ここはソワチーヌの館。マダムちさりーなが趣味でやっているお茶のセレクトショップです。



ある夕方。

お店を早めにクローズにして、マダムは店内にキャンドルを灯し、イルミネーションライトをつけ、出たり入ったりを繰り返しておりました。


棚にはたくさんのアドベントティーや




ノエルのお茶が並べられていました。



するとひとりお客様が入っていらっしゃいました。



"すみません。今日はもう閉店してしまいました"




お客様は軽く驚いた顔を見せ、少し恥ずかしそうな声で


"そうなんですね。窓越しに見えた光がとても綺麗だったので思わず入ってしまいました。ごめんなさい"


とおっしゃいました。

お客様の手はかじかんで赤くなっておりました。



"ずいぶん冷えてまいりましたね。ノエルのお茶の試飲をなさっていきませんか?"



いいんですか、とお客様は喜ばれました。


マダムちさりーなはカッチーニのアヴェ・マリアをかけ、いつものように丁寧にお茶を淹れました。

https://youtu.be/tLrljU2D3ys?si=hrHVpzMMFFDsMkWN



"もうクリスマスが近いんですね"


お客様はどことなく憂鬱そうにおっしゃいました。


"そうですね。今年はターシャ・テューダーのクリスマスみたいな雰囲気にしたくて、早めに店を閉めて飾り付けをしていたんです。

なかなかうまくいかないと思いながらやってましたけど、思わずお客様が入っていらっしゃったのならそれなりに綺麗にできてるのかしら"


"ええ、できていますよ。

わたしはこんな素敵なクリスマスで育ってきたわけではないけれど、なんだか懐かしいような気がします"


それを聞いてマダムちさりーなは喜びました。


"わあ、良かった。心の中の原風景に触れるようなディスプレイにしたかったんです。

楽しい気分の人も、淋しい気分の人も、守られている子どものようなほっとする気分になっていただきたくて"


マダムは続けます。


"長く生きていますのでね、クリスマスには楽しい思い出もたくさんありますけれど、淋しい思い出もいくつもあるんです。

ふだんならなんてことないのにクリスマスって淋しいと身に沁みてしまうでしょう?

だから今年は、せめてここに来ていただいた時だけは誰も淋しくないように、小さい頃に感じていたクリスマスの魔法の空気が感じられる空間にしようと思って。

この店はふだんはそれほど遅くまではやらないのですけど、今年のイブは夜中の12時まで開けておく予定なんですよ。

試飲のお茶とちょっとしたお菓子を用意して、どの方も家族のようにお迎えしようと思ってるんです。もし近くを通ることがあれば、何も買わなくてもいいのでちょっとお茶を飲みにいらしてくださいね"



"それは素敵ですね"


とお客様はおっしゃいました。


"でも大変そう。どうしてそこまでするんですか?"


マダムはノエルのお茶の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで言いました。


"クリスマスが淋しいと感じた時、わたしは誰かが何かをくれるのをとても望んでいたと思うんです。でもそれだと幸せが人任せになってしまうし、たくさん待たなくてはならないし。

わたしはもうサンタクロースを待つ子どもじゃなくて大人なのだから、自分が与える方に回って惜しみなく愛を回していきたくて。

それがしたいと思えることがわたしにとっての大きなギフトなんですよね"


"うーん、、、わたしはほしがってばかりなのかなあ"

とお客様。


"いいじゃないですか。ほしいなら思いっきり欲しがりましょうよ。クリスマスですもの"


マダムはにっこり笑いました。


"そしてお客様はほしがってばかりじゃないですよ。ディスプレイに迷っていたわたしの後押しをしてくださいました。お客様に綺麗で懐かしい感じがすると言っていただいてわたしはとてもうれしかったんです"


そしてマダムはいくつかティーバッグを選んで袋に入れ、クリスマスプレゼント用のラッピングをしました。


"これはプレゼントです。

与える者は与えられるんですよ。ふふ"


お客様はとても大切そうにそのプレゼントを受け取ってお帰りになりました。



いつのまにか日もすっかり落ちました。

窓にはうっすら店内の灯りが映っておりました。


"うん、悪くない。綺麗だわ"


マダムちさりーなは満足し、さらに飾り付けをするのでした。





ほとんどお休みのソワチーヌの館、気が向いたらまた不意に営業するかもしれません。

それでは、またいつか。