こんばんは~。
わの舞と唄とですっかり遊びほうけていたら、
本日までにやらねばならないことを、全部忘れてふっとんでいました。
ひょえ~。。催促の電話であわてまくり最速で仕上げました。
催促に最速 さいそくにさいそく ってゴロ合わせ。
ゴロにゃん~。なんてね~。
冗談はさておき、
昨日 チベットの曼荼羅絵展覧会で ホワイトターラのポスターを買いました。
ホワイトターラの意味をきいたら、長寿の神様と言われて、
長寿かあ? あんまり興味はないが、、と思いつつ
どうしても惹かれるので購入しました。
今日 ホワイトターラについて検索していたら、
下記の文章のページを拝読したら、
思いっきり心にヒットして、号泣してしまいました。
自分の中で流れが変わってきたなと観じていたのですが、
弁財天のエネルギーからターラのエネルギーへのシフトの時がきたのだと
思いました。下記このブログを読んでくださった方にも関連があると
思われますので転載します。
今日もありがとうございました。
シャンティフレアさまの記事一部転載させていただきました。
救い切れない衆生のために観音が流した涙から生まれたターラ(多羅)菩薩。
観音が流した多くの涙の池の中に咲く蓮華のなかに座す女神。
観音の手からさえこぼれおちてしまう存在を、わたしこそ救いますとの誓いから、ヒマラヤの厳しい修行を乗り越えた菩薩。
強さ(超然)と慈悲の調和的共存を、わたしたちに教えてくれる存在です。
ターラというエネルギーは、自然との調和や、宇宙の原初の音を魂で深く聴く、至福のなかに存在する目覚めた者と云えます。
水の叡智というテーマ。
サラスバティも水でした。
サラスバティが、流す、手放そうするわたしたちをサポートするに対して、ターラは、流す手放すものをわたしたちに深く認識させることをサポートします。
サラスバティが、水で清めるに対し、水の質を清めるのが、ターラです。
観音の救いの手から漏れた人びとを救う、ターラ。
そのサポートとは、慈悲を受け取れないほどの内面の混乱を鎮めるという働きのようです。
ルカ23.34「彼らをお許しください。彼らは、自分で自分が何をしているのかわからないのです。」
それは、自分自身が深い混乱と失意に陥ったことがあるゆえに、それを経験として生かすことができる奉仕、そして愛。
深い共感から生まれる忍耐と愛です。
ターラの叡智は、水、そのものの質を変化させる叡智。
それは、自己の内面を、湖面をのぞきこむように深く見るということです。
ターラは、ヒマラヤで修行した女性の隠者を意味すると云われています。
観音の涙から生まれたとされるグリーンターラとホワイトターラとしても知られる女神です。
修行して仏として解脱することは、女性には無理だと、男性修行者に嘲笑されて、いいえ女性だからと言って解脱することができないというのは偏見であるとして、解脱するまでヒマラヤの奥深くで厳しい修行を成し遂げた女性と、その女性が仏として解脱したあとにターラとなったということ、その女性修行者から強く感じるエネルギーが、「自立」のエネルギーです。
自己の神聖さを取り戻す「自立と超然」水の叡智