と、言いたい。
毎日揺れ動くので。
揺れてる時間はないのだけど。

あれからテスト勉強、クラス替え、今の会話力、残りの留学生活の過ごし方に悩みつつ、固まって来たことがあります。

私の留学の目的は、ロシア語を喋れるようになること。
ウラジオストク(ロシア)にまた戻りたい。

そもそもなぜ留学を決めたのかを書いてなかったのですが、思えば色んなモヤモヤの結集だったのだと思います。

息子達が大学卒業、夫と二人だけの生活になり
→趣味とか生き甲斐について考える
→何も取り柄がない
→何が好きなのか
→子どもの頃からの夢
→外国語がペラペラになること
→自分で勉強もしてきたが、4月と10月だけラジオ講座のテキストを買って終わる
→そうやって気づけば25年(フルタイムの仕事を辞めて、子育てしながらでもやろうと思えば出来たかもの期間)
→英語、韓国語、ロシア語、勉強してきたけど何ひとつまともに喋れる言語がない
→これが私の劣等感(外国人と話すのが好きなのに思うように喋れないこと。語学ができると思われてるのに出来ないこと)
→いつか生涯を終える時、この心残りを抱えて終わるのは嫌だ

ま、自分が実際に生涯を終える時は、
「今日のお昼ご飯何やったんやろ」
か、
「冷蔵庫に入ってたプリン食べとけば良かった」
という心残りかもしれませんが。

あと何年生きるかわからないけど、このモヤモヤを解消したい、というのが今回留学した動機です。

何でロシアなのかというと、さらに明確な答えはなく、
小さい頃からなぜか「青い目の外人さん」を見ると心ときめき、
外国語を聞くのが好き
→英語と洋楽にはまる(ちなみに中学生の頃の夢は、「外国人と結婚する」でした😅)
→外大を目指す
→ちょっと変わった言語で、学科の合格偏差値に見合った語学を探す
→ロシア語決定
当時はソ連という国でしたが、政治や経済に興味があった訳でも文学やバレエに興味かあった訳でもありません。当時モスクワに住んでいた商社マンの親戚が買って来たであろうマトリョーシカが祖母の家にあって、ロシアといえばそれ、ぐらいの印象しかなかったです。

大学時代のロシア語との関わりは、恥ずかしくて書けません。部活にアルバイト、買物、夜遊び…抜けていたのは地道な勉強ぐらいか。
そんな私が、就職においては運良く「ロシア語」で採用され、家電メーカーで拙いながらもロシア語を使う仕事をさせてもらいました。さすがに仕事で必要となると本気になり、週一ではありますがロシア語講座に通い、夏期集中講座のために長野県の諏訪湖まで行ったりした記憶があります。今考えると、留学前に頭の中に残っていたロシア語は、その頃に覚えたんだろうな。

大学時代に使っていた文法の本を持って来ているんですが、書込みしてる割に、

こんなのやったっけ???
だらけです。

1年生最初のMade in Russiaの教科書だけは印象に残っていて、主人公イワン・イワーノビッチの奥さんは車で仕事に行き、息子はマキシムだったと記憶しています。
(それだけか〜い!笑い泣き

なるほど💡といってもらえるような動機も理由もなくて恥ずかしいのですが、ま、書いてみるとこういうことです。

ただ、大学時代は興味も愛着もさほど湧かなかったロシアですが、社会人1年目の春にモスクワ、サンクトペテルブルグ(当時はレニングラード)旅行に行き、仕事を通じてロシア人と交流し、出張先で現地の賄いの方が作ってくれた料理を食べたりしているうちに、「やっぱ私のロシア」みたいに思うようになってきました。
そして、その後何年も離れていながら、心のどこかで「いつかまた」という気持ちがあったのかもしれません。

結局、一言でいうと「自己満足」。

若い人達にとっては、語学の上達だけでなく人生観が変わるとか将来に役立つとか、目的や結果を伴うであろう「留学」、もうアラシックス(なんて言葉があるのかどうかわかりませんが、還暦まであと何年とか言うと急にお婆ちゃんになった気分ショボーン)の私にとって、この先何か意味を持つことになると良いのですが…

そのために頭を働かす!行動する!(と自分に言い聞かせる!)

還暦と言えば、60歳の誕生日を迎えたばかりで天国に行ってしまった母はきっと、子どもの頃から時々変な行動を起こす私に呆れてるだろな。そして快く送り出してくれた娘婿(夫)に感謝してると思います。間違いなくウインク


最近やたらネズミさんに会うと思ったら、来年はネズミ年だからと。
ロシアでも干支を使って新年を祝うことを初めて知りました。