怪作にして快作!平日の午前とはいえ112席のシネコンに観客は私ひとり。映画好きの皆様、こんな秀作を見逃すのは不幸ですよ。
泥沼のように沈殿する現状に辟易する田舎(茨城県東海村!)の女子高生たち。物語は冒頭から彼女たちが“孤独”のタコツボで沈滞するさまをたたみ掛けどん底をみて一気に転調。中盤以降はボクヒデミ(南沙良)、ヤグチミルク(出口夏希)、イワクマコ(吉田美月喜)が共闘するオール・グリーンズ(チーム)の快進撃へと突き進む。
青春とはまとわりつく現実から脱出するための一瞬の瞬発力の試みのことなのだ。停滞する現実から抜け出すためには尋常ならざる飛躍が必要なのだ。そして無茶が現状を駆逐して、無茶は快感となって、夢に手がかかったとき、彼女たちは“現実”を、そして“夢想”もを超越して「ん、なわけねーじゃねーか!」かと喝破する。
脱出願望のあわいを駆け抜ける彼女たちの暴走は、もはや“成功”とか“失敗”という結果を超えた“行動”という成果を達成しているのだ。
脚本・監督の児山隆の映画愛が滲む過去の名作オマージュも青臭さくて好きです。
(2026年1月22日/MOVIX橋本)
★★★★
自分が存在していることを“社会”に認めさせたい。マドックス(ジョナサン・メジャース)の承認欲求は、唯一自身の“武器”になるはずだと自覚する肉体を磨くことに固執する。その偏執ぶりはますます社会との隔たりを助長し、その苛立ちは笑えないピエロの様相を呈してやがて暴走する。
同じテーマを扱った傑作として『タクシードライバー』(1976)や『ジョーカー』(2019)が思い浮かぶ。前者の孤独な主人公トラビス(ロバート・デ・ニーロ)は大統領選挙で、後者のアーサー(ホアキン・フェニックス)は集団暴動によってまがりなりにも社会とつながろうとする。この点でマドックスの“歪み”に託された本作の問題提起の社会的インパクトの弱さが気になりました。
(2026年1月20日/シネマート新宿)
★★★
急激に記憶障害が進行する初老の殺し屋が、絶縁状態だった息子に懇願され完全犯罪に挑む。そんなトリッキーな話を監督・主演のマイケル・キートンは、説明を排し状況だけを淡々と積み重ねストイックに見せ切ってしまう。悔悟と激情が行動の動機でありながら情緒に流されない語り口が冴えるフィルムノアール。
その美点がゆえに、敏腕女性刑事(スージー・ナカムラ)、コールガール(ヨアンナ・クーリク)、元妻(マーシャ・ゲイ・ハーデン)の人間臭さに比べて、父親(マイケル・キートン)にも息子(ジェームズ・マースデン)にも感情移入できない物足りなさが残るのは致し方ないのか。
83歳、アル・パチーノが渋い!!
(2026年1月12日/kino cinema 新宿)
★★★
自己に閉じ籠る43歳の小説家(綾野剛)の“愛を見失った性愛”は1969年という時代の節目の“停滞”そのもので、そんな男との進展なき関係にアラサー娼婦(田中麗奈)は見切りをつけて保守へと向かい、21歳の女子大生(咲那)は動物的感性で男を置き去りに覚醒し革新へ向かう。荒井晴彦の体験的「吉行淳之介」映画。
映画は初出演のようですが咲耶(さくや)の存在感が圧倒的に素晴らしい。語尾をきっぱり言い切る「昭和の台詞まわし(声音は二階堂ふみにそっくり!)」がつつましくも、無意識に肉体と精神が連動し、自己制御不能な性的解放が自己革新を予感させ本能的な凄みを漂わせる。
吹越満と広田レオナの娘さんだそうです。そういえばお母さんのデビュー作『だいじょうぶマイ・フレンド』での存在感も印象的でした。
(2025年12月31日/アップリンク吉祥寺)
★★★★
※ベスト10風ですが例年どおり優柔不断です
●遠い山なみの光(石川慶)
●ルノワール(早川千絵)
●アジアのユニークな国(山内ケンジ)
●海辺へ行く道(横浜聡子)
●うしろから撮るな 俳優織本順吉の人生(中村結美)
●星と月は天の穴(荒井晴彦)
●旅と日々(三宅唱)
●国宝(李相日)
●敵(吉田大八)
●レイブンズ(マーク・ギル)
見えないものを可視化するのが映画の醍醐味。大量殺戮によって現実から切断されてしまった女たちの“不条理”を可視化する『遠い山なみの光』にはホラーのような戦慄を覚えました。『ルノワール』もまた11歳の少女が小さな「?」を積み重ねながら自我をとりまく“家族や社会、そして死”との回路が開き始めるもどかしさを可視化した快作でした。一方、それとは逆に『アジアのユニークな国』は、日本を憂う女が肉体を駆使して男たちとを“餌”にアイデンティティを自己完結しようとする“生身の体感(アクション)”映画でした。
『レイブンズ』主演の瀧内公美さんは『ふつうの子ども』、『宝島』、『国宝』、『敵』に、そして『敵』の河合優実さんは『旅と日々』、『ルノアール』、『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』、『悪い夏』と今年も八面六臂の大活躍。『うしろから撮るな 俳優織本順吉の人生』は織本順吉の晩年を娘の中村結美監督が記録したドキュメンタリー。そういえば『国宝』の突発的大ヒットを支えたのも女性観客だったみたいですね。
テーマも、作りて手も、演者も、観客も、今の日本映画は女性が支えているのですね。
