今日は新月ですね。
すなわち一か月で最も夜が暗い日。
闇について考えてみました。
嫌な人や嫌な出来事に遭遇してしまった時、、、
私たちはそのことを悪とみなしたり、嫌悪を感じたりするわけだけど。
でも
非難したり、誹謗したり
そこが悪いからダメなんだよと言ってみても、
何も解決するわけでない。。。
むしろ
外側の悪を 悪だと言えば言うほど、、、
私たちの内側の悪も まったく同じようにそこに存在していることを
カミングアウトしているのと同じような気がする。
心のどこかでそのことに気付きながら、
誰かの悪に怒りをかかげてみたところで、
実はそれによってガス抜きしている自分がいることに気づいたりする。
誰か一人を悪者にすることで、
みんなで救われようとしていたり、気持ちを一つにしようとしていたり、
安心しようとしていたり、
そんな自分に違和感ややるせなさを感じる。
だから 本当は 闇のようにみえる物事や人は、、、
私たちを目覚めさせるためにそこに存在しているだけかもしれない。
違うだろう。って
じゃあ どうする?
それを悪として悪く言うだけで終わるの?
それは違うでしょう。
自分の内側にあることとしてとことん向き合うしかないでしょう。
逃げたり、嫌悪したりする?
どれも違うでしょう。
だって
どれも私でしょう。わたしのものでもあるわけでしょう。
私から 私は 逃げれないでしょう?
私が必要としているものは何?
それは愛でしょう?
だったら愛を贈るしかないでしょう。
愛を贈られたらうれしいでしょう?
悪と断罪されていたものが、
小さな内なる子供のうずきが、
もっとも愛を必要としているでしょう?
もっとも深い闇は もっとも愛を必要としている。
北風と太陽のように。。。
非難と言う風を吹かせますか?
それとも大きなあたたかい愛の光を注ぎますか?
私は 愛を選択する。
私は 私を信頼する。
内なる私の叡智を信じる。
そして
今私に起きているすべてのことに感謝してゆだねます。
つぶやきでした。
ありがとうございます。