ごめんなさい連続で・・・。たまに自宅に帰れたので、ブログもれきるし、自由な時間なんです。でも妙にマジな私にはただ笑っている時間ってあんまりないかも・・・・。
9月も今日で一週間が過ぎました。我が社も下期に突入です。これまでの勤務先では、中間決算の8月末
から9月の初旬は、決算絡みの業務などが集中し忙しいものと決まっていたのですが、今の会社は何故かのんびりさせていただけます。
・・・・ということで先日、ちょっと自分の会社の仕事とは別に某企業の「ダイバーシティ戦略推進本部」設立に当たってアドバイザーとして少々お手伝いをさせていただきました。企業の名前は伏せますが、どなたでもご存知のでっかい会社(年商○兆円)です。
「ダイバーシティ」については以前の記事
でも少し触れさせていただきましたが、最近はとても活発に議論されています。ですが、その推進となると、決して簡単なものではなりません。それに捉え方もさまざまです。
例えば女性に働きやすい職場作り(「T社さん」や「S社さん」の例とか、取り上げられていますが。)もダイバーシティの一貫として捉えられますし、もっとダイナミックな意味では、合併による企業カルチャーの違いをどう取り扱うかなどをテーマにしている場合もあります。(筆頭はゴーンさんでしょうか?)
昨日お会いした企業さまは大変お堅い企業様ですので、お話をさせていただいて、思っていた以上に異文化を受け入れる価値観を組織に浸透させることが難しい環境にあると感じました。
人間の違いの一つにgenderがありますが、この会社ではまずここの壁から崩したいとお考えのようでした。仕事における最も男性と女性との間で異なることは何か。そんなことを聞かれました。
皆さんは仕事という場においての女性と男性の違い?皆さん何だとお思いになりますか?お考えをお教えいただけませんでしょうか。
仕事とのかかわりにおいての男女の違いという面では、大きな一つに選択肢のあると思います。女性には人生の過ごし方に多くのバラエティがありますよね。専業主婦という道も、主婦をしながらパートなどで補佐的に働くことも、結婚してもご主人と同等に社会参加する道も、もちろん独身という生き方もあります。
一方で男性はと言うと仕事をすることが当たり前とされていますね。いくら女性の人生にバラエティがあったとしても、必ずしも自分で選択できるわけではありません。家庭環境やパートナーの考え方にも左右されます。けれど、少なくとも一生を社会に出て働くことに費やすのが当たり前とはされていませんよね。
これを実感させられる象徴的な言葉に「キャリアウーマン」があります。普段は何気なく使っていますが、ちょっと考えてみると、「キャリアマン」という言葉がないことにお気づきになすでしょう。男性は仕事をして当たり前だけれど、女性にはいろいろな生き方があって、その一つとしてキャリアウーマンという生き方があるからこそ、こういう言葉が生まれてきたのだと思います。
女性が社会で活躍するには何が必要なんでしょう。先ほど例に挙げた「T社さん」や「S社さん」は、全社的に就業時間が過度に長くならないための仕組みが活かされていて、主婦でも家庭をある程度維持しながら働ける環境を提供している例です。
確かに家庭を持つ主婦には大切なことですよね。でも、それだけでしょうか?
私はダイバーシティをそういう狭い定義に留めたくはないと考えています。同じ考え方の者だけで群れる習性をどう変えられるか。群れれば他の群れを攻撃するきっかけになります。苛めや意味のない勝ち負けの価値観もここから生まれているような気がしてなりません。
自分と違う境遇の人の思いを理解できるか、洞察できるかという次元まで引き上げたいのです。男と女も、自分とは違う文化で育った人同士も、人と人全てが、自分と異なる人同士が心豊かにお互いに認め、尊敬しあって共生できること、それが真のダイバーシティではないかと考えたいのです。
そのような考えを持ちながらアドバイスをしていたところ、「poochaさんの発想はまさに経営者ですね。」と誉められちゃいました。ん?ん?
そう私、ここ10年余はそういう立場(経営職)ですもの。あのう・・・。それをご存知で私をお呼びになったのでしょう???・・・それともそうは言っても女性だから、そんな思想を持っているとは思わなかったのですか?
ひょえぇ~!?(こりゃダイバーシティ以前じゃん。)
「自分にない経験、ないところを持っている人って素晴らしい。」と尊敬の念を持つことによって、もっと自分を広げるきっかけにし、学習し自分の引き出しを増やしていく。それが大事だと思うんです。
難しい話になってしまってごめんなさいぃ~。
こんな風に考えてしまう私って変かしら?
皆さんのご意見が聞きたいなぁ~。というのがこの記事を書こうと思った本当の気持なんですけど・・・。