〔追記〕今日(2025/12/31)観てきた『星と月は天の穴』の咲耶という新人女優さんの存在感が素晴らしかった。デビュー当時の伊佐山ひろ子(『一条さゆり 濡れた欲情』!)を思い出しながら観ていました。
※ベスト10風ですが例年どおり優柔不断です
●新世紀ロマンティクス(ジャ・ジャンクー)
●ANORA アノーラ(ショーン・ベイカー)
●スターレット(ショーン・ベイカー)
●トレンケ・ラウケン(ラウラ・シタレラ)
●プリンス・オブ・ブロードウェイ(ショーン・ベイカー)
●べ・ラ・ミ 気になるあなた(ゲン・ジュン)
●ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択(ケリー・ライカート)
●秋が来るとき(フランソワ・オゾン)
●ブラックドッグ(グァン・フー)
●さよならはスローボールで(カーソン・ランド)
2025年のお気に入りには大きく二つの傾向が。ひとつは『新世紀ロマンティクス』、『べ・ラ・ミ 気になるあなた』、『ブラックドッグ』という中国の今を描いた作品群。他にも『未完成の映画』、『青春‐苦‐』と『青春‐帰‐』が印象に残りました。どの作品にも1980年のIMF加盟以降、日本の60年代の高度経済成長期を彷彿とする激変期を経てゼロコロナ政策で急ブレーキがかかった現在の中国を、一歩引いて客観的に見つめる“怒り”や“戸惑い”の視線がありました。そんななか、次の“希望”を見いだそうする『新世紀~』と『ブラックドッグ』のポジティブな強かさは魅力的でした。
もうひとつはアカデミー賞の『ANORA アノーラ』の勢いにのって公開されたショーン・ベイカー監督の過去作群のなかから『スターレット』、『プリンス・オブ・ブロードウェイ』をピックアップ。さらに『フォー・レター・ワーズ』、『テイクアウト』も引けを取らない秀作(『タンジェリン』は見逃した)でした。この作品群を観るとショーン・ベイカーの一貫したテーマが“労働”だということに気づきます。ただし英国のケン・ローチ監督が硬派左翼ならベイカーは温情系の優しい軟派左翼といったところでしょうか。
その他には『トレンケ・ラウケン』の異物感、『秋が来るとき』の手堅さ、『さよならはスローボールで』の曲者ぶりに感心させられました。
主人公の女子大講師のジョニム(キム・ミニ)や叔父(クォン・ヘヒョ)の過去にあったピンチ、教え子たちに最近起きた恋愛トラブル、その女子大生たちの実習に下される評価、そして恩人の女性教授(チョ・ユニ)に起きたことが語られる。そのエピソードは“語られる”が具体的な出来事としては描かれない。
この物語はタイトルどおり、小川のほとりで始まりその上流らしき谷間で終わる。そしてテキスタイル・アーティストでもあるジョニムは“川の流れ”をモチーフした作品の創作に打ち込んでいることが描かれる。
本作の原題は「流れの側で(BY THE STREAM)」。この何も描かれない映画から、ジョニムがようやく手に入れたであろう、決して流れに流されない立ち位置と、マイペースを崩さない静かな決意が漠然と伝わってくるのだ。またしてもホン・サンスのマジックムービー。
(2025年12月19日/ユーロスペース)
★★★
中国・東北地方の大きくない街。若い恋人にフラれたプチマッチョの中年ゲイと、既婚者ながら自分の性癖に気づいたハンサムとは言えない男。そんな男どもの出会いとすれ違いの顛末に血気盛んな若いレズカップルがからむ。同性愛に不寛容な中国社会といえども沸き起こる“情動”は抑えられるはずもなく。
互いの行動がストレートになればなるほどすれ違い、真剣さが増せば増すほどぎこちなさが加速する。二重(政治的/倫理的)に自由を奪われた中国の“恋人たち”の愛の奮闘ぶりがクスクス笑いを誘うのだが・・・・この滑稽が(私を含んだ)潜在的かつ優越的不寛容さに起因することに思い至り“笑いの罪深さ”に自省したりもするのであります。
ブサ男役のチャン・ジーヨンは台湾の金馬奨・最優秀主演男優賞ながら、この毒気たっぷりの傑作はやっぱり中国本土では上映禁止だそうです。
(2025年12月5日/ユーロスペース)
★★★★
語学の個人レッスン教師イリス(イザベル・ユペール)が韓国人たちにフランス語を教える。彼女が何者なのか、なぜこの地を訪れたのかは語られない。韓国語が話せないイリスは生徒たちと英語でやり取りをする。互いに母国語ではないので会話の内容はシンプルで単調だ。
教科書のない日常会話が続き、イリスは自分の関心外のことが始まると、生徒たちを残してそそくさとその場を離れてしまう。そんなぎこちない授業のなかから、イリスは彼女なりの思慮や感情のこもった「フランス語の例文」を見つけ出し、即席の手書きメモにしてレッスン用の宿題として生徒たちに託す。
そして自分の役割が終わると生徒たちにくるりと背を向けて帰って行く。イリスを始め登場人物たちの背中(背後)が頻繁に映し出される。それはコミュニケーションの限界を暗示しているようにもみえる。そんな彼女は一編の詩が刻まれた石碑に興味を示す。若くして世を去った韓国の代表的な詩人の作だという。
この“反復と差異”の三幕劇で構成された90分の簡素なドラマから立ち上がってくるのは、言葉の違いを超えて感情を交感するコミュニケーションの可能性の試みであり、その困難さの示唆でもあるようにみえた。
(2025年12月5日/ユーロスペース)
★★★★









