今村均回顧録より
『・・・桜の木が幾本か植えられてあり、その根もとに蟻の巣があるらしく、たくさんの蟻が出たり入ったりしていた。
何気なくこれを眺めているとき貨物列車が入ってきた。
駅に停まるためすっかり速度を落としていたが、機関車や材木を積んだ貨車の重みで、私のみている木の根の部分一帯はブルブル震えた。
人間がその震えを感ずるほどだったので、小さい蟻にとってはどえらい大地震に相違ないのだが、蟻の行列は何の変化もなく、餌さがしでせっせと巣の穴を出たり入ったりしている。
この蟻の群れの行動をみつめているうちに、ふと次のようなことを思い浮かべた。
この巣の中で卵と生まれ、やがて成虫となった蟻は、生まれたその日から毎日列車の出入りごとに巣がゆすられるのを身に感じ、そのつど「西から東から、どえらい大きなものが自分たちの巣の近所にやってくる。そして巣がゆれる。自然というものはこのようになっている」と思っているのだろう。
東京と大阪の両駅長の指令合図で発進した下り列車上り列車の通過で、このようになることを知り得ない蟻としては、一切を「自然」と考えるより考えようがない。
が、この蟻の巣の周囲の振動は、駅長の指令、そのうしろの運輸省の定めた時間表、さらにそのうしろの政府、その後方の国民大衆の作用により鉄道運輸の全体が運営されているためのものである。
しかし、蟻の頭には一度だってこんなことが思い浮かんだことはあるまい・・・』
人間もあるかもしれないと、私も思ってしまった。
運命と言われる偶然のものは、想像し得ない力、宇宙の法則内のうちにあるのかもしれない、と。
自分の選択も、実はどこかに台本があって、その通りに運ばれてるとしたら・・・。
でも、ないと信じたいです。
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