昨日は小諸のストレチアさんで夏の女磨きのイベントの準備をしました。
おやつをいただいて みんなで楽しく作業☆
その後 一緒のメンバーの 篠ノ井のまちのーむさんとも
来夢のイベントのお話をして、、、
続きまして 銀行へ振込みやら支払作業して
次は町屋館へ行きヒーリングコラボの関係での支払いを済ませ
チラシを張らせてもらったり置いてもらいなどして、、、
町屋館の方と長話して イベントのお誘いもしちゃいました。
あと人を紹介してほしいというので今度はご紹介もすることに、、、
チラシをみて小諸に こんなにサロンあるんだね。
しかも みんな綺麗どころ。。。すごいね~と言われ
ほほほ~ そうなのよ~~と喜ぶ。
確かにサロンとか美の関係のお仕事の方は美しい方が多いですよね。
私は何故か いつも美容関係の方々とのご縁が結構あるんですよね。
美容のエステサロンとかはほとんど行かないんだけどね。
こう見えても美と健康に関心があるっつうことなんでしょうね。多分
そんでもって そのあとは音楽の関係の打ち合わせ&お稽古。
名古屋公演の話や島唄めぐりツアーや来年の演奏会の準備など
今年は盛りだくさん☆で楽しみなんだけど、お金もかかりそう~~~。
そんなわけで そろそろ仕事モードにもっていきたいところですが、
そちらはなかなかエンジンがかからない。。。。
でも、、、「鳴かぬなら鳴かせてみせようほととぎす」ではなく
「鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」方式で
スイッチが入るまで待ってみようと思っている。
ところで 本題の「受け取る」ということについてですが、
よく巷では まず先に与えることによって与えられるということが
言われそれも真理と思うのですが、この前 ふっと
まず受け取りなさい。
充分に自分自身が受け取りなさい。
本当に受け取ることができれば自然と与えられる。
ってメッセージが。。。やってきました。
ずっと誰かの役にたたなきゃとか
喜んでもらうことがしたいとか
世のため人のためになることがしたいとか、、思ってた。
だけど それは そうすることで自分の存在や価値をかんじようと
していたんだろうな。
与えなきゃ 奉仕しなきゃって思って無理してたんだろうな。
そんでもって 役に立たない。そうできない自分は価値がないって
思っていたんだなって思った。
今年になって あんまり仕事モードになれなくて
嫌な仕事は体が正直で拒否反応をしめして
布団から起きられなくなってしまった。
それでも なんとか だましだまし続けてはいるけど、、、
そういう自分が嫌で 自己嫌悪で
なんてダメなんだろうって自己否定モードに陥っていた。
でも そんな状態になったことで、、、
自分のパターンがはっきりと見えてきた。
そして、
充分に受け取る時なんだなって気付いた。
そして一番は自分の価値を受け取る時なんだなって。
そしたら 昨日の心屋仁之助さんのブログに
(以下コピーです。)
大切にされる
ただ、もてなしを受ける
お返しもなく
奢ってもらう
そう
「ただ、うけとる」
それは
「わたしには、それだけの価値があるのです」
ということを
体験しているのです。
なにもしなくていい
返さなくていい
役に立たなくていい
なにもしなくていい
ただ、受け取る。
これができるようになって初めて
自分は価値があるんだ、と。
いや
価値がなくても存在が許されているんだ、と
感じられるようになるのかもしれません。
とあり 泣いてしまいました。
おお~あまりにドンピシャなメッセージだったんだなって
思いました。
最近老人介護の問題がいろいろあるけど、
いっぱいいっぱい長い年月働いて
家族や周りの人のために与えて与えていた人がたくさんいる。
そういう人は 最後は 受け取るレッスンが必要なんだよね。
体が動かなくなって 病気したり 寝たきりになることで
周りの人からのお世話を受ける。
そうでもしないと 受け取れないからなんだね。。。
だから、病気や衰弱は愛を受け取るレッスン。
ありのままの自分を受け取るレッスンなんだろうな。
っておもったよ。
みんなが宇宙から愛されてるから
誰もがここに存在していいんだよ。
人生って深いね~。
長文お読みいただきましてありがとうございます。
感謝。