飯縄山への石段をのぼった。。 | しあわせの種まき 花音

しあわせの種まき 花音

☆魂のふるさとへ還る
幸せってなんだろう?自分を知るこころの旅へ☆

こんにちは。

あまりにも声が出ないのは

やはり運動不足だよ。したチャクラとうえチャクラがつながっていないのね。

と思って てっとりばやく回復したいので、、

近くの 飯縄山への石段428段を上ってみた。

うう~息切れする~。(´д`lll)   

体力なさすぎ。。。

200段上ったところに鳥居がある。

そこをくぐらせていただいて 飯縄宮のご神域に入る。

そしたら、

急に のぼりやすくなった。

やっぱり ご神域って全然違うのね。

ありがたいなあ。

飯縄宮に到着して ぜーぜー☆

思いっきり発声練習してみました。

いまだ 回復せず

チ~ン(T_T)

帰り道石段を降りる。

やっぱり鳥居をくぐると今度は下界のエネルギーに変わった。

歩きやすさや 想念も全然変わるね。

面白いなあ。


昔の人は その気を感知して

そこに鳥居をつくったのかなあ。

ここからが神様の領域だってわかったんだろうなあ。


神社にいくと 何百年前、何千年前の先人たちのもっていただろう

センサーや感度に、自然を敬い、畏れる心に触れる。

神々の叡智とともに先人の叡智にも触れる。

そしてそのセンサーが自分の中にも備わっていたことを

思い出す。

日本の神社は 悠久の流れの中での数千年と今とをつないでる。

人のもつ叡智と自然のもつ叡智の融合している場所なんだ。

そんなことを石段をおりながら思いました。

いろんな神社がレイラインで一直線につながっていたりする。

すごいなあ。どうして何千年も前にわかったんだろう。と思ってしまうけど、

昔の人には 楽勝で普通にわかっていたんだろうね。


便利になったことで退化してしまった現代の人のセンサー。

そういう意味では光と影は一体だけど、

だけど数百年前の時代にはもう戻れないし戻りたくもない。

今を生きる時、神社にいくことで 私たちは忘れてた力を

思い出すんだ。

神様にすがるんじゃなくて 祈るんじゃなくて

自分が実は神様なんだって思い出すんだ。

そして神様の御霊わけとして生かされている

この命を喜ばせて行ききることが 私たちの使命なんだろうなあ。


そんなことを思いながら、仕事に向かいましたとさ。

ちゃんちゃん。


今日もありがとうございます。