こんばんは。
先日 望月で仲秋の満月ということで、志賀勝先生がいらっしゃって月にまつわる望月の史跡の見学と講演会が行われ、そのあと月が昇るのを待つ 月待ちに参加させていただいた。
翌日 佐久の小田井にある皎月原に先生たちがいらっしゃり、
ご縁の方のお誘いでご一緒させていただいた。
この場所は佐久の月の信仰についてわかるとても重要な場所なんだそうです。
皎月の伝説とは
用明天皇元年(586)、皎月という官女がおとがめをうけて、佐久郡の平尾へ流されてきた。
いつも白馬を愛していた官女は、
ある時小田井の原へ馬をひきだして乗りまわしていた。
ところが天の竜馬だった白馬は空へかけ上り、
東西南北をかけまわった後、平尾山の頂上に立ちとどまった。
そこで官女は「われは唯人ではない。白山大権現だ」といって
光を放って岩の中へ入ってしまった。
その後、官女を白山大権現というようになった。
その後も権現様は時々小田井の原へきて、馬の輪乗りをした。
そのあとには草が生えなかったので、
そこを皎月の輪とよぶようになったというのである。
こちらが皎月原の 4月桜が咲いてる時の写真です。

とっても綺麗です。

ここからが今回の画像です。奥に古墳がありました。知らなんだ。
皎月古墳とありました。

周囲に沢山の岩がありました。気になります。

実は、私は皎月原は行くと頭が痛くなったりとあまり気持ちのいい場所ではなくて、どういう場所なんだろうと気になっていました。
ご縁の方がいうには、いろんな人をこの場所に連れて行ったけど、、誰も関心を示さなかったというんです。
でも私が興味を示し関心を持ってくれて、そのおかげで志賀先生とつながって皎月の伝説を先生にご紹介できたとメッセージをいただいたんですが、
私はこの近くで長年お仕事をさせていただいていたので、
そのご縁があったために、無関心ではいられませんでした。
今回 古墳があることを知って、ああ、この場所は埋葬地だったんだとわかりました。
私の勘では どうも訳ありの方の埋葬地。身分の高い方で都から流されてきた方とか、非業の死を遂げた方たちの埋葬地。ある種の生贄のような形で亡くなった人たちの埋葬地なんじゃないのかなと思いました。それで エネルギーが重いんだろうなあと。
この皎月原は毎年 中秋の名月の時に祭事を行っていて、神に供えた知恵団子を投げ、皆がひろって知恵がつくようにと拾って食べるといったことが行われているんですが、今年は今日10月7日に行わたそうです。
昔は皎月の御霊を鎮めるために その場所でみなで月をながめ飲食をしたのだろうなあと思いました。 もっとも皎月は白山大権現の化身というわけですから、女神さまですね。白山の姫はあの世とこの世をくくる月の女神。
月は満ちていくけど、欠けていく、だけどまた満ちてゆく。
常に変化し続け、そしてよみがえり、死と再生のちからの象徴。
このことを書いたのは こういう場所はみんなに知ってもらいたいなあと思ったからです。
そういう女神さまがいたんだって知ってもらいたいなあって。
どんな場所にも光と闇があり、闇の強い場所ってあるけど、、
闇をじっと見据えて 直視してゆくと、その先にはまばゆい光が実は隠されているんだと思う。
だから私も自分の闇を恐れないで見つめていようと思う。
多分 皎月姫たちは知ってもらえると 光が強まって、まばゆい光に変換していかれると思うのですよ。きっと
どうぞ愛と光につつまれますように。