それは、


66歳の冬に

主人は突然ほぼ失明


入院中の主人から白杖を買って欲しいと連絡が来た

リハビリで白杖の使い方を教えてもらう為


通販で買って用意した


退院したその日から主人を介助する日が始まりました

もともと、手をつないで歩いていたので

介助する事は大変ではなかった


次に入院した時

初めて病院での食事の様子を見て

驚き悲しかった

目が見えないので

全ての食べ物を一緒にしていた

その日から

病院にお願いして

食事の介助も始めた


退院して家にいる時は


今まで通り買い物にも一緒に行った


主人の目は普通に開いているので

白杖がないと、誰も障害者だと思えないので

2人で並んで歩いて、エスカレーターに乗ると

よく後ろから押された


歩道を歩いていると

自転車にぶつけられそうになる


電車で出かける時は、

極力グリーン車に乗るようにした


家の中では

狭い家なので

ひとりでトイレは行けた

ウォシュレットにはデコシールを貼り付けて対応


病院の個室は自分で歩数を測り行っていた


主人はおしゃれだったので

目が見えなくても

出掛ける時は

この洋服にはこの靴そして靴下にもこだわりが有り

支度をしてあげた


結構旅行にも行った

病気の前にも行った

石垣島や西表島凄く喜んだ


目が見えないって

本当は五感の中で1番辛い


けど


主人と私はずーと笑って過ごした


病院の協力で半年以上付き添いして

介助が出来た


最後の入院は

喋る事も奪われた


それでも

亡くなる2日前迄

意識が有り

手招きで私を呼んだ








 前回のブログの続きです


トルソー症候群の怖さを知って欲しいので書いてます


主人が発症した。

令和22年12月年末

突然に脳梗塞になった

そして、

梗塞が目の神経に飛び

視野狭窄

ここ迄は前回の話


まだその時は見えていたので


少しだけ安心した


腫瘍マーカーが高かったので

癌の疑いが

主人の若い頃、胃潰瘍や腸閉塞を患っていたので


年越し令和23年1月に胃カメラと腸を調べた


どちらも大丈夫だった


主人の不幸は


最初脳梗塞からちょうど1ヵ月後の

1月27日前回と同じ時間だった


回りが真っ白見えると訴えてきた


すぐに2回目の脳梗塞だと感じたが


仕事の整理をし、急いで支度をし


病院のERへと向かった


担当した若い医師に

前回と同じ症状なので


脳梗塞じゃ無いかと

伝えたが取り合ってもらえなかった

両眼に梗塞が

飛ぶなんて、文献も見たことがない


けれど


実際は脳梗塞だった

その上脳出血もしていた


この日から主人はほぼ失明し

障害者になった


主人はそのまま入院になり

コロナの中だったので

ほぼ1ヵ月会えない日が始まった


66歳で失明すると言う事は

スマホも使えないので

連絡が途絶えると言うことです


病院側の辛い連絡を待つだけです


励ましてあげる事もできませんでした

今発熱してます

肝臓の値も悪いです

カテーテルを入れても抜いてしまいます


病院へ

主人のスマホを預け

体調の良い日は

担当の看護師さんやリハビリの先生がスマホをかけてくれました

主人の電話を

泣きながら

いつも待ってました


その頃

担当医からトルソー症候群と言う病名を聞きました

癌から、梗塞が飛び

脳梗塞や心筋梗塞を起こす病気だそうです


目が見えないけど

必死に耐えて、リハビリもし

家に帰る許可が1ヵ月後に出ました


やっと会えるので、本当に嬉しかった

けれど、

それには、条件があった


ヘパリンの自己注射をすることでした

退院する日に看護師さんから指導を受けた


本来は自分でする注射ですが

目が見えない主人に変わって

私が注射をすることになりました

言葉の説明と本をいただき


その晩から


ぶっつけ本番の注射です

その日の事は今でも覚えています


まだ続きます









令和22年

12月27日

午前9時半頃


主人は 

朝ご飯も普通に食べ

お店を開けたころ


私も

お店へ


主人はいつもなら

ボランティアで

ゴミ拾いに行くが


その日は


心臓もバクバクするし

気持ちも悪いから


今日やめると


まさか


主人が脳梗塞になってると思わなかった


受けた仕事をして


車の運転中に目がおかしいと

やっと帰って来た


軽く考えていたので


通っていた

眼科へ


紹介状持って帰って来た

仕事の段取りをし


徳洲会の救急へ

タクシーで向かう

診断の結果 


脳梗塞で視野狭窄


頭の中は

梗塞が沢山


そのまま

入院

忘れもしない



その日から

主人の闘病が始まった


その1ヶ月後

さらに悲しい闘病生活  


続く