

 

仕事の邪魔をしないで、人の後ろに憑かないで、憑依しないで パンチ!パンチ!

ブログを書いている時に邪魔をしない。人をコントロールしない、自分で書いて パンチ!パンチ!

思考を低下させないで、目の錯覚、老眼にしないで、理性を無くさないで 物申す パンチ!

記憶障害や中枢神経を触らないで。人の感情やパワーを抑えないで ムキー パンチ!

人を咳込まさないで、嗚咽も、トイレ関係も。唇を痺れさせないで パンチ!

人に無理強いをしない、ワガママも止めて。水晶で人のプライバシー侵害しないで。

個人情報保護法。言論や表現の自由がある。(常識の範囲内)個人や連帯責任、

お母さんに責任を取ってもらうので、3つの契約書を忘れないで プンプン パンチ!パンチ!パンチ! むかっ

 

 

 

いつもありがとうございます。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました 愛飛び出すハート