こんばんは~、
この数日 なんだか気持ちがバタバタしていて
ブログが書けませんでした。
この間 マヤ暦の入門講座6名様と行わせていただいたり、
タロットセッションやわの舞と音の新年会に池末みゆきさんの
ライアーコンサートなどなど
盛りだくさんの気づきの日々でした。
白い世界の橋渡しの期間のせいか、
気持ちがとっても自分のルーツや天に向いていて、
出来事からもいろんなメッセージを受け取り、
自分が正されていくような、いらないものが抜けていくような、
そんな日々をすごしています。
わかっていることもあるけど、わからないこともたくさんあり、
ごちゃごちゃしていた音への思い。
それが池末さんのライアーの音色と言葉から
整理されていきました。
さすが、グランマです。
長年生きてきたその人生の深みと大きさに
私は襟をただされていきました。
音を奏でるということの思い。
池末さんの音色は 心の深いところに届いて
私にいろんなことを教えてくれました。
教育者のエネルギー。
こういった長老の方の存在意義を今こと
もっと受け取るべきなのではないだろうか?
年を取ることへの恐れや不安
あまりにも早い時代の流れに取り残されるような気持ち
や、年齢を重ねるということの霊的な意味合いが
いまいち掴み取れていないこともあって、
存在意義をみいだせず、昔の役割にしがみついたままだったり、
そして、それを疎んじられたり、
そして若い時よりも
いろんなことがどんどんできなくなっていくということ。
わからなくなっていくということ。
そういったことも受け入れつつも
では、どういう風に年を重ねていったらいいのか?
そういうことが 100年前まではわかっていたことが
今というスピードの速い時代の中でわからなくなっていっている。
だからこそ、その生きてきた証を
語り 音を奏でる 池末さんのような存在が際立つのだ。
佐藤初女さんもそうだ。
ただ生きているだけで ありがたく、宝物のようなお二人。
本当は年を重ねて、そこに存在しているということが
ものすごく尊いことなのだと、みんな 知っているのだ。
お二人が特別なわけじゃない。すべての人がそうなのだ。
本当は長年 生き抜いてきたことは
それだけで奇跡のようで、沢山の知恵がつまっている。
それを 私たちは 尊重して 学ばせていただく必要があるのだ。
音楽についても 最近わからなくなっていたけど、
池末さんのライアーに声をかけてあげること、
大切にしながら一緒に成長していくこと。
そのことば 本当だなって思った。
弦楽器は 本当に繊細で
車にのせて移動していくだけで、音が変わってしまう。
わの舞新年会で松本まで連れていった真琴は
屋外で寒かったこともあって、調弦もあわなくなってしまった。
そんな真琴を慈しみ 抱きしめて 小さな音で奏でた。
「それが 真琴の音なの?」と とある人に言われたけど、
それが その日の 真琴の音色なんだよ。
毎日ちがう、一瞬一瞬で違うのが 音の世界なんだよ。
私には それが 宝物なの。って思った。
そして、最近ほっぽりつつあった 三線さんを思い出して
かえってから ぎゆっと ごめんねって抱きしめた。
音の世界は広大で 高次元の世界とつながっているけど、
それを扱うのは人間だから、
一人一人の意識一つで
それは 聖なるものにも、俗なるものにも変わる。
どっちがいいとか悪いじゃなくて、
ただただ 自分がどう今あるかを
問われるのが 音の世界。
自分のすべてが音にでてしまう世界。
だからこそ、みにくさや傲慢さも全部音にでてしまう。
だけど、その自分を知り、気づき、向き合うことで
いらないものをそぎ落としていける。
襟をただされる世界。
だから、とってもありがたい世界。
生かされている中で
私はいろんなこと学ばせていただこう。
ありがとう。って
生きているってありがとうって。
明日は 長老Hさんにお会いします。
真琴を持っていきます。
白の紋章の音13の日 どんなお話がきけるかしら。
そして明後日は 長野市の某サロンさまでタロット&数秘のセッションさせていただきます。
その次の日は 数秘&カラープレゼンター アドバンス講座です。
それでは ファイト☆ですね。
感謝をこめて。