しあわせの種まき 花音 -43ページ目

しあわせの種まき 花音

☆魂のふるさとへ還る
幸せってなんだろう?自分を知るこころの旅へ☆

こんばんは。

 

先日「子供の事情」観劇しました。

本当にものすご~く久しぶりにお芝居みました。

 

大人気の三谷幸喜さんの最新作 10人の役者さんたちが10歳を演じるというわけで、舞台セットも教室でした。

 

 

途中から何故かミュージカルみたいになっていって、とっても面白かったです。10人の役者さんたちにそれぞれ見せ場があってきめ細かな人物設定がされていて興味深くて、登場人物に対する愛情深いところが三谷さんの作品の好きなところです。

 

私は 伊藤蘭さんがとっても可愛くって好きでした。

あとは大泉洋さんが何しても面白かった。。さすがだったわ。

 

パンフレットを買ったのですが、そこに三谷さんが書いてあったことは、

 

「彼らにとって一番重要なのは「クラスでどんなポジションにいるべきか」リーダー、にぎやかし、一匹狼等々。彼らの日常は、自分の役割や立ち位置を見つける、いわゆる「自分探し」の旅です。 中略

 

僕は今でも日々考えています。自分は演劇界でどんな位置に立っているのか。略 日本映画界で、僕が撮るべき、僕にしか取れない映画って何なのか。そう思うと、僕は未だにボジション探しをしているわけで。

結局、社会に生きるっていうのは、そういうことではないのか。

だとしたら、人生のポジション探しのスタートラインが、10歳なのかもしれません」

 

おお~、こんなに売れっ子で唯一無二の存在のようにも見える三谷さんでも、自分探しとは、、、こんなことを考えているなんて、ちょっと安心してしまったなあ。共感するわ。

 

最近 地元の中学校の建物の定期検査で回っていたのですが、

学校や教室によってだいぶ雰囲気が違うなあって思って、エネルギーがそれぞれだなあって思って、もうエネルギー酔いしちゃってくたくた、ふらふらになったわ。子供も先生もこりゃあ大変だわ。

 

だけど、こんなある意味学校やクラスという人間関係の社会の中で揉まれれば、それはそれですごい経験値になるよなあ。

 

頑張れ子供たち☆

 

P.S 大泉さん 中学の三者面談で、担任に本気で吉本入りを薦められたそうです。 (パンフレットの座談会より)

 

いやいや~吉本の芸人さんよりある意味面白いよね。笑

子供の時から周りの人を笑わせて人気者って、ある意味やってることは変わってないんだね~。

 

今日もありがとうございます。

 

 

こんばんは。

 

今日から黄色い水晶の年になりました~。

 

私は昨日はあまりにもダル重だったので、仕事を終え夜遅い時間にもかかわらず、初マッサージをしていただき、その方はゴッドハンドともいうべく、気持ちのいい手の方で、、ラッキーでございました。 

 

やはり困ったときは 「他力」だなあ。

と思った私です。自分だけでなんとかしないがテーマです。

 

今日 年の始まりの日はお世話になっている方のお身内のご葬儀ということで、参列させていただきました。受付を少しですがお手伝いさせていただいたのですが、 そういう場所におりますと、いろんなことを聞かれました。お金を預かったり、さまざまな質問をうけ、、私もわからないケースが多かったので、近くにいるスタッフの方々にその都度伝えると、迅速に対応してくださいました。やはりプロだ。。。素晴らしいわ。と単純に感動してしまった私です。

それが仕事なんだから当たり前なのかもしれないですが、

いやあ~、自分の仕事をまっとうするって 素敵なことなのね。

と思いました。

 

今年の音は 水晶 キーワードは協力 捧げる 普遍化するです。

 

いろんな人と協力したり、力を合わせて物事を遂行する。

そしてその中で自分を奉げることで、

普遍化への道筋のヒントがあるかもしれないですね。

 

黄色い種は 開花 気付き 目指すがキーワードなので

 

協力したり捧げることの中で さまざまな気付きや覚醒がやってくるかなあ。。楽しみです。

 

今日もありがとうございます。

 

 

こんにちは。

 

今日は 時間をはずした日。

 

なのに、、朝から だるくて重くてまったく動けません。

 

どんだけ がんじがらめよ。

 

って一人でつっこんでみた。

 

もう無理って思って 数か月前にもらったパンフを思い出して

マッサージの予約した。はじめてのお店。

 

電話して予約したらそれだけで少し軽くなった気もした。

 

単純だ。

 

枠をはずす とか 時間をはずす とか

 

意識すると 

 

逆に 自分の見てる世界にあるガチガチの枠や 時間に気づく。

 

最近、引っ越しをする方の送別会だとか、、ご縁の方のご家族がお亡くなりになられたりで告別式とか、別れや死を意識させられることが多い。

 

アースダイバーという本を読んでいると、

 

東京タワーは 縄文時代以来の死霊の王国のあった、その場所に建てられたとあるのだ。。。詳しい内容は興味ある方は読んでください。

 

おびただしい人命を奪った東京空襲の傷跡もなまなましく、そこは荒涼とした空き地と化していて、まさに野ざらしになった死霊の王国後だった。 と

 

そういう死の上にいろんな建物や道ができ街となっていく。

 

それは東京だけでなくて日本中そうなのかもしれない。

 

不謹慎と思う人もいるかもしれないけど、

死を悼む、慰霊するのとは、その死を次なる生に活かすという

ことなんだろうと思う。

 

大阪でいうと お笑いの聖地 なんば花月なども

元々は死者の埋葬地だったんだそうだし、

 

京都でも年間600万人が参拝に訪れるという清水寺の隣も

広大な墓地となっている。

 

沢山の人が観光にやってくる、お笑いを見に来て楽しむ。

 

それ自体が祓い 慰霊 レクイエム なんだと思う。

 

日本人はそうやって無意識的に 死者と生きる人とが共にあって、

活かし合って、共存しあっているんじゃないのかなあ。

 

いのちの循環。

 

決してきれいごとじゃないところに生の深さってある。

 

だから、、体が重いのも そうだなあ。生きてる証とでもいおうか。。

地球に生きてる重みというのを感じてみたいのだろうなあ、わたし。

 

今日もありがとうございます。なむ~・