こんばんは。花音です。
今週は音楽を2か所で演奏します。
音の世界へ。
言葉はいらない世界。
そこへ行きたいなあ。と思う。
踊ったり、唄ったり、笑ったり、遊んだり
そんな風に、生きていけて、
それで生計がたてられたら、最高なんだけどなあ。
と思う。
現実は三次元的なお仕事がしばらくの間は目いっぱい
入っちゃっているんだけどね。
それも本当は感謝な世界なんだよね。きっと
ところで
唄は ことだまとおとだまのコラボの世界。
それは、それで、波動の世界。
伊勢で宇宙語話してみて、って
誘導してもらって、しゃべってみた。
本当にしゃべれているのかは自分ではわかんなかったけど、
宇宙語をしゃべると ことばに波動が乗るのだそうだ。
なんだか、それならわかる気がした。
一日目は平安時代のお姫様、
二日目は女神、天女のエネルギーを感じてくださったそうだ。
嬉しいなあ。
歌も波動の世界だ。
歌をきくと その人の人生がわかる。
その人がどんな気持ちで生きてる人か、
どんな思いを抱きしめているのか、
その人が自分を言葉で語るより、
歌をきく方がよりリアルにその人の魂を感じる。
だから、、、ある種の怖さも感じてきた。
自分の傲慢さや
意地悪さや自己顕示欲や
人前で自分を表現するって
そういう部分も 裸の王様のように
自分だけはわからないと思って装っていても
観てる人はみんな気付いてしまうんだよね。
うまくやろう、うまく歌おうと思うと
それは自意識過剰であり、エゴが優先するから、
聴いている人は気持ちがよくない。
気持ちのいい歌をうたうひとは
歌と一つになっているひと。
自分がなくなって、透明になって、
歌そのものになっている人。
一年に一度くらい、そんな瞬間がやってくる時もあるけど、
ああ、その瞬間の至福な自分でいつもあれたら、最高なんだけどな。
いつも光の方へ、光のほうへ、
神様の方へ神様のほうへ、
そこから、離れませんように、、、って祈っていた。
そして、私の醜さも不器用さも
それすら全部愛おしいと思える私でありますようにって
祈っていた。
宇宙語がなんだか楽しいのは、
幼子みたいな気持ちでしゃべれるからなのかな。
真琴が楽しいのは、調和の波動の世界だからかな。
だけど、
車の中で 唄っていて、
ずっと唄ってきた世界が私を創ってくれたのだから、
それを手放すというより、
それを活かすことが、私の中の内在神を喜ばせることの気もした。
だから、
ククリの日 菊理姫の日、
私は真琴をメインではなくて、私のパートナーの楽器と
自分の声を響かせようかなと思った。
行きつ戻りつしながら、
私は 私の 音を奏でていく。
音の世界を紡いでいく。
きっと、 それが、 私の聖なる道だから、、、。
音とともに、ことだまとともに。
一緒に歩んで行こう。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
感謝をこめて。