トルソー症候群で亡くなった主人との毎日とその後 -2ページ目
昨日無事に家に帰ってきました
ちょっと後ろ髪を引かれ
もう少しだけ姉の面倒を見たかった
そんな去年
1月20日は
主人が5回目の脳梗塞になった日
その日から大好きだった
家に戻る事はできなかった
そんな悲しい日です
そして
抗がん剤治療の停止
少しのゼリーしか食べれなくなった日
先生からは
4回目の余命宣告を受けた日
早ければ2週から3週間
持って2月
桜の季節は無理と言われました
主人も一緒に聞いていたので
その後抱き合って泣いたことを覚えています
先生の余命宣告通り
3週間後に亡くなりました
亡くなってから
初めて月命日のお花を用意できなかったので
これから大好きなお花を買ってきます
11日
姉がピンポンで足がもつれて転倒
夜甥から電話で
トイレに入った母が立ち上がる事が出来ず介助して
やっと出たと
電話が
12日に私が姉の家に行き
介護する旨を伝えた
何も無ければ
15日頃には帰る予定で
最小限の荷物をトランクに詰め
茨城へ
我が家から2時間以上掛かる
13日
甥が一応病院へ連れて行って欲しいと言われて
パーキンソン病でお世話になっている
病院へ
タクシーで行った
何と膝のお皿が綺麗に❓
骨折してた
サポータ型のギブスを嵌めて貰い
膝を曲げる事が出来無くなった
骨折したお皿の所の血の塊🩸も抜いて貰い
少し楽になったらしいが
帰りのタクシーに乗るのが大変
一週間後に又診察
仕事で休めない甥に変わり
19日迄
姉の家で
出来るだけ介護する事にして
自宅の息子に連絡
14日に丁度姉の介護認定人が来る日だったので
現在の相談
同日包括センターに連絡し
私がいる間に進められる事の相談
15日
包括センターから2人
介護用品会社から1人来てくれて
介護ベッドとトイレの簡易手すりを頼んだ
今日
上記の2点が用意され助かりました
転んだ日から
姉は
朝
甥が起こしたら
夜迄
椅子の上だった
杖はパーキンソン病になった時
私が買ってあげていたので
歩けたが
下の部分が4点式も注文してあげた
姉は痩せていて
私がもう少し介助出来ると思ったが
そんなに甘くは無かった

主人の介護の経験もそれ程
役に立たなかった
それでも
行って良かった
姉も甥も
本当に喜んでくれた
19日に帰るのは
心配だけど
自分の病院へ2箇所
確定申告の整理
そして
主人の一回忌の事
老体に鞭うち頑張る
今年は喪中なので
ご挨拶は遠慮させて頂きます
暮れから
主人の好きな物をチョイスし買って来て
写真の前に飾りました
数の子 蟹その他
金粉入りのお酒
ビール
三が日迄は朝ビールで乾杯
結婚してからの習わしです
今年から
息子がいつ食べても良い様に
保冷剤を隠して置いてます
今もひとりで
朝ビール片手に🍻
箱根駅伝をテレビを見ています
箱根駅伝は地元を走るので楽しいです
今年も拙いブログにお付き合い下さいね

